にじげんかのじょ

二次元彼女

 芦屋(あしや)の姿を見かけたのは、私が休日の公園を散歩していた時の事だった。


 その公園にはボートに乗れる池があり、休日には何組かのカップルが他愛もない会話をしながら水面に浮かんでいる姿が見かけられる。



 芦屋は管理小屋の前に立ち、私に向かって大きく手を振っていた。

芦屋

珍しいな、こんなところで。

 私だって散歩くらいする。

 休日の昼下がりの公園など芦屋にこそ似合わない。そう私が言い返すと、彼は小さく笑って時代遅れなポロシャツを指さした。

芦屋

バイトだよ、バイト。
2~3日だけの予定だけどな。

男性

すみません、ボート2人。

芦屋

あー、はいどうも。まいどー。

 まいど?

 貸しボートの店員には似つかわしくないその言葉に少しの違和感を覚え、私はボートの用意を終えて戻った芦屋に質問した。

芦屋

まいどはまいどだろ?
昨日もあのにーちゃんは来たんだよ。
ここの爺さんに聞いたら、一月前からほとんど毎日来る常連らしいぜ?

 ほぼ毎日やってくる、公園の貸しボートの常連。

 そういう人も居るのだなと、私は何気なくそのボートを目で追った。

芦屋

……

 ふと芦屋を見ると、なにやら面白くなさそうな顔をしている。

 もう一度ボートに目をやった私は、また違和感を感じて目を凝らした。

芦屋

気付いたか?

……それとも……見えたか?

 芦屋もボートを目で追っている。

 その表情は鬱々としていた。
 さっき確かにあの男は「ボート2人」と、2人分のチケットを買っていた。
 しかしボートにはあの男一人しか乗っていない。

 私は、以前ニュースになっていた、携帯ゲーム機の中の「彼女」とデートをする若者の話を思い出していた。

芦屋

あー、そうかもな。

 芦屋の曖昧な返事に私は不安を覚え、どうしてもボートを目で追ってしまう。


 その男の乗ったボートが別の客のボートとすれ違った瞬間、私は違和感のもとに気付いた。

 別の客2人が乗ったボートより、男が一人で乗っているボートのほうが、喫水線が深いのだ。

 まるで、男の他にもう一人誰かが乗っているかのように。

芦屋

まぁ、客は客だしな。
あのにーちゃんがどうなろうが、俺は知ったこっちゃない。

 どうなろうが?

芦屋

あぁ。俺は今日にもここを辞めるしな。
俺が管理人してる間じゃ無ければ、どうなろうと知ったことじゃないさ。

 

 芦屋が別の客に呼ばれてボートの準備をしに行くのを見送り、私はその場を離れた。


 池から離れる道を選び、振り返らないようにして足早に家へ向かう。



 3日後、新聞の片隅にあの公園の名前が小さく載った。

――終わり

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