勇者の最初にして最大の敵であったスライムは語る。

村の出口で通せんぼしてな、そりゃもう何度もまっ裸に剥いて宿まで叩っ返してやったもんよ

 彼は一介のスライムでありながらも、金城鉄壁の護りを見せた。
 持ち前の溶解液で勇者の服を溶かしては、外の世界の厳しさを教え込んだのである。
 しかし憎まれ口を叩きながらも、そこには半熟な勇者を危険に曝すまいとする不器用な漢の背中があった。
 そんな親心にも似たお節介を知ってか知らずか、勇者はめきめきと力をつけていった。初めは剣の重さに踊らされていた彼女も、次第に剣を真っ直ぐ振り下ろせる程度には成長したのである。

百回ぐらい戦ったかねえ、いや二百回だったかもしれねえな。とにかくあいつもようやく俺に土をつけてあの村から卒業してったんだわ

 手塩にかけて育てた娘を嫁に送り出すような、晴れ晴れとした想いがあったのだろう。
 敗北譚にもかかわらず滔々と語る彼の面持ちにはどこか誇らしさが窺えた。
 激闘の末、息絶え絶えに二人で仰ぎ見た茜空の色は、今なおその眼に焼きついたままだという。

あん時ゃ俺もこんだけ肝座った娘ならいずれ大魔王サマでも倒しちまうと思ったもんだがね

 そう嘆息して、ぼんやりと遠い空の向こうを眺める。
 

だのに、どうしてこんな志半ばでおっ死んじまうかねえ

 勇者の葬儀は粛々と行われた。
 山岳を越える途中、野党に寝込みを襲われ花を散らされたという。
 これまで彼女の旅に期待をかけた者たちの皆が皆、その唐突な死に胸を潰した。
 少女の遺体は始まりの村まで搬送されたが、眩しかったあの頃の笑顔はもうそこにはない。

戦いで命を落とすってことなら、いくらかカッコがつくだろうによ。こんな終わり方はあんまりじゃねえか、よお神様

 少女の亡骸を乗せた小舟は、海の彼方へと送り出されていく。
 勇者の最期を悼む式典に魔物の彼は似つかわしくない。
 いたずらに式を乱すこともあるまいと、彼は木陰の奥から少女の最期を見届けた。
 滲む景色のなか、冷たい棺は空と海が交わる場所まで辿り付くとやがて光の泡に溶けていく。
 空は勇者の死に涙を流さなかったし、海もまた穏やかに横たわるだけだった。

 勇者亡き後、諸王は新しい勇者の選定に取りかかるだろう。
 誰よりも人の世の安寧を望んだ少女の軌跡は埃をかぶり、新しい歴史に塗り替えられていく。
 そして再び使命を背負った少女が重たい剣を拵えて腰を上げる。冒険の門出だ。
 ところが勢い勇んで村を出た束の間、彼女は生まれたままの姿になってとんぼ返りで戻っていった。

どうして勇者ってのはどいつもこいつも初めは弱っちいのかねえ

 
 今日もまた彼は村の出口で不敵に笑う。

勇者の葬儀

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