創世の日に朝と夜を、天と地を、光と闇を、世界と世界を切り分けた神の剣。
再び人と悪魔の世が交わろうとする今、人の望みは聖剣に託された。
暗黒が空を覆い隠し、灼熱の炎は大地を焦土へと変える。
顕現せし暗黒の魔王に対するは、勇者と呼ばれる一人の少年。
彼の手にする刃こそ――
私です。
こんばんは、聖剣です。
最終決戦です。
返事がないので不安ではありますけど、この映像ちゃんと見えてますよね?
まあ聖剣である私の力を持ってすれば異世界とチャンネルを繋げることくらいは朝飯前ですよ。
せっかくの世界を左右する大舞台です。異世界人のあなた方にも見せて差し上げます。
魔王さんがうっかりそちらで復活した時の勉強になると思いますから。
魔王マグナヴォロス! 今こそ決着をつけてやる!
ふふふ……終わりの時が来たな、勇者アルフレッド……よくぞここまでたどり着いたと、まずは褒めてやろう
今のは勇者さんと魔王さんです。状況はお分かりいただけたでしょうか。
まあ見りゃわかるでしょって話ではあるんですが。魔王さんと勇者さんの最後の戦いです。
最後とか言ってますが、彼ら直接戦うのは最初なんですけどね。
簡単に勇者さんの紹介でもしておきましょうかね。彼の名前はアルフレッド・ユージーン。
お前を倒し、世界に光を取り戻す!
本名ではありません。父親から貰った名前はポンサク・レックス。
彼が私を見事封印の台座から引き抜いた時の話ですけど……
あ、封印の台座ってのは王宮にあるんですけどね。選ばれた勇者にしか引き抜けないって知ってました?
異世界の人にはこういう話は馴染みが薄いかなー。
普通の人だと抜けないんですよ。でも勇者だけ抜けるんです。
それで自称勇者みたいのが毎日私を引っこ抜きに来るから、私も大変なんですよ。
若い男の子が来てくれればね? そりゃ私だって大歓迎ですけど。
もうなんか目が血走ったオジサマが『俺は勇者だ~』ってベッタベタの手で私の柄に触るんですよ。
それセクハラですよって言っても聞こえない。そりゃそうですよ。聖剣ですもん。誰にでも声聞こえたら威厳とかないですし。
ところで聖剣抜くのって挑戦にお金とってるんですよ。王宮が。
で、けっこう金になるんで王宮もやめない。貴重な財源です。それでひっきりなしに人が来るんですもん。
私もうかうか眠ってらんないです。ようやく眠気が来たナーって時に新しい挑戦者が来て起きちゃうんですよね。
ね? 聖剣も楽じゃないんですよ。
あ、話しがそれましたね。勇者さんのことでしたよね。
彼が聖剣を引き抜いたらそりゃあ王宮中が大騒ぎ。
だってそうでしょ? 聖剣がなくなっちゃったら王宮の貴重な財源がなくなっちゃうんですもん。
なので大臣たちがケチ付けるんですよ。今のはノーカンだろとか。でも勇者さんは言うわけですよ。
この聖剣が動かぬ証拠だ。俺は勇者ポンサク・レックスだ!
でも誰かが言いだすんですよ。その名前じゃ覇気がないとか。
勇者ポンサク
ポンちゃん
まあピンと来ないのはわかりますけど、名前のせいで認めないなんて酷い話しだと思いません? 私を引っこ抜いたっていう証拠があるのに。
でもキチンと役所で住民票とりよせたら勇者の家系ですし、勇者の子孫が新しい勇者に選ばれたって説得力ありますよね。
そしたら王様も黙るしかなくって。それで魔王退治に出たのは良いんですけど、名前をバカにされたのがショックみたいで勇者さんずっとヘコんでるんですよ。
あんまり可哀想なので私が夢の中で言ったんですよね。
聞こえますか勇者……アナタはこれから偉大なる初代の名を受け継ぎアルフレッド・ユージーンと名乗りなさい
翌朝はもう元気でしたよ。ところでアルフレッドって友人が昔飼ってた犬の名前です。なのでユージーンです
そんなわけで、彼は勇者アルフレッドくんです。
ふふふ……勇ましいな、勇者アルフレッド。
人の身でありながら、我が軍勢に拮抗するだけの力……私は高く評価している。どうだ、私と共に来る気はないか? 共に新しい世界を築こうではないか
戯言は止めろ、魔王マグナヴォロス!
死んでいった仲間たちの仇、今ここで討たせてもらう!
勇者さんが私を鞘から抜きましたよ。ちょっと刀身光らせて威厳なんか見せちゃいます。どうです? 聖剣ぽいでしょ?
まだ魔王さんとの距離がずいぶん開いてますけど、勇者さんは気にせず私を振り下ろしました。
ビームを出してみたんですけど、当たりませんね。
いやね、当てようと思えばいつでもできるんですけど。でも私のモットーていうか、なるべくは自分の力で解決させるのが教育方針なんです。
私がビーム曲げちゃえば魔王さんだって避けられないんですけど。まぁ勇者さんが自分で倒せるまで私は見守るつもりです。
そう急くな。簡単に終わらせては面白みもないぞ。この闘争、愉しまぬ手はあるまい
魔王さん、ニヒルに笑ってますけど冷や汗かいてるの私は気付いてますからね。
あと何カ月も前から用意してた台本の一割も話せてないので、ちょっと残念がってますね。
千里眼なので見てましたけど、魔王さん結構わくわくしながら勇者さんの到着待ってましたから。
地下の宝物庫に色々、すごいアイテム隠してたんですよね。
いっぱいある宝箱に一個だけ手下の悪魔を潜ませるとか、たくさん準備してたのに、勇者さん全部無視して一直線に来ちゃいましたからね。
魔王さんのことも一応、話しておきますか?
ここに彼の経歴書がありますから。調べたんです暇だったから。
名前はマグナヴォロスさん。近所のおばさんからはイケメンのマーくんで通ってるみたいです。
夏休みに人間界に遊びに来た時、一目見た人間の子を好きになっちゃったようです。面識もないのにいきなり飛び出して告白したら泣いて嫌がられたことがトラウマになったんですって。
それで人間を滅ぼすことに決めたとか。
それからがんばって勉強して、悪魔界の一流大学を卒業、民間で何年か仕事をしてから魔王に立候補したみたいです。
がんばり屋さんですね。
千年ぶりの現世だ……
やがては消え行く世界……飛沫の花に過ぎぬとしても、我が倦怠の心を滾らせて見せろ……!
出た! 飛沫の花!
この言葉、魔王さんが大学の頃から温めてた決め台詞ですよ。
すぐ飛び散って消えちゃう泡に世界の儚さを例えて、色とりどりで美しいけど滅びちゃうよねって表現みたい。
本人的は良いセリフだと思ってるんですって
私的にはわかりにくいしイマイチですけどね
魔王さんの『いつか使うセリフリスト』に載ってましたよ。
あ、これ読んだって内緒です。他人のプライバシーですし。
負けて、たまるかぁー!
ふはははは……面白い! 面白いぞ勇者アルフレッド!
貴様を殺さねばならぬのが残念だ……
この闘争! この破壊! もっと楽しもうではないか!
このセリフもリストに載ってたなあ。
でも一回やられた時の復活用とか書いてありましたけど、思ったよりアルフレッドくんが強くてテンパってるのかな
お前のような者がいれば、全ての世界が暗黒に堕ちる……
この緑の大地は俺が守る! お前の手には渡さん!
渡さん、て勇者さんのものでもないですけどね。この大地。
所有権は神様にあるんでしょうけど、私も神様に二千年くらいあってないんですよねー
放任主義とか言って監督責任を放棄してるんですから、こういう上司を持つと大変ですよ。
神様が七日で世界を作ったってのは有名な逸話ですけど、あれ別に七日で完成したわけじゃなくて、飽きたからあとよろしくって未完成のまんま放っぽったんですから。
そういう意味じゃ所有権を放棄したのかしら。それじゃ世界は人間のもの?
でもあとから神様に訴えられたら揉めそうね。
もう何千年も人間が暮らしてんだから、勝手に土地の登記書を拵えておけば良いのよね。今度勇者さんの夢にでも出て教えてあげようっと。
ならば、これはどうだ!
なに!? うわああああああ!!
あ、ふっとんだ。でも私を手放さないあたり、さすが勇者ですね。
ば、ばかな……! まだ、こんな力を残していたというのか……!
ふふふ……私はまだ半分の力も出していないぞ?
これは嘘ですね。息切れてるのバレないように必死ですもん
勇者とはいえ一人の人間……私が本気を出せばいつだって殺せたのだ……わからないか?
なぜ今日まで、お前との決着をつけなかったと思う?
待っていたのだよ。お前が強くなり、私を愉しませてくれるのを……!
なん……だと……!?
あ、コレはいま考えた言い訳ですね。
ホントは資金繰りが上手くいってなくて、最初から勇者さん討伐に全戦力を傾けたいって申請したら予算の関係でNGが出たんですよね。
それで部署ごとに出張費で精算できるギリギリの予算で部隊編成したけど、おかげでいつもあと一歩で倒せなかったんですよ。
でも、今の魔王さんの一言って上手いですよ
このままじゃ魔王さん、身内からは『勇者討伐をマニュフェストに魔王就任したクセに』とか怒られちゃいますし、人間側から見れば『舐めプしてたら追い詰められた間抜け』って印象ですからね。
でもさっきのセリフで『敵である勇者を育てて決戦を望む戦闘狂』って言う、いかにも悪魔らしい感じの悪役になりました。
こういう機転が効くところ、勇者さんも真似すればいいのに。
それでも……俺は負けるわけにはいかない!
お前に見せてやる! 人間が持つ真の力を!
勇気の力を!
今まで勝てたのは勇気とか根性じゃなく私のバックアップだって気付いてないのかなー。
うおおおおおお!!
あーもう、ダメですって考えもなく真正面から突撃したら。
こういう時はね……あ、ダメ、やめとこ。つい口出ししたくなっちゃうんですよね。
がんばれ若者!
とおりゃあああ!!
またそーやって無暗に私を振り回すんだから
やったか!?
それ、負けフラグだから言わない方がいいよ
……
……!
聖剣の直撃を、耐えたというのか……!
待って、今の直撃じゃないですから。ギリギリで魔王さんがバリア張ったの見えなかったかなぁ
私が直撃したら何でも真っ二つですから。評判下がるんでヘンなこと言わないで欲しいです
フフ……
少しは、やるようだな……
見せてやろう……お前に、魔王の真の力を!
この姿を見せるのは、千年ぶりだ……
わぁ変身しました。
冥土の土産に教えてやろう……これが魔王ガラドヴォロスの真実の姿だッ!
魔王さん、冥土の土産って言葉使いたがってたし言えて良かったですね。
本当なら勇者さんの方から『なぜこんな真似をする!』とか聞いて、そのセリフを引き出すのが礼儀なんですけど。
まだ勇者さんは若いのでそういう、業界のルール的なの知らなかったりするんですよね。
うおおおおお!
シャアアアアア!!
とか言ってる間も戦ってますけど……あ、勇者さんがいいの食らいましたね。
勇者さん、相当グロッキーですね。走馬灯モードに入ってますよ。
ククク……他愛もない
じわじわとなぶり殺しにしてやるぞ……!
生きたままハラワタを引きずりだしてやる!
とか言って攻撃しない魔王さん、さすが大人です。
アドリブのセリフで間を持たせて、勇者さんが回復するまで待ってるんですね。
きっと勇者さんは今頃、冒険中に出会った仲間とか、走馬灯の中で思い出してるのかな
幼馴染の女の子とか出て来てたりして。
ちょっと頭の中、覗いてみましょうか。
えい
う……ここは……
俺は……死んだのか……
声が……聞こえる……
レックス……行かないで、レックス……
あ、これは勇者さんの幼馴染のレナちゃんですね。
完全に幻覚見えてますねー
レナ……か……?
レナの声が聞こえる……
どうしてレナがここに……?
レックス、私……アナタが帰ってくるの待ってくるから
絶対、生きて戻って来てね
そうだ……レナが待ってるんだ……!
俺は……!
俺は、負けない!
起きましたねー
レナちゃんね、勇者さんを見送る時には泣かなかったのに、姿が見えなくなってからずっと泣いてるんですよ
青春ですねー
でも泣いてるところ他の男に慰められて、そいつと結婚したんですけどね
聖剣グランスフィア……! 魔王を討つ!
俺に力を貸せ!
えー?
貸せって……今さら言う?
ずっと私、貸してましたよね力? 冒険の初期から。
そりゃまあ、最初はビーム出せないフリとかして、勇者さんが育つの待ってましたけど
なのに今さら、力を貸せってなんだかなあ。私がずっと力貸してないみたいじゃん
まあ良いんです。良いんですよ。これが聖剣の仕事ですから。
いつもそうなの。どの勇者も私が協力して当たり前って思ってる。私が頑張ってるのにお礼の一言も言ってくれない。
千年も寝てたんだから良いだろーて言わんばかりにコキ使うんです。たまには聖剣だってお休みが欲しいんですから。
でも私が『今日はちょっと頭が痛いのでお仕事休ませてください』とか言ったら困るのは勇者さんでしょ?
別に良いんですよ。私だって正義サイドですからね。立場的には。力の貸し渋りとかしないつもりです。
でもね、たまには労いの一言くらいあっても良いと思うんです。
まあ……良いんですけど。貸しますよ力。はぁー。
あ、異世界の皆さんごめんなさい。ちょっと愚痴っぽくなっちゃいましたね。
考えてみたら私も勇者さんに不満を口に出して言わないですし。伝わらないですよね。
『キミは機嫌が悪くなると一際強く光るよな』って昔先輩に言われました。うちのお母さんも機嫌が悪くなると夕飯が味の薄い肉じゃがばっかになるのでずいぶん嫌だったナーなんて思い出しちゃいました。
不満とかって口に出して言わないとわからないですよね。態度に表すだけで気付いてもらおうなんて子供ですもん。私反省します。
ぬわあああああああ!
そんなこと言ってる間に、魔王さんはやられましたね
やった……
ついにやったぞ……!
勇者さん、一人で感極まってます。
フ……フフフ……私の負けだ、勇者アルフレッドよ……!
さあ、魔王さんの最後の見せ場が来ました
だが……第二……
……第二、第三の……
第三の……
……
ぐふ!
あ!
……?
あーあーあ。可哀想。勇者さん、手加減なしにやっちゃったから。
本来なら、魔王さんにカッコイイセリフを言わせて退場してもらうのが筋なんですけど。
そういう業界のルールみたいの、若い子は気にしないからなー。
本当なら、勇者を導く老人的なのに教わるんですけど、アルフレッドくんは人の話聞かない子だし
この子の子孫は人の話を素直に聞く子だと良いけど……どうせあと千年もしたら新しい魔王が出るんだし
えーと、魔王さんが可哀想なので一応、私が代わりに言いますね。
『だが、第二第三の魔王はすぐに生まれる。人間が居る限り、その悪意が潰えぬ限り、魔王もまた永遠に不滅なのだ。光の有る限り闇は消えぬと思え、ふはは、ふはははは、はーっはっは。そこで爆発し、城が崩落』
ですって。あ、最後のはセリフじゃなくて演出か
終わった……のか……
おつかれさまでーす
……帰ろう……みんな待つ世界に……!
あ、どーしよ。帰ったらレナちゃん気まずいよね。
あの子もう子供いるし。それに勇者さん、戦う以外にできないから再就職も苦労するだろうし……
ここは気を利かせてこの世界に閉じ込めてあげようかな……
えい
な、なんだ!?
元の世界への門が……消える!
魔王め……最後の罠か!
いえ私の気遣いですけど
まあこっちの世界で戦士としてがんばるのが勇者さんにも良いんですよ。
では、そういうことでー
うおおおおお!
え?
あ……!
門が、開いた!
あーあー! 見ましたか!?
勇者さんが私を放り投げましたよ。
で、元の世界に続く光の門に私が刺さりました
私って聖剣なので、一回閉じかけた門を切り裂いて開いちゃいましたね。
……ありがとう、グランスフィア
え!? え、なに、急に……
ま、まあ私、ほら聖剣だし……別に、お礼なんか言わなくてもいいのよ。私も仕事でやってるんだからね
今日まで助けられた。戦いの日々は終わりだ。
ゆっくり眠ってくれ
え……え?
あ……走って行っちゃった
光の門、通って帰っちゃった
私置いて……
……
えっと、あれ?
あの、異世界の人、見えてました?
私、置いていかれたんですけど……この崩れかけた魔王城に、グサって刺されて
……
え……ちょっとー! 戻って来てよ!
……私、ひとりじゃ動けないんだから!
……
ねえってばー!
……こうして、勇者アルフレッドの冒険は終わりを告げる
勇者の聖剣は暗雲を吹き払い、世界には平和が訪れた
人々は歓喜した。空から差し込む光に、輝く大地に
……勇者アルフレッドの行方は定かではない。彼はいずこかへと姿を消してしまった
しかし、光あるところに闇はある。いつか、再び世界に危機が迫るだろう
闇があれば、そこには必ず光が差す。新たなる闇が世界に迫る時、必ず勇者は蘇る
人々は勇者の名を忘れない。いつか必ず、彼が戻ると信じている。彼の名は伝承となり、永遠に語り継がれるのだ……
ちょっと、私は?