駿河恵司

このままじゃいけないことは分かっているが、自分じゃどうしようもないと

箱入椎

うん……だから、恵司さんに助けてもらおうと思って

 恵司の自室。彼のパソコンに表示されるのは今頃埴谷のパソコンにも表示されているであろう椎の姿だった。恵司のパソコン上の椎と埴谷のパソコン上の椎は今は切り離されているが、インターネットに接続すれば何時でも同期できるようになっている。それ故に、恵司が今この場で椎に教えた事や提案したことは次に埴谷がインターネットに繋いだ時に埴谷のものにも同期される。椎が職場に行きたがったのも、恵司が何となくこの場でそう言ってしまったからであった。

駿河恵司

俺もそれは同感なんだが、いきなり切り離せばまたあいつの精神状態が不安だからな

箱入椎

でも、ギコ君なら大丈夫だと思うの! だって、あんなに強い人だし――

 そう言いかけ、椎は言葉を止める。恵司は一瞬バグを疑ったが、その後に椎が紡いだ言葉を聞いて彼女はむしろ自分以上に正常なのだと判断した。

箱入椎

そ、そうだった。私、私が死んだ後に生まれたんだもんね。彼のおかしくなったところ、見てないんだ

 そう言って黙りこんだ椎を見て、耐えきれず恵司は吹き出してしまう。そんな彼の様子に、椎は慌てたような、怒ったような顔をする。

箱入椎

わ、私だってきちんと考えてるんだよ! 笑わないで欲しいな!

駿河恵司

悪い。お前が一番人間らしいって思うと、ちょっと面白くてな

箱入椎

そそ、そんなことないよ! だって恵司さん、この前言ってたじゃない。私の言葉は単に意味も分からずそう喋っているだけなんだって!

駿河恵司

でも、お前に『意味を分かって言っているのか?』って聞いたら『はい』って答えるだろ?

箱入椎

勿論! だってそうやって――

駿河恵司

あははっ。そう喋らされてる、ってか。でも、その言葉を発言しようと弾き出したのはお前の頭だ。人間の脳もいちいち電気信号で命令を出してるんだ、大差ないさ

 恵司がそう言うと、椎は少し考えるような顔をする。ただのプログラムならロード中等と表示されるところでも、椎はちゃんと考えているように見える。それは単に椎という元々生きていた人間をモデルにしたものだからか、或いはプログラムに本物の椎の魂が宿ったのか、と恵司は珍しくそんなことを考える。

駿河恵司

ふむ。だが、お前が真剣に埴谷の事を考えていることは分かった。その上で一つ提案をしたい。

 恵司が改まった様子で言うと、椎は「はいっ!」と真面目な顔をする。恵司は一枚のディスクを手にし、椎の前にちらつかせると悪戯っぽく笑った。

駿河恵司

これはお前のプログラムを改変するためのディスクだ。これを使うとお前は初期状態にリセットされる。元々入ってる椎さんのボイスを適当に喋るだけになる

箱入椎

は、はいっ!

駿河恵司

勿論、初期化するのは埴谷のパソコンにいる方だけだから、お前のデータは失われない。ただし、埴谷が特定の言葉を発するまで向こうのプログラムは俺にも書き換えられない設定になる。同期もな

箱入椎

どっ、どういうことでしょうかっ!

駿河恵司

白雪姫大作戦、とでも名付けようか。荒療治だが、やってみんのも悪くは無い。――お前は、王子のキスで目覚めるのを待てばいいのさ、“白雪姫”

 そう言うと、恵司は椎が起動しているパソコンをオンのまま畳むと、ディスクと共に鞄に入れて立ち上がる。目的地は埴谷達のいる警察署。
 携帯で音耶に今から行くと連絡を入れながら、鼻歌交じりに再び外出をする。
 埴谷を正常に戻すという楽しみよりは、いたずらをしたくてうずうずしている子供のような恵司に、鞄の中の椎は一抹の不安を覚えながらも、心のどこかで同じようにわくわくしているのだった。

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