平凡な毎日にほんの少しでいいから刺激が欲しかった。
当たり前に過ぎていく毎日。
気づかぬ間に過ぎる時間。
何かが変わればいいと思っていた。
俺、平野慧（ひらの　けい）は大学２年で一人暮らしをしている。
夏の暑い夜、買い物袋を持ちながら道を歩いていた。

恋人に頼まれてスーパーにお使いに行った帰りだった。

辺りはすっかりと薄暗くなり、電灯がつき始めていた。

彼の住むアパートの近所には電車の踏切りがある。
人気の少ない裏通り、寂れた墓が横にあるため滅多に人が通ることもない。
虫を寄せ集めている電灯に照らされた光。
その下に一人の少女を見かけた。

歳は高校生ぐらいだろうか。
これまでも何度か見ている女の子、近所の子ではないようだ。

彼女の端を通りかかるといつも会釈をしてくれる。
雪のように白い肌、落ち着いた印象を持たせる瞳。
漆黒の長い髪が夏の風になびく。

その日はなぜか彼女の横を通り過ぎる時に声をかけてしまった。
見知らぬ相手から声をかけられて驚くかと思いきや、意外と落ち着いた様子で、

その踏み切りから50ｍほどの場所にあるアパートを指差す。

老朽化した４階建てのアパート。
家賃も安く済んで、助かっている。
彼女は俺に優しく微笑んだ。

こちらの道は古い道で車も通れないために人通りもない。
この道と平行して通ってる表通りの道。
車道のあるそちらならば比較的人通りもある。
女性ならばそちらの方がいいに違いない。

彼女が小さくしゃべったのでその先は聞こえなかった。
聞き返すのもなんだし、俺はそれ以上深くは追求しなかった。

彼女と別れを告げて帰ろうとした時、そっと少女の口から言葉が漏れた。

思わず

と振り向いたが彼女は俺を見ていなかった。

少女の視線の先は線路に向けられて、誰かと話すように語る。

そのまま立ち去ろうとしない少女。

独り言のように呟いている。
彼女は帰るのでもなく、どこか遠くを見つめる目をしていた。

不思議な感覚、言うならば違和感とも言うべきか。
そういえばこれまでも、彼女とは道をすれ違っていたが、いつもあの場所で誰かを待つようにしていた気がする。
それとあの去り際の一言、『そこにいますか』なんて意味深な台詞。
俺の耳に残るその言葉。

夏独特の蒸し暑さでジワリと肌に汗がにじんでいた。

少女が気になりつつも、時計を見て危機感を抱いた俺は足早に夜道を駆ける。
後になって思うと、もう少し、このときの俺は少女を気にしておくべきだった。
そうすればきっと、この後の悲劇を回避できたのかもしれない……。