おっさん

…………

 私は今日も考えていた。


 憧れの彼女にお近づきになるには、
どうすれば良いのかを。


 そう、職場の花である園子クンに。

チャラ男

園子ちゃーんww
仕事終わったら飲みにいかなーい?ww

園子

チャラ男さん、ごめんなさい。
今日はこの後、用事があるの

チャラ男

ちょっw マジー?www
先週も先々週も先月も
ずっと用事があるってどーゆーことーww

おっさん

(チャラ男クン、気づけ。
それは遠回しというか、
かなり直接的に断られているぞ)

チャラ男

園子ちゃん彼氏いないっしょww
俺と付き合っちゃえばいいのにーwww

園子

チャラ男さん、ごめんなさい。
死んだ母の遺言で、
語尾に『 w 』を付ける殿方とは
お付き合いしてはいけないと
言われているの

チャラ男

ちょマジー?wwww
園子ちゃんって会話の語尾が
聴覚から視覚に伝達されて
映像化されちゃったりする系ー?www

園子

言っている意味がわからないわ

おっさん

チャラ男クン、いい加減にしたまえ。
園子クンが困っているじゃないか

チャラ男

すんませーんwww
仕事戻りマッスルwww

おっさん

(マッスル?
筋肉がどうかしたのか?)


 チャラ男クンは自分の席へ戻り、
山積みになっていた書類を瞬く間に処理した。

女子社員

仕事ができるチャラ男さん素敵ー!

チャラ男

こんなん余裕っしょwww

おっさん

(ああ見えてチャラ男クンは、
真面目で仕事熱心な青年だ。
職場での評価も高い)

おっさん

(顔も悪くは無い。
いや、むしろ美男子の部類に入るだろう。
チャラ男クンに思いを寄せる
女子社員も多いと聞く)

おっさん

(しかしなぜだ……?
なぜ園子クンは、
彼をまったく相手にしないんだ?)

 その時、終業のベルが鳴った。

園子

お先に失礼いたします、おっさん課長

おっさん

あ、ああ。
気をつけて帰りたまえ

おっさん

(私も帰り支度をするか……)

カヅオ

おとーちゃーん

おっさん

どうしたんだカヅオ!
なぜ会社まで来たんだ?

カヅオ

家の鍵落としちゃったー

おっさん

例えこの世界が終わろうとも
鍵だけは失うなとあれほど言ったのに、
お前というやつは……

カヅオ

えへへー


 5年前に妻に先立たれてからというもの、
私は息子のカヅオを一人で育ててきた。


 そろそろカヅオには、
新しい母が必要じゃないかと思っている。


 例えば園子クンのような、
若くて美しく、利発な女性がカヅオの母になれば、
私はきっと天にも昇るような気持ちになるだろう……。

おっさん

(馬鹿なことを考えるのはよすんだ。
あれほど美しく誇り高い園子クンが、
私のようなおっさんを
相手にするわけがない)

カヅオ

とーちゃん、帰ろー

おっさん

あ、ああ


 私にはカヅオが居る。
それだけで充分じゃないか。
だから、高望みなどしてはいけないんだ……。

園子

あら、課長。
今お帰りですか?

おっさん

園子クン!
さ、先に帰ったんじゃなかったのかね!?

園子

デスクに忘れ物をしたので、
取りに戻っていたんです。
ところで、その子は……?

おっさん

あ、ああ。
この子は私の息子のカヅオだ

おっさん

ほらカヅオ、ご挨拶をしなさい。
こちらは父さんが仕事でいつもお世話に
なっている、園子クンだ

カヅオ

俺、カヅオ!
ネーチャン綺麗だな~

園子

あら、ウフフッ!
綺麗だなんて、ウフフッ!
照れちゃうわ、ウフフッ!

おっさん

(チャラ男クンに
言い寄られたときよりも嬉しそうだぞ。
よっぽど子供が好きなんだな)

カヅオ

とーちゃん。
腹減ったー

おっさん

おお、そうか。
早く帰って晩ご飯にしよう

おっさん

それじゃあ園子クン。
私たちはこの辺で……

園子

はい。
さようなら、課長。
それにカヅオ君……バイバイ!

カヅオ

ばいばい、綺麗なネーチャン!

園子

あらあら綺麗だなんて、ウフフッ!

おっさん

(園子クン……。
子供の前では、よく笑うんだな)


──その晩。

カヅオ

とーちゃん、おやすみー

おっさん

おやすみ、カヅオ

カヅオ

ZZZ……

おっさん

(よく眠っているな。
目をつぶって3秒経てば眠るからな、
うちの息子は)

おっさん

(さて、と。
寝る前の晩酌といくか)

おっさん

(ふう……。
ひとり酒、手酌酒、演歌を聞きながら
というのも虚しいものだ)

おっさん

(もし園子クンがお酌をしてくれたなら
という妄想が頭をかけ巡ってしまう)

悪魔

よう、おっさん

おっさん

うわあああ!
誰だね君は!!
どこから入って来た!

悪魔

テンプレ通りの反応だな

おっさん

何の話だ!
今すぐ出て行かないと通報するぞ!

悪魔

慌てるなよ。
危害を加えたりしねえからさ

おっさん

な、何が目的なんだ?
金か……?

悪魔

だーかーらー、
強盗じゃねえって。
あんたの願いを叶えに来てやったんだよ

おっさん

私の……願い……?

悪魔

おっさんってさあ、
職場の若い女に惚れてんだろ?
それに息子の母親も欲しいと思ってる

おっさん

わ、私は園子クンに惚れてなどいない!

悪魔

あたし、園子なんて言ってないけど?

おっさん

あっ、しまった

悪魔

素直になれよおっさん。
あたしにはみーんなお見通しなんだから

おっさん

ば、馬鹿な!
お前、さては探偵だな!?
それとも興信所の人間か!?

悪魔

探偵ぃ~?
アハハハッ!
笑わせんなよ!

悪魔

あんたが園子に惚れてる上に、
カヅオの母親になって欲しいなんてこと、
誰かに喋ったことあるか?

おっさん

誰にも話した事はない……。
私だけの秘密だ。
それをなぜ、お前が知っているんだ?

悪魔

あたしが天国の使いだからさ

おっさん

お前が天使だというのか?
失礼だが、
そのようには見えないんだが……

悪魔

いいや、天使じゃない。
あたしは天国に住む悪魔

おっさん

何を言っているんだ。
悪魔が住むのは地獄だろう?
天国になんか住めるわけがない

悪魔

何それ。
あんた、天国と地獄を見たことあんの?

おっさん

あ、あるわけないだろう。
私は一般的な話をしているんだ

悪魔

じゃあ、あたしも一般的な話をしよう。
俗に『天にも昇る気持ち』って
言葉があるだろ?

おっさん

まあ、あるな

悪魔

例えばギャンブルで勝った人間が、
天にも昇ったような気持ちになって
浮かれ気分でスキップしてたら……

悪魔

次の瞬間、
車に轢かれて死んじゃいました、とか

おっさん

はあ……

悪魔

他には、
甘くておいし~いチョコレートを食べて、
幸せの絶頂にいる男の子がいました

悪魔

でもその男の子は、
それが原因で虫歯になって
地獄の苦しみを味わいました、とさ

おっさん

何が言いたい。
それが悪魔と何の関係がある

悪魔

人が天に昇ったような気持ちになる時は
必ず落とし穴があるってこと。
地獄へまっ逆さまに向かう落とし穴が、ね

悪魔

その落とし穴を掘ってるのが、あたし。
天国に人が増えたら地獄送りにしないと、
天国がギュウギュウになって
パンクしちゃうからね

おっさん

よくわからないが、
お前はここへ何をしに来たんだ?

悪魔

だから最初に言っただろ。
あんたの願いを叶えてやるって

悪魔

そんで幸せの絶頂に至ったところで、
地獄に通じる穴に落とすから

おっさん

断る。
誰が好んで地獄に堕ちるというんだ

悪魔

ちょいちょいちょい!
それ困るよお~!
頼むから願いごと叶えさせてよお~!

おっさん

なぜ私にこだわる?
願いを叶えて欲しい人間なら、
世の中にわんさかいるだろう

悪魔

ダメダメ!
最近の人間は根性がなくてね。
夢を捨てるどころか、
夢を見ることさえしないんだから

悪魔

くだらねー願いごとで
あたしと契約する馬鹿もいるけど、
そんな奴を地獄に送っても
あんまりインセンティブ貰えないんだよ

おっさん

イ、インセンティブ?

悪魔

あ、この場合のインセンティブってのは
成果報酬のことね。
地獄も優秀な亡者が欲しいらしくて

悪魔

あんたなら人生マジメに生きてるし、
子供のために母親が欲しいっていう
高尚な理由もあるから、
優秀な亡者になれると思うよ~

おっさん

亡者になった時点で、
優秀も何も無いと思うんだが……

悪魔

まあ、つべこべ言わずに
コレ使ってみてよ


 悪魔と名乗るその女は、テーブルに腕時計を置いた。

おっさん

なんだこれは?
普通の腕時計に見えるが……

悪魔

それが“園子クン”を落とす
重要アイテムだから。
それ着けたらあの女、
あんたにメロメロになるよ~

おっさん

ま、まさか。
そんな話、誰が信じるというんだ?

悪魔

警戒心強いなあ、このおっさんは。
あ、念のため言っとくけど
その腕時計でメロメロになるのは
“園子クン”だけだからな

悪魔

それからもう一つ。
トイレの個室とか、
他の人から見えない場所で
着けたほうがいいよ

おっさん

そんな怪しげな物を
うちに置いていくな。
今すぐ持って帰るんだ!

悪魔

それじゃあ良い夢を。
またなー!






 悪魔と名乗る女は、
腕時計を置いたまま姿を消してしまった。

おっさん

(消えた?!)

おっさん

(……少し飲みすぎたようだな。
もう寝よう)


 私はテーブルの上の腕時計をそのままにして、
寝室へ向かったのだった。



・・・つづく

第1話 魔法おっさん 前編

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