世界が終わって何年経っただろうか。

 オオオオオ。オオオオオ。

 風が強く吹いている。

 慣れない頃は人の雄叫びのように聞こえて怖かった。

 今となっては人の声であってもらいたいと願っているのだから、不思議だ。

 いつもは空をアスファルトのような色の雲が覆っているが、久しぶりに切れ目が生じた。

 天気のいい日は崩れかけのソーラー発電所から電気をもらう。

 スマホのバッテリーは絶え絶えで、フル充電しても半日も持たない。

 でもメールを確認することならできる。

 電源が復旧すると、あの人からメールが来ていた。


こんにちは。まだ生きてますか?

生きてます。そちらはどうですか?


 僕はすぐにメールを書いて送った。

 相手もちょうど充電中だったのか、間を置かずに返事が来た。

こちらもどうにかやっています。今日は何を食べましたか?

瓦礫の裏に群生していたカタツムリです

おいしかったですか?

独特な味わいでしたが、たくさん確保できました

貴重なタンパク源ですね

まだいくつか残しています

ワガママが許されるなら、そちらに行ってご馳走になりたいです

いいですよ。いつか遊びにきてください


 現実的にそれはとても難しいことはわかっていた。

 お互いにどこに住んでいるのかわからない。

 スマホの通話機能は既に失われ、メールも短くしか入らない。

 このやりとりも、暇潰しで無作為にメールを送っていたところ、たまたま届いたのがきっかけだった。

 相手の顔も知らなければ、性別も、音楽の好みも知らない。

 ただ、存在を確認し合うだけの間柄だった。

真に受けますよ?


 少し時間が経ってから、メールが届いた。

いいですよ。僕はスカイタワーの近くで暮らしています

長さは半分くらいになってますが、まだ建っているんですよ


 返事はなかった。

 向こうの電源が切れたのかもしれない。

 ありえない話に乗っても仕方がないと思われたのか。


 そのまま一ヶ月、あの人からのメールは来なかった。


 何かしらの理由でスマホの充電ができなくなったのかもしれない。

 スマホがとうとう壊れてしまったという可能性もある。

 もしくは、本人の命が費えてしまったか。

 それでも僕は一日一日を生きていった。

 そうすることしかできなかった。

 ソーラー発電所は住居としては安定している。

 もしかしたら遠出をすればより住みやすい場所を見つけられたかもしれないが、僕はここを離れられなかった。

 いつかまたメールが来るのではないかと思わずにはいられなかったからだ。

 滅びかけているとはいえ、一周四万キロの地球の上で、一人は寂しい。

 涙を流しても、それを拭いてくれる人がいなければ、悲しさだって摩耗する。


 それから三ヶ月後。

 瓦礫で凸凹した地平線から、人の形をしたものがやってきた。

 人の形ではない。人そのものだ、と理解するのにずいぶんと時間を要した。

こんにちは。カタツムリはまだありますか?


 その一言で、メールをしていた相手だとわかった。

ごめんなさい。もう全部食べてしまいました

そうですよね

でも、ちょうど今日手に入れた食用の粘菌があります

いただけますか? 実はお腹がペコペコで

もちろんです


 僕は相手に食材を分け与えた。

 量は半分になったけれど、味は倍以上になった。

 しばらくその人は僕の住処に滞在した。

 ソーラーで充電もさせてあげた。

 その人は旅をしてきた間、電気が切れてもずっとスマホを持ち歩いていたのだった。

 何気ない会話もたくさんした。

 いや、生きている以上、何気ないことなんてなかったのだ。

 一週間後、その人は再び旅に出ると言った。

 もっと北に行ってみたいとのことだった。

 僕は猛烈に反対した。

 ここで一緒に暮らそうと説いた。

 でもその人は行かなければいけないと言った。

まだどこかに誰かがいるかもしれない。その人に会いにいきたい

僕でいいじゃないか!


 喧嘩になった。だけど会話は平行線だった。

 翌朝、目を覚ますとその人は旅立った後だった。

 最悪な別れ方をしてしまったことを、激しく後悔した。

 僕はスマホでメールを送った。

 今ならまだ向こうの電池も切れていないはずだった。

昨日はごめん。遠くから会いに来てくれて、嬉しかった


 返事は来ないかもしれないと思っていた。

 でもその人はちゃんとメールを送り返してきてくれた。

あなたが声をかけてくれたから、旅をする勇気が持てた。ありがとう。できれば、いつかまた戻ってきたい


 オオオオオ。オオオオオ。。

 風が強く吹いている。

 今度会えるのは、いつだろうか?










~おわり~  

ありがとう

facebook twitter
pagetop