全く警戒していない方向からの突然の衝撃に、俺はあえなくバランスを崩し、顔面から派手にすっ転んだ。
何だ、何事だ。地面にはいつくばりながら呆然としていると、これまた突然に、頭上から女の子の声が降ってきた。
全く警戒していない方向からの突然の衝撃に、俺はあえなくバランスを崩し、顔面から派手にすっ転んだ。
何だ、何事だ。地面にはいつくばりながら呆然としていると、これまた突然に、頭上から女の子の声が降ってきた。
あー、あー。私は神じゃ。お前は今トラックに跳ねられて死亡した。
……そんな馬鹿な。
愕然とする俺をよそに、声は続く。
しかしこれは私の手違いであって、本当はお前は死ぬ予定ではなかったのじゃ。そんなわけでお前に第二の人生を――
んなわけあるかーい!
そのあたりで俺は勢い良く突っ込みながら起き上がった。
二度目の強い衝撃が後頭部を襲い、俺は再び地面に顔を叩きつけることになった。
しかし、頭はもう正常に稼働している。
第一に。俺は学校の敷地内を歩いていたのであって、車が通っているわけがない。そんなことがあれば騒ぎになるし、いくら俺がぼんやりしていたとはいえ、気付かないはずがない。
第二に。トラックに轢かれたならすっ転んだだけで済む筈がないし、元気に起き上がれるわけがない。
第三に。俺は神なぞ信用していない。
あちこち痛むのを我慢して起き上がると、俺の周りを数人の男女が取り囲んでいた。……否、訂正。数人の変人がいた。
どう変人かというと、皆首から大きなプラカードを下げている。そこに書かれているのは「通行人1」「通行人2」「友達1」などなど……
なんの意味があるのか知らないが、そいつらより目立って変なのが、底のない段ボールを身にまとった長い髪の女の子だった。
勝気そうな顔をしたその女の子は、とても小柄で、段ボールを両手で支えるのも大変そうである。その段ボールには、油性マジックで大きく「トラック」と書かれていた。
その彼女が、突如ボトリと段ボールを落として絶望的な声を上げた。
神が……死んだ
彼女の視線を追うと、俺の足元に、女の子がもう一人倒れていた。
きゅう……
その理由が、俺が突然勢いよく起き上がったときに、後頭部で一撃食らわせてしまったからだと気付くのには、少し時間がかかった。
ようこそ我が部へ!!
俺が一撃昏倒させてしまったらしい女の子は、首に「神」と書かれたプラカードを下げていた。
そんなことはどうでもいいのだが、その「神」と「トラック」の女の子に無理やり引きずられるようにして、俺は誰もいない教室に連れ込まれたところだ。
正直、こんなわけのわからないおかしな人達と関わり合いになりたくなかったが、いくら変人とはいえ、女の子相手に乱暴な真似はできない。
決して、「神」の女の子も可愛かったから、それも好みドストライクな顔だったからというわけではない。決してない。
そして、彼女が口にしたセリフで、彼らが部活団体だとわかって少しほっとした。それなら納得がいく。
えっと、演劇部?
ううん、異世界召喚部!
あ、帰ります!
俺は即答するとさっと片手をあげて挨拶し、何事もなく教室を出ようとした。
その瞬間突然教室の電気がついた。
元々曇っていた上に日が暮れようとしていたので、薄暗かった教室がほんのり明るくなった。ただそれだけのことだが。
『放課後の教室を出ようとすると、突然光の洪水が俺を飲み込み――』
いや、電気ついただけだろ!?
トラックの少女が厳かに朗読し、突っ込んではいかんと思いつつも、気が付いたときには突っ込んでしまっていた。
ノリのいい自分の性格がうらめしい。
まあ、話くらい聞いていってよ。わたしは部長の春野春風(ハルノハルカ)
なんかゴロがいいような悪いような名前ですね……
わたしの親のネーミングセンスがないって言いたいなら伝えておくわ
結構です!
自己紹介に素直に感想を返すと、抑揚のない声が返ってきた。
素敵な名前ですねとお世辞を言っておけばよかったと後悔する。
ハルノ……先輩、かな。学年は名札の字によって色分けされているが、彼女のそれは三年生である赤だった。
自分だって似たようなものじゃないの。トウサキトウルくん
いや、冬崎透(フユサキトオル)だし
俺の青字の名札を見て冷静に答えると、しばらく場を冷たい沈黙が包んだ。
……まさか、今の素だったのか?
コホン、まあいいわ。
で、あっちが副部長の
取り繕うようにそう言いつつ、先輩はトラックの少女の方を指した。
それを受けて、彼女が口を開く。
八月(ヤツキ)オーガストよ
はい? 今の名前ですか? なんか名前じゃなかった気がするけど。
確認するように彼女の名札を見ると、ピンクの文字で「八月オーガスト」と書かれていた。
っていうかピンクって何だ?
今年は青が一年、黒が二年、赤が三年のはずだ。
……ピンクって何だ……?
えっと、何年生ですか?
別に何年でもないわ。というか学生でもないし地球人でもないし
俺のすぐ傍まで歩いてくると、下から俺を覗きこむようにして見上げてくる。その顔は文句なく可愛いんだけど。
あのね、彼女は異世界から来たのよ
帰ります!!!!
ダッシュで教室から出ようとしたが、それまで空気のように存在感のなかった他の部員達がここで俊敏な動きを見せた。
前後両側の扉の前に立ち塞がり、そして同時に窓を指し示す。
『お帰りならあちらからドウゾ』
ちょっとまてぇぇぇい!!!!
綺麗にハモった声に、またまた突っ込みを入れてしまった……
うう、自分が憎い。
高い所から落ちて気が付いたら異世界コースはご不満?
ええもうすっぱりきっぱり不満ですねッ!
っていうかなんなんですかその異世界召喚とかなんとかって!
困惑したような部長の言葉にここぞとばかりに俺は叫んだ。
わけのわからん部に入らされそうになって困惑してるのはこっちの方だ。
知らないの?
ホラ、ライトノベルとかネット小説によくあるアレよ。
平凡な高校生が異世界に召喚されてオレツエーとかオレスゲーとかなるアレ
いや、まあ、そりゃそーゆーの読んだことはありますけど……
だと思ったー。
だってトーサキ君、昨日本屋さんで買ってたでしょ、異世界召喚ラノベ
ずさっと俺は部長から距離を取った。
その俺の態度で察したのだろう、部長がパタパタと顔の前で片手を振る。
違う違う、ストーカーとかしてたわけじゃないから。
そもそもトーサキ君ぜんぜん好みじゃないから安心して?
いくら変人とはいっても、好みド真ん中系の可愛い女の子からそのセリフはキツい。
例え俺を安心させるための思いやりだとしてもだ。
地味にダメージを受けている俺に気付くことなく、先輩はにこにこと笑いながら続ける。
たまたまわたしも同じ本屋にいただけよ。同じ本を買いにね。だって昨日が発売日だもの不思議じゃないよね
……じゃあ、なんで俺のことを知ってたんですか?
違う違う、逆だよ。今日トーサキ君を学校で見掛けて、あ、昨日同じ本買ってた人だって思ったんだよ
なるほど、そこまでは合点が行った。
だがその後がわからない。
で、なんでその後段ボールで突っ込んできたんですか……?
やっだなー、勧誘に決まってるじゃない
カラカラと笑ってこともなげに言う先輩に、俺は一応、ほんとうに一応だけ、尋ねてみることにした。
で、この部は何をする部なんですか?
途端、先輩はよくぞ聞いてくれた、と言うように得意げに手を腰に置き、胸を張ってふんぞり帰った。
その名の通り、異世界召喚モノが好きな人達が集って、実際に異世界に召喚されるべく日々研鑽を重ねる部よ!
帰りますね!!
俺はにっこり笑って叫びながら、三度目の正直で廊下側の窓を開けて教室を飛び出した。