時は2070年……

すべての虫は絶滅していた

強力な殺虫成分をふくんだバイオヤムイモが、地球上のすべての虫を殺してしまったのである……

※バイオヤムイモの図

昆虫たちは滅んだ……

しかし
昆虫マニアたちは生きていた……

これは、虫なき世界を生きる昆虫採集者たちの物語である……

ウヒャヒャヒャヒャ! 
でっかいニセコルリクワガタだぁ~

いやあああああああ!
誰か助けてええええ!

こっちにはカナブンもいるぜえええ!

やめて! 娘だけは見のがして!

うるせええええ!
昆虫採集タイムの始まりだぜええええ!

いやああああ!

昆虫人間(注1)どもめ! 
大人しくしろやああ!

※(注1)昆虫人間

 昆虫たちが絶滅してしまったことで、自然環境は崩壊し、人間の心からは優しさが失われてしまった。こんな世界で、弱い者、持たざる者たちは「昆虫人間」として、かつて昆虫が受けていたのと同じような扱いを受けているのである。

虫ピンアタァーーーーック!

うぎゃああああ!

ウヒャヒャヒャ!
昆虫採集は最高のホビーだぜえええ!

弱き者の血の臭いがする……

まずいな……
こんなところにも昆虫採集人間(注2)
たちが……

※(注2)昆虫採集人間

 昆虫が絶滅したことによって、本来の意味での昆虫採集はできなくなってしまった。昆虫に飢えた昆虫マニアたちは、やがて人間が昆虫に見えるようになってきて、武装して人間昆虫採集を始めるようになった。
 それが昆虫採集人間である。
 崩壊した自然に絶望しきった彼らは、もはや善良な昆虫愛好家ではない。人々を虫ピンで串刺しにする危険なサイコ野郎たちなのだ。

早く「適合者」を見つけなければ……

おじいちゃん!
早く逃げましょう!

昆虫採集人間はすぐそこまで来てる!

無理じゃ……

ワシの足ではもはや
昆虫採集人間から逃げることはできん……

怜音(れのん)、ワシを置いて逃げろ

あ、うん
わかった

躊躇ねえなあ

だって、おじいちゃんのペースに合わせて逃げてたら、私まで殺されちゃうでしょ

なら、私だけでも逃げた方が得だし

怜音クリスティーン(17)

性格:非道

……

わしは……

虫扱いされる生活から仲間とともに逃げだし
ようやくこの場所に小さな集落を作った……

運よく子供に恵まれ
孫の顔を見ることもできた……

あ、私そろそろ行っていい?

あとの心残りは……

金目のものとか持っていくね
どうせおじいちゃん死んじゃうから
必要ないだろうし……

じゃあね!

あのサイコパスの孫娘、怜音の行く末だけじゃ……

バイバイ

おおっとォ!
まだ捕まえてない虫がいるようだなあ!

あ、昆虫採集人間

くっ……見つかったか……

ウヒヒヒ……
アゲハチョウとドウガネブイブイか……

ドウガネブイブイって何?

あぁ?!

ドウガネブイブイっつったら、てめえ。
甲虫目コガネムシ科の草食昆虫に来まってんだろうがぁ! なめてんのかオラ!

本物はとうに絶滅しちまったけどよォ!

殺してやる!

……説得とかは無理そうね
殺すしかないか

このエスポワール山田様が、
きさまら昆虫人間を……

殺してやる

エスポワール山田

性格:殺人鬼 
昆虫採集人間。おとめ座。
彼は、かつて大地を愛するまじめな配管工だったが、滅んでいく昆虫たちを目の当たりにして心を痛め、荒廃した生活の果てに二重人格になってしまった。
いまでは本来の人格はほとんど表に出なくなり、手にした剣で昆虫人間たちを串刺しにする心ない殺戮者となった。
趣味は殺人・虐殺・人肉食・シンナー吸引。
好きな色:チェリーピンク

……くっ

怜音! 今のうちに逃げろ!

ウッ!
てめえ! 何しやがる!

ああっ! 
おじいちゃんが捨て身で敵をはがいじめに!

このドウガネブイブイが!
串刺しにしてやる!

うぎゃああああああ!

ラッキー
今のうちに逃げよう!

クッ……

うう……怜音や……
どうか無事でいてくれ……

待ちやがれ!
てめえで最後の一匹だァ!

くそ
まだ追ってくる……

ウヒヒヒ!
あのジジイみたいに串刺しにしてやるぜ!

話は聞かせてもらった

だ、だれだてめえ

おれの名はジョン
ジョン・ソゴルだ

ジョン・ソゴル
好きな食べ物:ババロア

お嬢さん、力を貸そう

えっ

おじいさんの敵を討ちたいだろう?

いや別に討ちたくないけど

……そう?

べつに敵とかは討ちたくないわ

あー
…………

復讐は何も産まない、とか
そういう系の主義って感じかな?

いやいや、主義とかじゃなくて

なんの利益にもならないし

おじいさんが殺されたことに
感情的なわだかまりとかないわけ?

べつにないかな

うーむ。異様に合理的な人だな

そうね。損得で考える方だと思う

うーん、それじゃあ……

何をゴチャゴチャ言ってやがる!
このハラビロカマキリが!

あとで金品を受け渡すので
ちょっと協力してもらえないかな?

仕事内容によるけど

ぼくが特殊な光線を照射するので
それを浴びて欲しい

そうすれば君はこの異常者に殺されずに済むうえ、金品も得られるわけだ

あ、うん。じゃあそれで

もういい……
さっさと二人とも殺しちまうか……

きえええええ!

昆虫光線、照射!

うっ……

なにこれ……
身体が熱い……

キシェエエエエエ!

よし、うまくいった!
やはり適合者だ!

ひ、ひいっ
こいつは……

ウウ……
いったい私の身体に何が……

ウウ……憎い……
人類が……憎い

こいつはいったい何なんだァ

……カナブンさ

カナブンだと?
カナブンなんてとうに絶滅したはず……

その通りだ
人間によって滅ぼされていった昆虫たち……

その昆虫たちのDNAを解析し
人間に憑依させて復元する
それが我々が開発したテクノロジーだ

有史以来
人間は虫を殺しまくってきたからな

昆虫の人間に対するうらみは
DNAレベルにまで染みわたっているッ!

それを利用するのが
「昆虫うらみテクノロジー」だっ!

ううう……
私の身体……いったいどうなったの

憎い……カナブンを滅ぼした人間が憎い!

これが憎しみという感情かッ!

まあ、多少、本来のカナブンとは
違うかたちになっているかもしれないが……

誤差の範囲だろう

さあ
あの邪悪な昆虫採集人間を殺すんだ!

ウウウ……昆虫採集人間……
ユルサナイ……

ううう……クッ

これが……本物のカナブンか……
なんて巨大で恐ろしいんだ……

うおおお

くらえ!
カナブンパンチ!

うぎゃああああ!
拳が鎧ごとオレの上半身を叩きつぶしたァ!

おれも援護しよう!

くらえ!
銃の威力を思い知れ!

うぎゃああああ!
正確無比な銃撃がオレの鎧の目のところに当たってそのまま脳髄を貫通したアアアア!

ハア……ハア……

終わったか……

なんて恐ろしい……カナブンの力……

昆虫たちがこんなに人類を恨んでいたなんて

その恨みですら
人類は利用してしまうことができるのさ

これが「恨み」……

カナブンの霊たちと一体化することで
わたしは初めて「感情」というものを経験した……

…………

ふむ、山田は死んだか……

驚きましたね
まさか私の他にも
KUTを使う者がいたとは……

……

世紀末昆虫採集野郎 ジョン・レノン (前編)

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