ノーア

ブレナーク暦18xx年、
魔道戦争によって
人類は絶滅しました

ノーア

しかし奇跡の魔道士『メシア』の
活躍によって、
人類は平和な世界を取り戻したのです

ケンジ

(ノーア先生の授業ってすっげー退屈。
特に歴史の授業はな!)

ルキ

こらっ、窓なんか見ないの。
先生に怒られるわよ

ケンジ

うっせーよバーカ

ノーア

ケンジ君、立ちなさい

ケンジ

は、はい!

ノーア

先生の話、
ちゃんと聞いてましたか?

ケンジ

聞いてたに
決まってんじゃないですか~

ノーア

では答えなさい。
破滅した世界を復興させた、
奇跡の魔道士の名前は?

ケンジ

(やっべえ、わかんねえ)

セイ

『メシア』だよ、ケンジ

ケンジ

メ、メシアです!

ノーア

あら、ちゃんと聞いてたのね。
では座りなさい

ケンジ

助かったぜ。
サンキューな、セイ!

セイ

どういたしまして

ルキ

もう、セイ。
そういうズルいことしちゃ駄目よ

セイ

ははは……ごめん

ケンジ

うっせ。
ルキのバーカアーホ!
ブース!

ルキ

なんですって!

ノーア

そこ、お喋りしない!

ルキ

ごめんなさい……

ケンジ

ヒヒヒ、怒られてやんの

ノーア

今のは、
ケンジ君も叱ったんですよ?

ケンジ

は、はい

ルキ

今日はケンジのせいで
怒られちゃったじゃない

ケンジ

は?
お前のせいだろ

ルキ

あんたのせいでしょ!

セイ

ケンジとルキは、
本当に仲がいいよね

ケンジ

ゲ~ッ!
やめてくれ!
オゲエ~ッ!!

ルキ

ケンジってガキよね。
少しはセイを見習いなさいよ

ケンジ

お前もな

セイ

それにしても、
奇跡の魔道士『メシア』って
本当にいるのかなあ……

ケンジ

何だよ急に

セイ

だって1800年代に現れて、
20xx年になった今でも生きてるって
言われてるんだよ?

セイ

いくら奇跡の魔道士といっても、
200年も生きるのは
不可能じゃないかな……

ケンジ

そんなの簡単さ。
一人目のメシアが死んだら、
別の人間が
二人目のメシアをやってんだろ

ルキ

なるほど、その考えは無かったわ。
ケンジにしてはやるじゃない

ケンジ

へへっ!

セイ

ボクは、そうは思わないな

ケンジ

なんでだよ?

セイ

世界を再構築できる能力をもった人が
代々現れるなんておかしいよ……

ルキ

そう言われれば、そうね。
蘇生の魔法を使えるのなんて、
世界中でメシアだけなんだから

 


 その時、道端の枯れた花が、

 見る見る内に息を吹き返して 

 美しい花へと変貌した。

セイ

今もこうして、
世界中のものが蘇生されていく。
昨日はボロボロに崩れていたあの建物も、
今日になったらもう直ってる

セイ

これはメシアの力だと言われているけど、
どういう原理なのかは
いまだに明かされていない

セイ

これっておかしいと思わない?

ケンジ

蘇生の、魔法か……

ケンジ

なあ、今からメシアに会いに行こうぜ!

ルキ

ちょっと、本気?
メシアを尊敬してる人たちって、
ちょっとした宗教みたいになってるのよ。
近寄ったらまずいわよ

ケンジ

大丈夫だって!

シィゴ

おう、お前ら。
いま帰るところか?

ルキ

あ、シィゴおじさん。
こんにちは!

セイ

こんにちは

ケンジ

親父!
仕事はもう終わったのか?

シィゴ

ああ、そうだ。
今日は予定より
早く片付いたんだよ

ルキ

ちょっとシィゴおじさん、
聞いてくださいよ。
ケンジったら、
メシアに会いに行くなんて言うんですよ

シィゴ

ふむ……。
ケンジ、それはやめておけ

ケンジ

なんでだよ

シィゴ

メシアを『崇拝』してる奴らに、
何されるかわからんぞ

ルキ

すうはい……?

シィゴ

崇拝ってのは、
自分の命を預けてもいいと思うくらい
心から信じるってことさ

ケンジ

よくわかんねえな。
そいつらに何されるってんだよ

シィゴ

メシアに会いたいなんて言ったら
ブッ殺されるってこった

ルキ

何それ!
こ、怖い……

ケンジ

それでもオレは行くぜ

ルキ

やめなさいよ!
シィゴおじさんの話、
聞いてなかったの?

ケンジ

セイも行くだろ?

セイ

うん。
ボクもメシアに会って、
蘇生の魔法の謎を聞きたい

ルキ

セイまでどうしちゃったの?

シィゴ

おい、やめろって言ってんだろ。
あいつらはマジでヤバイんだ。
やめねえと、晩メシ抜きにするぞ

ケンジ

チェッ。
わかったよ、やめればいいんだろ

セイ

え?
行かないんだ……

ルキ

はあ~、よかったぁ

ケンジ

親父の言うことには逆らえねえからな。
じゃ、帰ろうぜ親父

シィゴ

おう。
セイとルキも気をつけて帰れよ

ケンジ

またな二人ともっ

セイ

う、うん。
またね……

ルキ

また明日!

セイ

すぅ……すぅ……

セイ

……ん?
何……?

ケンジ

おいっ。
開けろよセイ!

セイ

ケ、ケンジ!

セイ

どうして窓から?
ここ2階だよ?

ケンジ

出かけるぞ。
早く準備しろよ

セイ

こんな時間にどこへ?

ケンジ

メシアに会いに行くに
決まってんだろ

セイ

ええーっ!
諦めたんじゃなかったの?

ケンジ

静かにしろよ。
みんな起きちまうだろ

セイ

あ、ごめん

ケンジ

ほら、早くしろって

セイ

しょうがないなあ。
ちょっと待っててよ

ケンジ

グズグズすんなよ?
あいつの家にも
寄って行くんだからな

セイ

あいつ……?

ルキ

い、今から行くの?
信じらんない……。

セイ

夜中に迷惑だよね。
本当ごめんね

ケンジ

行きたくなきゃ、別にいいんだぜ。
オレたちだけで行くから

ルキ

ま、待ちなさいよ。
あんたたちだけじゃ心配だから、
私もついて行ってあげる!

ケンジ

行きたいなら
最初からそう言えよ

ルキ

行きたいなんて
言ってないでしょ!

セイ

あんまり大きな声、
出さない方がいいよ。
お婆ちゃんが起きちゃうから……

ルキ

あっ

ケンジ

よし、朝になる前に行こうぜ!

ケンジ

こんな森の中に、
本当にメシアの家なんて
有るのか?

ルキ

間違いないはずよ。
だってお婆ちゃんが
言ってたんだもん

ルキ

キャアッ!



セイ

なんだ、はは。
ウサギじゃないか

ルキ

びっくりした~。
お化けかと思っちゃった

ケンジ

セイって意外と
肝っ玉すわってるよな

セイ

ボク、幽霊とかお化けとか
信じないんだ

ケンジ

魔法は信じるくせにな

セイ

魔法は別だよ。
昔はどうだったか知らないけど、
近代においては魔道理念という
根拠が示されてるんだから

ケンジ

はいはい

ルキ

キャアッ!

ケンジ

またウサギかよ……

ルキ

ち、違う……

ケンジ

(幽霊……?)

少女

こんな時間にどうしたの?
道に迷ったの?

ルキ

あ、その……

ケンジ

オ、オレたちは
メシアに会いに来たんだ!
どこにいるか知ってるか?!

ルキ

ちょっとケンジ!

少女

メシアの、
誰に会いたいの?

ケンジ

誰にって……。
メシアはメシアだよ

少女

メシアというのは、
一人の人物のことじゃない。
多くの人間の総称だよ

セイ

そんな馬鹿な。
それじゃあ史実と違うよ

ルキ

でも、納得できる。
メシアが複数いるのなら、
200年も存在し続けたことの
説明がつくわ

ケンジ

よくわかんねえけど、
多くの人間って誰なんだよ

少女

世界中から選りすぐった
優秀な魔道士たちのことよ

セイ

いくら優秀な魔道士が集まっても、
蘇生の魔法を発動させるなんて
今の魔道理念では不可能だと思うな

少女

そう?
あなたは本当に、
魔道理念が正しいと思う?

セイ

当たり前だよ。
魔道理念には科学と同じように、
原因と結果が説かれているんだから

少女

因果関係が成り立たない悪魔の法、
それを“魔法”と呼ぶんじゃないかな

セイ

そ、それは……。
そういう説を唱える学者も
確かにいるけど……

ケンジ

(セイが言い負かされるのなんて
初めて見た)

少女

ごめん、少しいじめすぎちゃったね。
この話はおしまいにしよう

ルキ

待って!
あなたに聞きたいことがあるの!

少女

もうすぐ夜が明ける。
早く家へ帰りなよ

ルキ

話を聞いて!
この世界は一度破滅してるのに、
どうやって立ち直ったの?

ルキ

人類は一度……絶滅してるのに

少女

その答えを、
どうして私が知っていると思うの?

ルキ

……わからない。
でも、あなたはメシアについて
今まで聞いた事もない話をしてくれた

ルキ

お願い、教えて!
人類は絶滅したのに、
“誰が”人間を生き返らせたの?

少女

つまり、こう言いたいのね?
魔道士だって人類なのに……と

ルキ

そ、そうよ。
人類が絶滅してから、
メシアはどうやって
生き返ったの?

ケンジ

ルキ……やめろ

ルキ

どうして?

ケンジ

思い出しちゃいけないことを、
思い出しそうな気がするんだ……

セイ

何を言ってるんだい?

ケンジ

こいつと話すのは、
もうやめようって
言ってるんだよ!

ルキ

ケンジがメシアのことを知りたいって
言ったんじゃない!

ケンジ

オレ、ちゃんと歴史の授業を
聞いてなかったから。
こんなにヤバイことだと気づかなかった

セイ

どうしたの、ケンジ?
キミの言いたいことが
よくわからないよ

少女

やっぱりケンジは特別なんだね。
世界の終わりを
思い出しちゃうなんて

ルキ

何言ってるの、あなた?

少女

せっかくケンジが思い出したから、
さっきの質問に答えてあげる

ケンジ

やめろ!!




ルキ

なに?
ここ、どこ……?

少女

ブレナーク暦18xx年、
魔道戦争によって
人類は絶滅した

少女

あなたたちは、
すでにこの時に死んでいるの

ルキ

そんな、ウソよ……

セイ

ボクたちが
1800年代の人間だっていうのかい?

少女

強大な魔法と魔法がぶつかり合い、
生きとし生けるものは
一瞬にして滅んでしまった

ケンジ

やめろ……。
やめてくれ……

少女

それがあまりにも
悲惨で可哀想だから、
私は時間を巻き戻したの

ルキ

!?

ケンジ

やめろおおおぉ!!

少女

草木は蘇り、
みんなが過ごした
温かい家は元に戻った

少女

そしてあなたたち人間からは、
過去の恐ろしい記憶を
忘れさせたの

ルキ

そんなの信じない……

少女

信じたくないだけでしょ?

少女

ルキもセイも、
少しずつ思い出してるはずだよ。
この風景はあなたたちの記憶を
辿っているだけだから

セイ

つまり、蘇生の魔法ではなく……。
時間を逆回転させる魔法?

少女

その言い方が
一番近いかもね




ルキ

…………

ケンジ

なあ、言えよ!
お前は何者なんだよ!

少女

私は、時の番人。
メシアにはそう呼ばれている

ケンジ

時の番人……?
何だよそれ

少女

番人なんていうけど、
私は人間じゃない。
時間という概念が、
人間の姿をしているだけ

セイ

まさか……。
キミは精霊なの?

少女

セイは賢いね。
その通りだよ

ルキ

ウソよ!
精霊なんて物語の中にしか
存在しなんだから!

少女

でも、世界中から集まった
優秀な魔道士たち……メシアは、
私を呼び出してしまった

少女

私が時を戻したことに、
気づかれてしまったの

ケンジ

メシアは、さ……。
平和な世界に戻すために
お前を呼び出したんじゃないのか?

少女

時を戻したのは、
私が勝手にしたこと。
あなたたちを救うために

少女

メシアは強引に契約を結んで、
私の自由を奪った。
自分たちの私利私欲のために
時を操ることが目的だったの

少女

そして……。
自分たちを『救世主』と呼ばせて、
神の使いのように振舞っている

セイ

それが本当なら、残念だね。
歴史の教科書が
全部間違ってるなんて……

ケンジ

そんな問題じゃねえよ!
今すぐここから離れようぜ!
メシアから逃げるんだ!

少女

それは無理。
メシアと契約を結ばされたせいで、
この森からは出られない

ケンジ

そんな……

ルキ

あなたが言ってること、
全部本当なの?

少女

本当かどうかは、もうすぐわかる。
メシアが時を戻すのをやめるように、
私に命令したから

ルキ

どういうこと?
時間を巻き戻すのをやめると、
どうなるの?

セイ

まさか……!
人類はまた戦争に向かうの?!

少女

そう。
これから世界は、
二度目の破滅をむかえる

ケンジ

そんなのおかしいだろ!
人類が絶滅するって知ってるのに、
なんで戦争を始めようとするんだ?!

少女

それが人間だから。
メシアは『自分たちならうまくやれる』と
思っている。
人間は、何度でもあやまちを繰り返すの

ルキ

あ、あなたが本当に時の精霊なら、
戦争を止められるんじゃない?

少女

ハァ、もう、止められない……。
私は、ハァ、彼らの言いなりだから……

セイ

苦しそうだね。
大丈夫?

少女

召喚呪文で、
メシアに呼び戻される……。
抵抗してるけど、
どうにもならないの……

ケンジ

行かないでくれよ!
世界を終わらせないでくれよ!

少女

さよう、ハァ、なら……。
ケンジ……。
また会うことがあれば、
あなたに……









ルキ

消えちゃった……

ケンジ

おい、ウソだろ?
戻ってこい!
戻ってこいよー!!

 


  だけど時の精霊は、

  それっきりオレたちの前に 

  姿を現すことはなかった。

 


 それから10年も経たない内に

 世界中で魔道戦争が起こって

 人類は滅びた。


 時の精霊が言った通り、

 世界は二度破滅したんだ。

 


 そのはずだったのに……。



前編 世界の終わり

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