〈そこにいますか?〉は一部が俺が体験した実話です。
本編の第2話の元ネタになります。
実話なのでそれほど怖い話ではないのですが、おまけ程度にお読みください。












学生時代の話である。
当時、住んでいたアパート。
自殺の多い踏切が近かった。
人通りの少ない裏通りにある、遮断機のない踏切。
いわゆる、幽霊の目撃談が絶えない場所だった。
最初は線路が近すぎて、騒音がひどいとしか思っていなかった。
アパートに住み始めて数ヶ月。

ぎゃー!?

外から聞こえるのは人の叫び声らしきもの。
そして聞こえてくるのは。
パトカーのサイレンと人の騒ぐ声。
窓から覗くと血の付いた電車が止まっている。

うわぁ、また人身事故かよ。やめてくれよな

数ヶ月で何度も人身事故が何度も起きて、それに慣れていくまで時間はかからなかった。
最初こそ動揺したものの、人と言うのは鈍くなる。
否が応でも、心が慣れていくのだ。

騒がしくなるな。さっさと夕飯にしよう

カーテンを閉めて、夕食の準備を始める。
窓の外の惨劇が普通の出来事のように感じてしまう。
非日常的な事が日常に感じるほどに。
いろいろと慣れ始めた頃だった。

その日は同じアパートに住む友人が部屋に来ていた。
コンビニで買ってきた弁当を食べる。

なぁ、聞いたか。昨日の人身事故、バイク置き場に人の頭が飛んできたんだってよ

……それが夜中のあの絶叫?

深夜に絶叫が響いて、こっちも驚かされた。
そのあと、何やら警察も来てたようだし。
何があったのか気になっていたのだ。

大学の先輩が帰ってきたら、まさかの頭部とご対面。そりゃビビるわな。俺ならチビるぜ

マジかよ。昨日、騒いでたのはそれか

さすがにそれは気持ち悪い。
俺も血の付いた電車程度は見たことがある。
だが、幸いにも遺体とご対面はしていない。

リアルに遺体を見たら、トラウマだよ

何かと幽霊の目撃談もあるよなぁ。お前、聞いたか? アパートの事件

例の近所の不審者がアパートの入口のガラスをたたき割ったアレだろ?

あれはあれで物騒な話だ。犯人、捕まったからいいけどな。あっちじゃねぇよ

あっ、隣の部屋の窓ガラスに銃弾が撃ち込まれたアレか! 警察も来たやつ

それ、モデルガンだった奴だろ。警察まで動いたのにな。人迷惑な話だぜ

なぜか、そういう類の事件が良く起きる。
そう言う意味では治安のよろしくないアパートだった。
小さな事件、幽霊の目撃談なども珍しくはなかった。

幽霊だよ、幽霊

友人は意地悪そうな顔をしながら言いやがった。
幽霊。
それはこのアパートに住む人間にはお馴染みの言葉だ。

そっちでしたか。俺、そう言う話は信じてない方です。怖がりなもので

俺もだよ。白い人影が壁をすり抜けていくって話は聞いたことがあるだろ?

あー、ホワイトさんか。監視カメラをつけたら、不思議な光景が写ってたって言う

近所でも悪評名高い不審者がいたり、ドアの鍵に悪戯をする輩がいるなど、問題が頻発するために監視カメラをつけることになったらしい。
カメラをつけたらつけたで、そこには不思議なものが写り始めたそうだ。

……前からよく話は聞いてたけどな。廊下の行き止まりなのに、すり抜けていくように白い人が歩いていく光景を目にしたとか

白い人影って、不審者の見間違いじゃね?

不審者か幽霊か分からんが、どっちも正体が分からないって意味じゃ、怖いだろ

誰が呼んだのか、通称、ホワイトさん。
女性、男性、子供……。
姿形は見る人によって違うらしい。
共通点は白い人影らしきもの。
このアパートで一番よく目撃される幽霊の話だった。

ホワイトさんの話はもういいよ。ある意味、聞き飽きてるし

俺も4階なのに、部屋の窓の外を歩く人影を見た事があるんだよな

それ、泥棒とかいうオチは? もしくは隣人の仕業か

人が歩けるスペースがないのはお前も知ってるだろ。真下にあるのは線路だけだ

足場すらもない場所を人が横切れるはずもなく。

あれは何だ、ただの気のせいじゃないか? って否定しようにも、あまりにも幽霊の目撃談が多いよな。だんだんと幽霊を信じるようになってきたよ

ここよりも、踏切近くのアパートの方がやばいらしいぜ。マジ、出るらしい

数十メートル先にある、俺達が住むアパートよりも古いアパートがある。
中国系、ブラジル系の外国人がよく住んでいるのだが。

墓は目の前にあるわ。例の踏切が近くにあるわ。幽霊が部屋を通り過ぎていくらしい

幽霊の通り道。
そういうものがあるのか、目撃談が絶えない。

……心霊体験できる物件なんて家賃ゼロでも住みたくないぜ

ここはまだマシかもな

俺ははっきりと言えるほど霊感がある方ではないし、不思議な経験をしたことがあっても、幽霊を目撃したことは一度もなかった。
だけど。
俺も不思議な体験をすることになったのだった。












異変の始まり。
それは……。
恥ずかしい話だが、鼻血がよく出ると言う事だった。

またか

時刻はまだ夜の明けきらない早朝。
気が付けば口の中を通る血の感触。
鼻血で目を覚まし、それを水道で洗い流すのが俺の朝の光景になりつつあった。

鼻血をよく出すなんて子供じゃないんだから

本当に頻度が高く、数日おきに、朝の4時頃に鼻血で目が覚めるのもよくあった。
おかげで貧血気味で体調不良が続く。

これで身体には何の異常もないってどういう事よ? 大丈夫か、俺?

深刻な病気かと疑ったりもしたものだ。
病院にも何度か行ったが、目立った異常はなし。
実家に帰省したり、友人の家に泊まった時にはその症状もなく。

結論。このアパートにいる時だけ、鼻血が出る。マジで俺、呪われてるんじゃね?

ここに住むまで鼻血なんて滅多に出る事もなかった。
体質的な問題でもなく、住んでいる環境が悪いのかもしれない。
そう自分の中で結論付けていた。

引っ越すかなぁ。でも、ここの家賃は安いんだよなぁ

大学が斡旋している学生向けのアパートだ。
家賃の安さを考えても、他に行く気もしなかった。
そんな日々が続いたある日の事だった。

ポツポツと降り出した雨の音。

雨か

外を降る雨の音に目が覚めた。
開けっ放しの窓から聞こえてくる雨音。
時計を見ると1時過ぎ。

そろそろ、貨物列車が通る時間帯か

この時間帯がこの物件で一番の騒音になる。
貨物列車は当然ながら長い。
つまり、電車の音も数分に渡るのでうるさい。

さっさと陸橋工事が終わらないかねぇ

騒音問題。
自殺が頻発する踏切。
駅の再開発。
近々、この周辺の線路事情が改善されて、この騒音ともおさらばできると言う話だった。

……あれ?

それは偶然に目に入った光景だった。
窓から何気なく例の踏切の近くを見ていたら。

……

うろうろとする人影らしきもの。
線路の付近。
何をしてるのか分からないが、人影が見える。

こんな時間に誰だ?

嫌な予感がした。
こんな時間に人気のない踏切で何をするのか。

……自殺者か?

十分にありえる話だった。
深夜の踏切、迫りくる貨物列車。
降りしきる小雨の中。
まもなく悲劇がやってくる。

……

やめろ、やめるんだ……

目の前に広がる惨劇を想像するだけで気持ち悪くなる。
人影は線路を行ったり来たりとしている。

やめろよ、バカ野郎

だが、直接現場に言って自殺を止めようと言う気にはなれなかった。
はっきり言って、そういう人間とは関わりたくない。
冷たい人間だと思われるだろうが、面倒事に誰だって関わりたくはないものだ。

貨物列車が近づいてくるぞ

ついに、その人影は線路の方へと揺れ動いた。
迫りくる貨物列車。
そして――。

……

その人影を轢くように。
無残にも貨物列車が走り抜けていく。
もうダメだ、間に合わない。

や、やりやがった。自殺かよ

止められなかった。
何もできなかった。
俺は思わず目を逸らした。
しかし。

え?

人を轢いたはずの貨物列車は止まる気配もなく、真下の線路を通り過ぎていく。
聞こえてくるはずの電車のブレーキ音もない。

どういうことだ?

人身事故は起きなかったのか。
それとも轢き殺したことを気づいていないのか。
数分後、貨物列車は線路を通過し終えた。

何もなかった?

無事に通り過ぎた貨物列車。
あまりにも気になって現場にいくが、何も以上はなし。
人影の姿もそこになかった。

あれはただの見間違いか何かなのか

俺は自分の目で見た光景が信じられなかった。
確かにこの目で見たはずなのに。
踏切を渡り、踏切に消えていった人影。
ただの見間違いか、それとも……。
小雨の降る中で俺は不思議な光景を目にしてしまったのである。










その後、アパート周辺の線路は陸橋工事が行われた。
何人もの命を奪った、問題の踏切はなくなった。
人身事故と言う悪夢に悩まされることはなくなった。
そして、俺もいい物件を見つけた事もあり、アパートから引っ越した。
何が悪かったのか、分からないが鼻血も止まった。
平穏無事な日常を取り戻せたのだ。

ただ、あの日見た、人影は確かに本物だったはずだ。
深夜、貨物列車が走る線路に消えていった人影。

あれが何だったのか。
その正体は今も不明のままである――。

元ネタの実話:線路に消えた人影

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