第 5話 コケシ塚


伊藤力丸の話。

 午後になったので宝来雅史は月野姫星の二人は、山形誠を迎えに霧湧村役場に行った。誠は役場の入り口で二人が来るのを待っていた。
「どうも、すいません。 伊藤さんとお会いできなかったそうですね?」
 誠は車の助手席に座りながら言った。姫星は入れ替わりに後部座席に移ったのだ。
「はい、午後には戻るとの事でした」
伊藤家の隣人から聞いた話を誠に話した。誠は”年寄は朝が早いですから”と笑いながら相づちをうっている。
「それじゃ、伊藤さんの家に寄ってから、神社・毛劉寺の順に回って行きましょうか?」
 誠は今日中にすべてを回るつもりだったのだ。
「はい、でも神社に行く前にコケシ塚に行って見たいです」
 雅史は実際にコケシ塚を見てみたくなったのだ。
「コケシ塚…… 良くご存知ですね?!」
 誠はびっくりしたように雅史を見た。
「ええ、ショッピングセンターで聞いたんですよ」
 ショッピングセンターで聞いた噂話に出て来たのだと説明して置いた。
「でも、月野さんはコケシ塚にはお寄りになってませんよ?」
 誠は怪訝な顔をしているが立ち寄るのは嫌がっている素振りは無さそうだ。
「伊藤さんに霧湧神社の由来と、コケシ塚の関係を聞いて、それからコケシ塚に回りたいんですよ」
 そんな会話を交わしながら三人は、村の長老である伊藤力丸宅に話を聞きに向かった。


 三人が尋ねると長老は玄関先を掃除していた。誠の話では連れ合いは五年前に他界していて、今は独り暮らしなのだそうだ。
「初めまして、宝来雅史と申します」
 雅史が最初に挨拶して頭を下げると、姫星も一緒に頭を下げた。
「ああ、今朝方に来てくれたそうだね。 二度手間かけさせて済まないのぉ」
 姫星が着ている黒のゴスロリ服にビックリしたようだが、直ぐに何もなかったかのように話し始める。好々爺とした力丸爺さんは、家の縁側に招いてくれた。縁側には茶器とお茶請けがあり、待っていてくれたようだ。
「コケシ塚の事を教えて頂きたいのですが……」
 雅史は単刀直入にコケシ塚の事を尋ねる事にした。
「人が人になるためには、人の理(ことわり)が正しくに働くことが重要じゃ。 ところが、中にはそうなることが出来なかった者も生まれて来る」
 力丸爺さんはゆっくりとした調子でしゃっべている。
「遺伝子異常…… 障害を持って生を受けた子供たちの事ですかね?」
 雅史は人の理と聞いて遺伝子を思い浮かべた。雅史の話を聞いて老人は頷いた。
「駄目だった人はどうなっちゃったの?」
 力丸爺さんの話しを聞いていた姫星は、人になることが出来なかった者がどうなったのか聞いた。
「人となる事が出来なかった者の多くは、この世に留まることが出来なかったが、稀に長く留まる事が出来た者もおる。 神と話が出来る者として皆に崇めれとった」
「そうする事で子殺しの罪悪感から逃れようとしてたんですかね……」
 いつの時代であろうと親が我が子に手を掛けるのは嫌な物だ。


「わしが子供の時分に聞いた話じゃ……」
 力丸爺さんはコケシ塚が出来た切っ掛けの話を始めた。


 山間にある集落に昔から伝わる伝承に、夜の山道で声をかけられても、決して返事をしては『イケナイ』、振り向いても『イケナイ』とある。夜中に山道を歩き回るのは物の怪ぐらいだからだ。そして、返事を返すと魂を抜かれるてしまうとも伝えられていた。現代のように日本の隅々まで街灯で照らされていたり、明るい懐中電灯なども無い、真の暗闇が支配していた時代だ。仕方が無いのかもしれない。

 そういう怖い話を小さい時分から聞かされていた吾平という村人。
 ある時、隣村の庄屋まで使いを頼まれて行ってきた。使いの労いにと、隣村の庄屋の家で御馳走になった吾平は夜遅くに山道を越える事になってしまった。体格は良いが小心者の吾平は、隣村の庄屋から借りた提灯一つで、トボトボビクビク歩いていた。手に持った提灯では灯りが足りず、足先が闇の中に消えているような感覚に襲われていた。

 そんな時に運悪く旅の親子が山道を彷徨ってしまった。本来なら陽が落ちる前に、旅籠等に泊まるべきなのだったのだが、連れていた幼子が熱を出してしまい、目指していた旅籠がある宿場町に辿り着けなかったらしい。
 自分の手ですら見えない闇の中で母親は困り果てていた。そんな時に暗闇の中を動く灯りを見つけた。心細かった母親は天の助けとばかりに灯りの元に駆け付け、提灯を灯して歩いていた村人の吾平に語りかけた。
「…… あの…… もし……」
 母親はごく普通に声をかけただけだった。
「ひ、ひぃ~~~~」
 突然の呼びかけに動揺した吾平は思わず手にした鎌を振り回してしまった。吾平は隣村からの帰りだったのだ。何時間も暗闇の道を歩いて来た吾平はすっかり怯えていたのだ。目を瞑ったまま滅茶苦茶に振り回した鎌は、運悪く母親の首に当たり、そのまま切り落として殺めてしまったそうだ。
「……!」
 吾平は旅の母親を切り殺した事で冷静になってしまった。そして、改めて人間を殺してしまった事実に吾平は恐ろしくなり、そのまま村に逃げ帰ってしまった。


 吾平は家に帰っても、その事は誰にも伝えるつもりは無かった。しかし、小心者の吾平は連日のように、何かを探す首の無い母親の悪夢にうなされた。すっかり参ってしまった吾平は、あっさり庄屋に白状したのだった。
「事故と言えば事故なのだ。 しかし、亡骸をそのままにしておくのは良く無い。 丁寧に弔ってやりなさい」
 話を黙って聞いていた庄屋はそう静かに諭した。
 そう言われて吾平は村の若い衆と現場に出かけて行く。母親の死体は割とすぐに見つかった。しかし、見つかったのはそれだけでは無く、背中に緒ぶっていた幼子の遺体も見つけたのだ。看病する者も無く、夜の寒さに体力を奪われた幼子は死んでいたのだ。
「ああぁぁ、酷い事をしてしまったな……」
 自分の不甲斐なさを恥じた吾平は、村の若い衆と一緒に、親子の亡骸を村まで運んでやり、丁寧に弔ってやったそうだ。

 だが、それでは終わらなかった。その後、集落では数年以上に渡って、産まれて来る子供に障害児が増えたそうだ。これは旅の親子の祟りだか呪いじゃないかってことで、産まれて来た障害を持つ子供たち全部をまとめて、旅の親子の墓の隣に遺体を弔ったのが『コケシ塚』の始まりと伝えられている。
 今の時代とは違って医療技術が未発達な時代では、健常者でも長生きするのが難しかったであろう。ましてや障害児では七つの歳を数えるのも難しかったに違いない。それでも、育児を行うには手間が掛かる。だが、母親も一緒になって畑仕事をしないと作物が育たないような貧しい村だ。つまり、手間をかけても先が望めない子供が、どういう扱いをされたかは想像に難くない。


 ここまで話して力丸爺さんはお茶を啜った。
「…… コケシって子供を消すって意味なんですね」
 長老の話を黙って聞いていた姫星はポツリと漏らした。”コケシ塚”は”子消し塚”なのだと姫星は思ったのだ。
”人は生きる為なら、ここまで醜くなれるんだね……”
 口にこそ出さないが、姫星の素直な気持ちだった。


「私の婚約者…… こちらの娘さんのお姉さんなんですが、こちらの村を来訪した後に、行方不明になっているんです」
 雅史は姫星の方を手で示した。姫星はペコリと頭を下げる。
「ちょっと所要が有って隣町のショッピングセンターに行って来たんですが、そこで知り合った少年たちから、コケシ塚にまつわる話を話を聞きました」
 力丸爺さんはピクリと反応をした。
「昔、行方不明者が出た時に、コケシ塚の石蓋を開けて、行方不明だった少年を見つけたとも聞いております」
 力丸爺さんは雅史を見つめたまま無言だった。何だか雅史は値踏みされている気分になって来た。
「コケシ塚の石蓋を開ける事は出来ませんかね?」
 雅史は石蓋を開けてくれるように頼み込んだ。誰かの所有物という訳では無いが、勝手に開けるのは気が引けるものだ。

「中には誰もおらんよ」
 力丸爺さんはにべも無く答えた。
「え? なぜ、居ないと判るんですか?」
 雅史は即答されて戸惑ってしまっている。
「中に何かがあると観印(みしるし)が石蓋に現れるんじゃよ」
 老人は戸惑っている雅史に説明した。それは、石蓋に石が載っているのだそうだ。載せ方に独特の癖があるのだが、代々の長老以外には教えない決まりなのだそうだ。そうしないと悪戯する馬鹿者が必ず現れるからだそうだ。
「それで、今回は出ていないと……」
 雅史が尋ねると老人は頷いてみせた。雅史は落胆の色を濃くしてがっくりとうなだれてしまった。
「今朝方、掃除の時に確かめてみたが、観印は出てはおらんかったんじゃ……」
 力丸爺さんはそう言って黙り込んでしまった。そんな力丸爺さんの様子を姫星はじっと見ていた。


「でも、見るだけなら何とも無い、気になさるのなら一緒に行きましょうか……」
 力丸爺さんは縁側を立ち上がり三人を手招きした。コケシ塚は力丸爺さんの家から十五分程歩いた場所にある。一行は車では無く歩いて移動する事にした。
 到着したコケシ塚は十メートル四方くらいの空き地にポツンという感じで立っていた。塚自体は大きな一枚岩だが、塚の手前に簡単な柵で囲ってある場所が有り、そこに石蓋があった。肝心の石室は蓋が邪魔で見えない。コケシ塚の周りには特に何も無く、お堂とか祠とかも無かった。だが、綺麗に掃除はされており大事にされているのが伺える。
「ちょっと失礼……」
 力丸爺さんは、そういうと何歩か下がり、つま先立ちして手をかざして石蓋を見ている。しばらくしてから静かに頭を振った。
「やはり、ありませんのぉ」
 済まなそうに雅史に告げた。雅史は同じように真似をして見たが何も見えない。
「見方にはコツがいるんじゃ、すまないが長老以外には教えられないんじゃよ」
 雅史は村の決まりなら仕方が無いかと落胆した。
「観印というのは具体的にどんな風なんですか?」
 雅史が尋ねた。
「石で出来た仏像じゃよ。 石蓋を上げると消えてしまう、なんとも不思議な石なのじゃ」
 力丸爺さんは手で形を作って見せた。姫星は黙って二人の会話を聞いていた。
”大きさは十五センチぐらいだろうか…… だるまのようだな” と、雅史は思った。
「前に観印が現れたのはいつなんですか?」
 唐突に姫星が力丸爺さんに尋ねる。
「そうさなあ、先々代の長老の頃だと聞いておるんじゃがな……」
石室の中に何かが入れられると観印が現れる。石蓋の上に光線の加減で見える仏像らしき影がそれなのだそうだ。そして、見るためには一定の角度と距離が必要だ。姫星は力丸爺さんの動作で推測した。


 ふと、誰かに見られている気がした。
”誰っ?!” 
 姫星は咄嗟に振り向いた。しかし、そこには森が広がっており、鬱蒼と茂る木々に邪魔をされて、誰かを見つける事は敵わなかった。

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