魔王退治はおろか体を動かす機会も減っていた勇者。いくらなんでもいきなり魔王退治をできるとは思えない。そこで勇者は家を出ることにした。
魔王退治はおろか体を動かす機会も減っていた勇者。いくらなんでもいきなり魔王退治をできるとは思えない。そこで勇者は家を出ることにした。
リハビリとはいえこれでも勇者。久しぶりの野宿もきっと何とかなるさ。……なるよね?
この世界の生き物は殆どが役所で管理されている。数が多く戦力の弱い雑魚モンスターを除けば、どのモンスターも一度は役所に書類を提出している。
希望や実績を考慮して、モンスターはそれぞれの役職に就くことができる。魔王クラスのモンスターになると条件は非常に厳しく、倍率もかなり高い。
魔王の血を継いだモンスターは素質を評価されるため、魔王になりやすい。逆に魔王の血を継いでいない場合は相当の実績を求められるせいで不可能に近い。
勇者や騎士といった役職も同じであり、もっとも難しいと言われているのが勇者である。それでも魔王に比べれば実現しやすく、数もそれなりに居た。
しかし魔王が居ない世界では大した価値もなく……かつての勇者は職を変えてしまい、苦労してまで仕事の無い勇者を目指す若者は居なくなってしまった。
話し相手を連れてくるべきだったかな
でも元魔王しか頼りにならないな
――魔王。
人類と敵対する種族の長として選ばれる魔王は、魔王になってからの審査もかなり厳しい。過去には宝箱を置きすぎた魔王が資格を失ったこともある。
敵であるはずの魔王を管理するのにも理由がある。それは、魔王を魔王らしくして権力を維持し、雑魚モンスターが町を襲わないようにするためである。
人類はモンスターを不必要に退治せず、モンスターは無害な人類を襲わないように気を付けることでお互いの生活をある程度は保障しあっているのである。
……この辺はモンスターが居ないのか?
いや、でもこの辺に居なかったらもうちょっと歩かないと狩猟許可区が無いんだよなあ。できれば町の近くで鍛えたいんだけど……
今の音は……まさか
スライムか!
落ち着けよ俺……戦闘が久しぶりでも相手はスライムだ。相手を舐めない限り負けない
食らえ!
スライムに一直線で向かった勇者は、武器屋で買ったばかりの剣を全力で振り下ろした。
やったか!
セール品だった勇者のへんてこな剣はスライムを切り裂いた。しかし分裂したスライムの体はものの数秒で元通りの姿になってしまっていた。
まさか……効いてないのか?
やっぱりもうちょっと高い剣にした方がよかったか……
勇者が武器屋で買った剣は日本円だと50円。武器屋開店時からずっと売れ残っていた錆だらけの剣だ。
仕方ない。伝説の剣で相手してやろう
そう言って勇者は手にしていた剣を地面に置き、腰にある鞘から勢いよく剣を抜いた。柄を握ったまま刃先はスライムの遥か後方へと飛んでいた。
……手入れ忘れてた
慌ててへんてこな剣を拾ってスライムを睨み付けるが、勇者は困惑していた。いくら相手がスライムであろうと素手だと酷い場合は大怪我にもなりえる。
錆だらけの剣で無理して戦うか、それとも逃げるか。……仮にも伝説の剣を手にした勇者。プライドが邪魔をしてそう簡単には逃げられない。
勇者が悩んでいる間もスライムは徐々に距離を詰めてくる。勇者とスライムの距離も残り僅かとなったところで、勇者はへんてこな剣を握り直した。
分かる。分かるぞこの展開……。きっとこの剣が選ばれし勇者にしか使えない剣で、俺がその選ばれし勇者なんだよなあっ!
弾けろおおおッ!
むっ。この炭酸は勢いが強いな。勇者め……自分が飲めないからこれをくれたんだな
まあいい。あいつから物を貰うなど初めてだ。今日はこの国家コーラを頂こう
しかしあいつ、今頃何をしてるんだろうか
まずい……死ぬかも
へんてこな剣は見事にスライムを一刀両断した。ところが分裂したスライムは意思を持ったまま2匹がかりで勇者を襲っていた。
スライムは勇者の体に密着し、全身を強く締め付けた。勇者の体はみしみしと骨を軋ませて口からは泡の混じった血液が垂れ落ちていた。
こうなるって分かってたら……騎士にあんな幼稚な悪戯なんてしなかったんだけどな
勇者の視界は既にぼやけ、スライムがどれだけ力を込めようと骨の軋む音は聞こえなくなっていた。
お前のこと……結構好きだったぜ
この土地で15番目……いや、20番目ぐらいに愛していた。呼びづらい名前も好きだった。どうせなら最期はお前に看取って……
その時、遠くから懐かしい音が響いた。
怒らせた時。からかった時。うっかりを装って着替えを覗いた時。いつも耳にしていた地面を駆ける音。
待ってたぜ……
...to be continued