元気ですか。
 今日も笑っていますか?

 きみが見たいと言った月は、
今日も――

僕がきみを
はじめて見たのは
高い、高い、塔の上

(はぁ……)

……

あのー

えっ?

……誰か、いるの?

はい

どこ? どこにいるの?

ですからここに

どこ!?

……

空耳……よね
いるわけないか、こんな塔の上に

……います。

とうとう幻聴まで聞こえるように……

いますってば
顔真っ直ぐ上げてー、ちょっと左向いてー
あー行きすぎ行きすぎ

……こう?

そうそう、それで
見下~~げて~~ごらん~~♪

……

埃が喋ってる!!

……違います







そんな、出会い






こんな高い塔の上でなにしてるんです?

……待っているの

誰を

……月を

あの空に月が上ったら
ここから出してもらえるから


きみが何故、
こんな高い塔の上に
閉じ込められているのかは
知らない


ただ、わかるのは

あの空に「つき」が上ったら
きみは、
ここから出ることができること


「つき」って何です?

月はね、丸いの
丸くて、白くて、光っているの

丸くて白くて光っている

……僕?

あはははは、似てるけど




きみは笑うと
花のようだった

こんな、花どころか
草も木も枯れ果てた世界で





僕は、花なんて
見たこともなかったけれど

……けれど、そう思った




「つき」が出たら
ここから出られるんですよね

そう……言ってる
大人の人たちが



わかっているのは
きみが、大人たちに
連れて来られたということ


「つき」が上ったら出してやる、と
そう言われていること



早く上ればいいですねぇ

……

うん……最初はそう思ってた、けど

けど?

もう少し……上らなくてもいいかなって
そう、思うようになった

なんで?

だって、ここから出るってことは
つーちゃんと会えなくなるってことだもの

……




「つーちゃん」というのは
僕のこと
「つき」みたいだから
「つーちゃん」

きみは僕をそう呼ぶ



僕は
「つき」を知らないけれど

きみは





僕に、
「つき」を見ている





……これは

今日、森を飛んでいたら見つけたので




嘘です
森に行ったことは本当だけど




まだ……花は咲いているのね

それとも、やっと咲いたのかしら





この世界に花は咲かない
この花は
森の魔女に作ってもらった花


僕の右目を代償に







でも、そんなことは
言わなくていいこと


僕は花が見たかった
本物の花が見たかった


花を見て
笑うきみが、見たかった




ありがとう
硝子の小瓶に挿して飾っておくね




僕の右目は花になって
ずっと
きみを見ていられる




「つき」は上りそうですか?

わからない
でもこんな時間になっても上って来ないなら
きっと、今日は無理

見てみたいですね、「つき」



嘘です

「つき」なんか
このままずっと上らなきゃいいのに


きみが想い続ける「つき」なんか
一生、見たくもない




月が出たら、
この花が咲いているところに連れて行ってね

……ええ
一緒に、行きましょう



花なんかどこにも咲いてない
だってこれは魔法で咲いた花
ニセモノの花





でも、
その一方で思ってしまいます




この花が一面に咲いている場所で
空には大きな「つき」があって




そこで、
きみと一緒に花を見るのは
どんなにか素敵なことだろう




……って




月なんてものは
遥か昔になくなってしまったのさ



森の魔女は語ります

この世界は一度滅んでしまった
花も草も木も枯れ果ててしまった
月も消えてしまった


今あるのは
朽ち残っている木の残骸と
わずかばかりの人と
それから僕らのような、人ではないもの



再び月が上ることがあれば
花も草も木もよみがえるだろう

月の魔力が満ち、月の妖精が戻ってくれば
再び世界は息を吹き返すだろう




でも、それは 何年も何年も時を経た先のこと
もしかしたら……




二度と来ないかもしれない未来




……残念
今日も月は上らなかったわ

そうですね




ただ……わかるのは


あの空に
月が上ることなど無い、
ということ



それはつまり


きみが外に出ることは

無い

と、いうこと


一緒に
見に行こうね

……ええ、必ず



きみの部屋で
僕の花が咲いている







でも
ずっと続いていくはずだった世界は、

脆く 崩れていく




どうしたんです!
何があったんですか!

何でも……ない




ある日、
塔に行ったらきみが倒れていた


とても苦しそうで
でも、何でもないって




……言って、笑った




何でも無いわけないでしょう!?
病気ですか? お医者は呼んだんですか!?

大丈夫だよ
……つーちゃん

大丈夫って、

すぐ良くなるから
……見に行こうね……一緒に、

月のせいじゃ
月が上れば魔力が満ちる

魔力?

月が上れば、その娘も助かるやもしれん


魔女は詠います




この世界に花も草も木もあった頃
世界には月の魔力が満ちていた




しかし今は月は無く
月の妖精も消え
月の魔力も……消えて行く





魔女のいるこの森も
今はまだ
わずかに魔力が残っているけれど


いずれ、消えてしまう




そうしたら
人間も、そうでないものも
花も草も木も




本当に、全部
なくなってしまう――







どうして
「つき」が上れば助かるのか
なんて知りません

どうやって
「つき」を上らせればいいのか、
も、知りません











でも、
きみは「つき」を待っていた









「つき」が上れば
全て上手くいくの?

「つき」が上れば
きみは元気になるの?





僕は「つき」なんか嫌いだけど

「つき」なんか
見たくもないけれど
でも――





……


きみは、
僕に「つき」を見ていた





だったら僕は





僕は――





……月、が

…元気になりましたか

……つーちゃん?

うん……
どこにいるの?

今ならここから出られるかもしれない
一緒に行こう、花を見に

花は、もう見ました
僕が一番見たかった花は

……つーちゃん?

さあ、もう行くんでしょう?
月の妖精さん

その背中の羽根が何よりの証



僕はどこかで
わかっていたのかもしれない




きみが「つき」を待っていたこと


「つき」が上れば
きみはここから出て行って、




……行ってしまったら、
もう二度とここへは戻って来ない



……ここへは、
戻っては来ない、ということ



最後に……顔を見せて
つーちゃん



「つき」なんて
上らなきゃよかった

「つき」が無ければ、
きみはどこへもいかない



ずっと、ずっと……




……



閉じ込めておけばよかった、
なんて

……きみには
言わないけれど

ちょっと左向いてー
そう、その角度

……こう?

そう。
……見上~げて~~ごらん~~♪

どこ? どこにもいない

います、空に

僕はずっと、きみを……見てる

……つ……き、

さあ行って
待ってる人は世界中にいるんでしょう?



……行って


……うん

今度一緒に、花を見に行こうね
いっぱいいっぱい、見に行こうね

……ええ、必ず



きみは
二度とここへは戻らない



つーちゃん、

一緒に……花、
…見たかっ…た、な…



元気ですか
今日も笑っていますか?



きみが見たいと言った月は

今日も、











今日も、きみを想っています……


きみが見たいと言った月は

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