迷子の迷子の子猫ちゃん
どうして君は迷ったの?
迷子の迷子の子猫ちゃん
どうして君は迷ったの?
子猫ちゃんは海が大好き
いつか海を旅するのが夢だ
でもみんなは馬鹿にした
猫が水を好きなんて変だから
子猫ちゃんは本気だったが
誰も信じてはくれず笑い飛ばされてばかり
子猫ちゃんはいつもひとりぼっちだった
それでも子猫ちゃんは海がずっと好き
夢を叶えるため、
毎日毎日小さな池で泳ぐ練習をしている
見て見て
またあの子水に飛び込んでるよ~
うわ~本当だ
あの子って頭が変だよね
それにいっつも海にいるから
毛がベトベトしてて汚いし…
あ、もしかしてあれ洗ってるつもりかな?
お腹が空いて魚捕まえようと
してるんじゃない?
まさか~!あははは
冷たい笑い声が子猫ちゃんの耳に刺さる
子猫ちゃんは嫌な気持ちになったが
また泳ぎ出せば、
そんなことはどうでもよく思えた
いつか海の世界を旅できるのが
本当に楽しみだったから
毎日が楽しかった
子猫ちゃんは少し大きくなった
相変わらず海が大好きで
今日も海に沈んでゆく太陽を見届けていた
薄闇の帰り道、
子猫ちゃんの目の前を真っ黒な猫が横切った
ツヤツヤとした毛並みと
爛々とした金色の瞳
堂々と胸を張って歩く姿
子猫ちゃんはほんの一瞬のうちに
黒猫に心を奪われてしまった
黒猫はいつも
公園で仲良しの猫たちと遊んでいた
子猫ちゃんはそれを離れたところから
見ていることしかできなかった
黒猫の周りにいるのは
みんなきれいな猫たちばかりだ
私の毛並みは潮風でベトベトしている…
それに私は海のことしか知らないから
きっとお話をしても変な子だと嫌われてしまうだろうなあ…
子猫ちゃんは変わろうと決意した
その日以来、子猫ちゃんは海へ行かなくなった
毎日必死にお手入れをした甲斐もあり
子猫ちゃんは真っ白でふんわりとした
上品な猫に生まれ変わった
子猫ちゃんて昔と変わったよね!
そうかな
うん、変わった変わった!
すごくかわいくなったし
性格も明るくなったよね!
ベトベトだった頃の子猫ちゃんを
笑っていた猫たちともいつしか仲良しになっていた
もう変な子といじめられることもない
そして
仲良しになった子たちが協力してくれたお陰で
憧れの黒猫とも親しい仲になった
子猫ちゃんは黒猫やみんなに
認めてもらえたことがとても嬉しかった
もう変な子にはなりたくない
子猫ちゃんはみんなに嫌われるのが怖くて
自分の本当の気持ちを隠しながら生きた
みんなの言うことに合わせて
自分の心は無視した
みんなが綺麗だと言っているものを綺麗だと感じた
みんなが美味しいと言うものを美味しいと感じた
子猫ちゃんは周りから浮くことを恐れていた
そしていつの間にか子猫ちゃんは
本当の自分が分からなくなってしまった
楽しいと感じることも本当に自分は
心から楽しいと感じているのか分からない
楽しんでいる自分と、
それを遠くから冷めた目で見ている自分
心の中に二人の自分がいた
仲間の顔ばかり伺い
嘘を重ね続け
自分の心を見失い
子猫ちゃんは迷ってしまった
ある日、
みんなで海へ出掛けた
久しぶりに海を見て子猫ちゃんは複雑な気持ちだった
その感情を隠すために一層作り笑いを浮かべる
みんな怖がって水辺には近づかなかったが
黒猫だけは平気な顔で堤防から海を覗き込んでいる
俺、実は海が好きなんだ。ほら、水が底の方まで透き通っているのとか綺麗だよね~できることなら水の中を散歩してみたいなあ…
…え?
はあ~何言ってんだよお前
水なんか入ったら死んじまうよ
雨に濡れるだけでも気持ち悪いのに
海に入るなんて考えただけでゾッとするよ~ねえ?
うん…そうだよ、海が好きなんて変だよ
いつも自分の心に嘘をついてきた子猫ちゃんは
いつものように嘘をついた
やっぱり!?そうだよなあ~ははは
黒猫は傷つく様子もなく笑っていた
つられてみんなも笑った
子猫ちゃんもみんなに合わせて笑いながら
身体の芯が冷えていくのを感じ怖くなった
その日、子猫ちゃんの頭の中には
ずっと暗い気持ちが渦巻いていた
日が沈み、みんな遊び疲れて帰って行った
僕たちも帰ろうか
うん
街灯に照らされた道をふたりで歩いてゆく
影のような黒猫の後ろ姿を見ているうちに
子猫ちゃんの冷たい心に温かい景色が浮かんできた
それは過去の自分の夢
それを信じていた頃の懐かしい日々の想い
子猫ちゃんは足を止め
そして俯いたまま口を開く
黒猫さん、ごめんなさい
へ?
本当にごめんなさい
なになに?どーしたの?
さっき私、
海が好きってあなたの言葉を笑ったけれど、
本当は私も…海が大好きなんです
そうだったんだね、
君も海が好きだったなんて嬉しいよ
私も嬉しかった…なのに、
正直に言えなかった…
どうして隠したんだい?
私、小さい頃から海を旅するのが夢で…いつもみんなから変な子って笑われていたんです
でももう変な子だなんて言われたくなかった…嫌われたくなかったから、今までずっと上辺だけの言葉でみんなを…黒猫さんを騙していたんです。ごめんなさい
嫌われたくないと思うのはみんな一緒さ。
でも自分に嘘をつくのはとても辛かったんじゃない?
今君が本当に謝らなければいけないのは僕や他のみんなじゃなくて、君自身だと思うよ
子猫ちゃんの瞳から涙が落ちた
正直に生きるってとても勇気がいることさ
…で、僕を好きな気持ちも嘘だったってことかい?
子猫ちゃんは黒猫の顔を見た
そして涙をぽろぽろと零しながら
首を横に振った
はあ~~よかったあ~~~~~
黒猫は大きく息を吐いて満面の笑みを浮かべた
ま、嘘じゃないとは思っていたけどね
はっはっは
…僕も君が大好きだよ。今も昔もずっとね
どうして…私黒猫さんを騙していたんですよ…今までの私は…
うん、さっきまでの君は確かにひどい子だった。…けどそれはちょっと迷っただけのことさ。今はとても正直で素敵な猫だよ。それが本当の君だろう?
それに君の夢、僕は最高だと思うよ!
だから信じなよ、自分のこと。
子猫ちゃんは泣きながら頷いた
本物の幸せが
瞳から溢れている
やっと一人ぼっちではなくなった
もう怖いものなんて何もなかった
本当の自分を認めることが
できた子猫ちゃんの前に道が見えた
子猫ちゃんは
もう二度と迷うことはない
-終-