タナシア

勝負事、って何よそれ

フィニー

互いの意見が合わないときは何かゲームをして決める、というのは人間界ではよくあることですよ

小さなことならそれでもおかしくはないが、一人の人間を檻から解放するか、というのを本人同士の簡単な争いで解決していいものか。

竜也の思いは全く気付いてもらえないまま眼前ではタナシアとフィニーの言い争いが続いている。二人とも特に疑問には思っていないらしい。ここでは常識なんて無意味だな、と竜也は不思議と冷めない紅茶を啜り、二人の騒ぎが収束するのを待った。

タナシア

わかったわよ。やればいいんでしょ

フィニー

そうですよ。勝てばいいんですから

タナシア

あんなのちょっと相手にするだけなんだから楽勝よね

完全にうまく丸め込まれている。フィニーは自分が裁判官に向いていないからタナシアが代わっていると言っていたが、こうして見るとタナシアもあまり冷静な判断は出来なさそうだ。

タナシア

それで、何で勝負するのよ?

竜也

頼むから俺にも勝ち目くらいは用意してくれよ

見かけは幼い少女だが、タナシアが死神であるということは知っている。そして今座っているこのテーブルセットをフィニーが軽々と抱えてきていたことを竜也ははっきりと覚えていた。頭はちょっと隙がありそうだから知的遊戯の方がいくらか楽かもしれない。

フィニー

それはもう決まっています。ここに机があって、二人が向かい合っている。その状況で簡単に決まる勝負事といえば、さぁ何でしょう?

竜也に手を向けてフィニーが問いかけるが、竜也にはまったく見当が付かない。首を傾げる竜也にフィニーは勝算ありげに微笑むと、タナシアに向き直ってその種目を発表した。

フィニー

それはずばり、腕相撲ですっ!

竜也

はぁ?

溜息のような疑問が口から漏れた。確かに道具も要らず勝負は一瞬。この場にはふさわしいかもしれないけれど、腕相撲で勝てるような気が竜也にはしない。人間同士で戦っても人類で下から数えた方がかなり早いであろう竜也が人外相手にどこまで通用するかなど考えたところでいい結果は浮かんでこない。

フィニー

まぁまぁ、やってみましょう

フィニーに促されて半信半疑のまま竜也は真っ白なテーブルに肘をついた。カップも皿も綺麗に片付けられて、こぼれたクッキーの欠片もカップから落ちた水滴も残らず拭き取られている。

少しテーブルの背は高いかもしれないが、そんな小さなことは問題ではない。これからタナシアがこの手を握る。そのことで竜也の頭はいっぱいだ。たとえ傍若無人で想像していたのとはかけ離れて口が悪くとも、タナシアは竜也にとって理想の容姿を持つ少女であることに変わりはない。その相手がこれから自分の手を強く握るのだ。肉体があれば体中の血がカーレースのように駆け巡るに違いない。

しかし、タナシアは竜也の姿を見つめたまま不思議そうに首をかしげている。

タナシア

何やってるの?

竜也

何、って腕相撲で勝負するんだろ?

そう言ってみてもタナシアはやはり首をかしげたまま臨戦態勢の竜也を馬鹿にしたような瞳で見つめている。

話の流れに沿っているはずの竜也の方が間違っているようで、どこか居心地が悪い。

フィニー

ほら、タナちゃん。早くしてください

フィニーが急かすように軽く肩を叩いた。

タナシア

早く、ってどうすればいいの?

フィニー

あんな感じでテーブルに肘をついて、竜也さん手を握ってください

タナシア

は!? 手を? 私が? コイツの?

焦ったようにタナシアはフィニーと竜也を交互に見比べる。そんなことをしてもフィニーは堪えきれない笑いを口の端から漏らしているだけだし、タナシアが腕相撲を知らないと理解した竜也もどうしていいかわからないまま一人腕相撲の姿勢のまま動かない。

フィニー

ほらほら、早くしてください

竜也

勝負は一回でいいんだよな? さっさとやろうぜ

両脇から急かされて、タナシアもこの状況を断る術が思いつかないようだった。諦めたように短く目を閉じると、身の丈には少し大きな椅子に浅く座りなおす。

震える手で竜也の手を握る。真っ赤な顔で繋がれた右手を食い入るように見つめている。そんな表情をされて、竜也も同じように顔をほのかに赤く染めた。

これから行われるただの遊びのような腕相撲で大きく生活が変わるというのに竜也もタナシアもまったく集中できそうもない。

フィニー

それじゃ、始めますよー

熱くなった二人の手にフィニーの手が重ねられる。

タナシア

え、ちょっとこれどうするのよ?

フィニー

合図があったら相手の手をテーブルにつけさせるだけですよー

適当で至極簡単な説明。それもタナシアの耳には半分も入っていない。

フィニー

れでぃー、ごー!

困惑したタナシアを完全に無視して、フィニーが開始の合図と同時に手を離す。呆然としたままで力の入っていないタナシアの腕がぱたりとテーブルに落ちた。

タナシア

何々、今ので終わり?

竜也

とりあえず、俺の勝ちだな

だまし討ちをしたようでなんとなく気分が悪い。かといってもう一度となれば勝ち目があるはずもなく、竜也は控えめな勝利宣言と同時に押し黙った。

タナシア

ちょっと待って! 今のなし!

フィニー

そんなこと言ってもダメですよー

タナシア

そんなこと、って明らかに私のこと騙したじゃない。ずるいわよ!

テーブルを拳でガンガンと叩きながらタナシアはフィニーを睨みつける。それを横目で軽々とあしらいながら、フィニーはカップを片付けて早くも帰る準備に取り掛かっている。傍から見ればお姉さんに妹がなにやら文句を言っている。そんな風に見えた。確かに幼馴染だと言う言葉には嘘はない。

フィニー

それじゃあ、もう一戦やりますか?

タナシア

も、もちろんよ!

フィニー

本当に?

含みのある言葉でフィニーは続ける。

フィニー

もう一度竜也さんの手をぎゅっと握りますか?

可愛らしい微笑みと言葉なのに、どこか空恐ろしいものを感じる。タナシアはさっきの一瞬の勝負を思い出してまだ赤みがかっていた頬をさらに赤くする。それに釣られて熱を帯びていくようで竜也は二人から顔を背けた。

フィーユ

あぁ、もうわかったわよ。私の負けでいいわよ

フィニー

そうですよねー。タナちゃんの負けですよね

完全に敗北を認めたらしいタナシアは未だに納得がいかなさそうな顔で眉間に皺を寄せたまま立ち上がる。

フィーユ

この借りはいつか返すから覚悟しておきなさいよ

竜也

俺のせいじゃねぇんだが

恨むならタナシアの隣でニコニコと微笑んだままのフィニーに言ってほしい。こうして話していれば本音をこぼしても少し睨まれるくらいで済むとはいえ、自分の首に鎌を突きつけられている身としてはちょっとした苛立ちすら恐怖を覚える。

竜也の引き攣った顔を睨みつけたままタナシアが立ち上がる。怒りをぶつけるようにテーブルを平手で二度叩き、踵で石畳を打ちつけ高い音を鳴らす。煌く金色の髪が急な振り返りに追いつけずタナシアの細い体にまとわりついた。

竜也

おい、約束は?

怒ったまま立ち去ろうとしたタナシアを呼び止める。

フィーユ

わかってるわよ。この魔法陣特別製だから解除に時間がかかるの。明日までには消しとくから感謝しなさい。あと、何かやらかしたら即首はねるから覚悟しときなさいよ

フィニー

あ、タナちゃん。待ってー

捨て台詞を残して去っていくタナシアの後をフィニーが小走りで追いかける。取り残された竜也は二人の背を追うようにゆっくりと立ち上がった。まだ手にはタナシアの手の温かさが残っている。本当に人間のようだった。実は自分は死んでなどいなくてどこかの秘密の施設に連れ去られて何かの実験の被験者になっているじゃないか。そんな妄想が頭の中で巡り始める。

ゆっくりと魔法陣の端まで歩き、そっと左手を前に出してみる。

やはり昨日と変わらず何もないはずの空間に進行を阻む何かがある。

竜也

明日、ね

本当にこれが明日にはきれいさっぱり無くなっているのか。それもにわかには信じがたい。むしろここに来てから簡単に信じられることなど一つもない。ただ半分くらいは竜也にとって願っていたことだったというだけだ。

竜也

なんか、疲れたな

天蓋付きのベッドに倒れこむ。瞳を閉じるとタナシアの赤くなった顔が浮かんできて、竜也は思わず顔を覆った。

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