プロローグ


〜はじまり〜

一ヶ月管理をおねがいしますよ。ルレーヴさんのような優秀な魔法使いさんが店番をしてくれるなんて助かるわ

 色とりどりの瓶が並ぶ店の中、柔和な老婆が新しく預かった瓶を店内で働く少女へと手渡す。
 

旅行に行く間の預かりくらい、成績優秀な私には簡単なくらいよ

 長い髪をさらっと掻き分け、ルレーヴと呼ばれた少女は精霊の入った瓶を預かる。
 預かった瓶を軽く振ると、淡く光る瓶詰めの中身に目やおぼろげな輪郭が浮かんだ。
 
 瓶の中にいるのは巷で流行のペット精霊である。 

 長期旅行に向かうマダム達は精霊を瓶に入れて、魔法使いのいる店に預けて行くのが最近の流行だ。

 なお、この精霊を瓶詰めにして管理するというのは精霊に関する知識がなければ瓶詰めのまま活かすことができないため高額のアルバイト料が貰える。
 少女の手には方々から預かった精霊の瓶が火、水、地、風、光、闇の6つある。
 ペットの世話が1つでも大変なのだが、6つを預かれるのは彼女が魔法使いの中でも優秀ということの現れだ。

ここで稼げば来年の学費も十分間に合うわね

こちらが店の鍵です、何にもない店ですけど、自由に使ってくださいね。

精霊研究の論文を書こうとしていたから、ちょうど良かったわ。こちらこそありがとう。

 老婆が上機嫌にルレーヴに鍵を渡し、荷物を手にとって店から離れていく。
 ルレーヴの方もアルバイトをしながら静かな研究室ができたことに思わず顔がほころんでしまう。 

 去っていく老婆を見送り、少女が満足げに精霊の閉じ込めた瓶をテーブルの上に置いて、店の掃除を再開した。
 店内は老婆が経営していたこともあり、掃除の範囲は狭く埃っぽかった。
 古本屋に似た狭さと空気感に少女は顔をしかめる。
 

さすがに換気くらいしないと窒素しそうだわ……それっ

 ルレーヴが右手の指を立てて空中に印を描くと天井にある採光用の天窓が開いて強い風が入ってくる。

 閉塞していた空間に風が勢いよく入りこみ、テーブルにおいていた瓶が転がり落ちて割れた。
 

 割れた瓶から精霊が飛び出してくる。

 精霊たちは瓶の外の開放的な空間を飛び回り始める。
 棚に置かれた瓶達がカタカタ揺れて、落ちそうになる。
 

全てに瓶が割れて出てきたら、バイト代どころじゃないわ!
そんなこと、させない……えいっ!

 先ほどとは違い、呪文を一、二言紡ぎ両手で印を結んでルレーヴは魔法陣を店内の床に発生させて、精霊たちの動きを封じた。
 魔法陣の中央には黒い穴がぽっかりと浮かび、そこへ封じ込めた精霊達が吸い込まれていく。

どこに繋がったかわからないけれど、学費のためやるしかないわ

 ルレーヴが唱えたのは空間連結魔法。
 この場所とは違う場所へ道をつなぎ、魔法や怪物を放り出すための魔法だった。
 しかし、今回は急ぎでやったためどこにつながっているかはルレーヴにも見当がつかない。
 逡巡していると、黒い穴が徐々に小さくなっていき魔法が収束しているようだ。

ええい、なんとかなるわ。私は成績優秀な上位魔法使い、ルレーヴ・ベルフリックよ!

 半ばヤケに叫ぶと精霊たちを追いかけてルレーヴは黒い穴へと飛び込むのだった。

〜出会い〜

 都内某所8月1日。
 学校の出校日を終え、ゲームセンターで遊んだ帰り道をボクらは歩いていた。

夏休みも後一ヶ月だな

そーくんは宿題終わってないでしょ?

子供じみた呼び方はやめてよ、律。終わってないのは事実だけどさ

うかうかしていると一ヶ月なんてあっという間だ。高校を卒業して大学にトントンと進んでいく。時間は残酷だぞ?

 幼なじみの律子に幼稚園の頃から変わらないアダ名で呼ばれて辟易しているボクこと落城草司に同じく腐れ縁の義純が容赦の無い追い打ちをかけた。

勉強でわからないところがあったら教えてあげるからね

 ボクらよりも、頭一つぶんくらい小さい律子が微笑を浮かべて草司を見上げる。
 なお、成績はボクよりも2ランクほど律子の方が上だ。
 

勉強もわかんないけど、人生もわかんないよ

律子はクラス委員もしていて成績優秀。さらにはこの小動物のようなキャラクターは誰にでも好かれる。
 進路はペットショップ店員とかになりたいらしいと聞いた。
 容易に想像できる姿ににやけもするが、当のボクは何も決めていない。
 高校も、その先も、何がしたいのかも。

じゃあ、ここで解散だな

そうだね。まただね

うん……

 通学路でもある三叉路でボクは別れた。
 義純は父親の会社を次ぐという道、律子はペットショップの店員という道。
 ボクはただ家に帰るだけの道。
 さっきの話を振り返ると、この三叉路がそんな風に見えてきた。

 トボトボと俯きながら家路につき、ボクは住んでいるマンションを見上げた。
 悪くないマンションではあるものの、たくさんの同じ部屋が並んでいる姿は無個性で無機質な感じにみえる。

ダメだな……なんかマイナスのことしか考えられないや

 ふぅとため息をついていると、ボクの住んでいる部屋の隣の部屋がポワァと淡い光を放った。
 先月くらいから誰も居ないはずの部屋だ。

あれ、誰か引っ越してきたのかな?

 気がついた草司は階段を上って、扉へと近づく。
 挨拶くらいしようと近づくとドタバタと喧嘩でもしているような音が外まで聞こえてくる。

いきなり喧嘩? 騒々しいのはいやだなぁ……

 やっぱり、今日は挨拶をやめようと扉の前を横切った瞬間、バタンと扉が開き、赤、青、緑、茶色、
白、黒の光が部屋の外へと飛び出して空へと消えていく。
 あっけにとられるまもなく、柔らかいものに押し倒される。
 後頭部をぶつけて痛かったけど、胸に当たる二つの柔らかさと温もりに意識が向く。
 さらには唇に当たるのはぷるんとしたゼリーみたいなもの。
 一瞬のことで閉じていた目をあけると、そこにはファンタジーRPGの魔法使いのような格好をした女の子がいた。
 唇同士がぶつかっていて、キスしていることに気がつくまで数秒かかる。

ぷはっ、ああっ!?

 高い声を発して女性が後ろにとびすさる。
 短いスカートから下着が見えそうで見えない……なんてことをボクは一瞬か考えてしまった。

ファーストキスしちゃった

 下着のことが先に来たが、それよりも唇に残る柔らかさが再びボクの意識を戻す。

見るからにダメそうなのとリンケージしたみたいね。言語が通じるようになったのはありがたいけど

 いきなり冷たい一言が飛び出すが、今まで見たことない綺麗な人であったためか、ボクは何も言えずにそのまま尻もちをついたままだ。

ちょっと、騒々しいけどどうしたの?

 ボクの母がドアをあけて顔を覗かせると、綺麗なお姉さんはよくわからない言葉を呟き、指を鳴らす。

まぁまぁ、夢ちゃんじゃないの。久しぶりよねぇ。そんなところに突っ立っていないで上がっていきなさいよ

お久しぶりですね。おばさま、それじゃあお邪魔します

 気づけば派手な服装からT シャツにズボン姿になっていたお姉さんがボクの家に母に案内されてあがっていく。
 母の態度は親戚のお姉さんが久しぶりに来たといった風で、ボクは目の前で起きたことが整理できない。

ちょっと貴方、後で話があるから今は合わせなさいよ

は、はい……

 遅れて立ち上がったボクはお姉さんに言われるがまま家に入った。

で、どういうことなのか少し説明して欲しいんですが!?

 あれから何事もなく家族とご飯を一緒に食べ、しばらくお世話になりますとお姉さんは両親にいってあっさりと承諾された。
 遠い親戚のお姉さんで、子供の頃よく遊んだじゃないかと父親に言われたけれど、ボクにそんな甘酸っぱい思い出はない。

改めてて自己紹介するわね。ストレーガ魔法学院高等部2年のルレーヴ·フィルクロリック。魔法使いよ

あ、どうも。落城草司です

 部屋で一つしかないベッドの上に座り、スラリと長い足を組んで彼女はは名乗った。
 ボクも挨拶を返したが、すんなりと魔法使いという言葉を受け入れていることに内心驚いた。
 不可思議なことが起こりすぎていたので、無理やり納得したのかもしれないけど。

さっそくだけど、貴方には私の手伝いをして欲しいの。いや、貴方はしなければならないという方が正しいかもね。
リンケージしてしまった限り貴方は私のこの世界でのアバターであるんだから

 ルレーヴと名乗ったお姉さんは要点だけを説明し、有無を言わせない様子でボクへ詰め寄ってきた。
 香水の甘い香りがする。
 律子とも近くにいるけども、こんな匂いはしていない。

まったく言っている意味がわかんないです

 そんな、緊張気味のボクの口からでたのはYESでもNOでもなく、WHYだった。

リンケージしているんだから、私の知識も共有できているはずよ。ゆっくり思い出すようにしてご覧なさい

 思い出せと言われて真っ先に浮かんだのはキスをして押し倒された柔らかい……。

余計なことはいいから、もっと深い意識よ

 ルレーヴに突っ込まれて、ボクは意識を変えた。
 なんで思考を読まれたのかわからないが、とにかくいわれるがままにやってみよう。

もっと、深い意識……

 目を閉じて深呼吸をしてみると、色々な知識がネットの動画検索をしたかのように脳内で再生される。
 お姉さんがどうしてこの世界にくることになったのか、リンケージのことなどざっと確認できたところで、ボクは目をあけた。
 とんでもない事実が判明して、興奮とは別のドキドキが胸を苦しめはじめる。

ええっと、僕とお姉さんは一心同体で、それを解除するにはボクが死ぬか、お姉さんが帰るしかないないと!?

正解よ。やればできるじゃない

 頭を優しく撫でてくれるのははずかしいけど嬉しい。
 と、ボクは流されそうになった。

私が帰るのはただ一つ。逃げ出した6体の精霊を回収することよ

どこにいるかもわからないのを?

そうよ、一ヶ月で。こちらも丁度長期休校なんでしょう?いいじゃない

無理です

 即答はあまりしないボクはこの時ばかりは思い切って否定した。
 成績も悪いし、運動だってさほどできないボクがよくわからないことに協力する理由がない。

どんなに無理でもやってもらうしかないの。
まぁ、貴方が何もしないならしないでもいいけど私が活動する範囲をついてきて貰うくらいは確実にやってもらうわよ。

貴方の命は私が握っているんだからね。

 そうだ、ボクに拒否権はない。
 ボクの命はルレーヴの手の中にあるのだから……。

続く!

プロローグ

facebook twitter
pagetop