17歳の、誕生日だった。

放課後、俺は部活の先輩の家に招かれた。

バースデイパーティーをしてくれるというのだ。

ユキヒト

ナツキ先輩、お邪魔します

ナツキ先輩

いらっしゃい。さあ、入って入って。遠慮はご無用。今日ばっかりは先輩、後輩の仲は忘れて無礼講でいいよ

ナツキ先輩

あ、スリッパはそっちの青い方を使ってね

ユキヒト

ありがとうございます


俺は先に一人で彼女の部屋に通された。

ユキヒト

これが、ナツキ先輩の部屋か。思っていたよりピンクだな。部活では男顔負けのプレーをするのに……

ナツキ先輩

ハッピーバースデートゥーユー♪ ラッキーバースデートゥーユー♪ ラッピーバースデイディア……


ナツキ先輩が二人分のケーキを持ってやってきた。

ユキヒト

なんですか、これ? 黒くて丸いですね

ナツキ先輩

たぬきケーキだよ。表面はチョコのコーティング、耳はアーモンド。中はバタークリームで出来てるの

ナツキ先輩

これに……こうっ!


ナツキ先輩はたぬきの頭にローソクを突き立てた。

ユキヒト

うわ、大胆ですね

ナツキ先輩

やっぱりローソクは立てないとね。なんたってユキヒトくんの一生に一度しかない17歳のバースデイなんだから

見た目はちょっとアレだったけど、

ナツキ先輩と一緒に食べるケーキは美味しかった。

ナツキ先輩

……ところでユキヒトくん。ちょっと質問してもいいかな?


ケーキを食べ終わると、

ナツキ先輩が俺との距離をググググッと詰めてきた。

ユキヒト

はい

ナツキ先輩

今日、キミは17歳になった。でも、誕生日のケーキを食べただけで、本当の17歳になったと言えるのかな?

ユキヒト

……え? さあ。どうなんでしょう

ナツキ先輩

答えはノー。17歳になるためには大人の扉を開かなきゃいけないんだよ


ナツキ先輩がどんどん顔を近づけてくる。

ナツキ先輩

よければボクが教えてあげようか?

ユキヒト

ナツキ先輩……。今日、家には誰か……?

ナツキ先輩

いないよ。この家にはボクとキミが二人だけ

ユキヒト

………………ッ!?

ナツキ先輩

どうする? 扉、開く? それとも閉じたまま放っておく?

ユキヒト

……ナ、ナツキ先輩とだったら本望です。
いえ、ナツキ先輩がいいです!

ナツキ先輩

ありがとう。それじゃあ……ちょっと向こうを向いててもらえる? 恥ずかしいから

ユキヒト

は、はい

ナツキ先輩

……………………

ユキヒト


  どっくんどっくんどっくんどっくんど! 

  バクバクバクバクバクバクバクバク!! 

ナツキ先輩

……いいよ。こっち向いても

ユキヒト

………………?


制服の襟を緩め、両肩を出しながら背を向けていた。

もちろんガン見をしてしまったわけだが……

ユキヒト

なんだ、アレ?


ナツキ先輩の首の骨のあたりでキラリと光が反射した。

よく見るとそれは……


チャック


だった。

ユキヒト

……ナツキ先輩。なんですか、それ?

ナツキ先輩

新しい扉よ。そして大人の世界の扉でもある

ユキヒト

……はあ

ナツキ先輩

混乱しているね。仕方がないよ。ボクだって17歳になった時はそうだったから

ナツキ先輩

でも大人になるためには受け入れなきゃいけないものなの。見てて


ナツキ先輩は器用に自分のチャックを下ろした。



ナツキ先輩の体が真ん中から左右に開いた。

そして中から小太りのおじさんが現れた。

いやあ、ユキヒトくん。久しぶりじゃないか。え? ボクのこと忘れたのかい? 親戚のヨシユキおじさんだよ

ユキヒト

……………………

ユキヒト

え、いや、でも、なんでヨシユキおじさんが、ナツキ先輩の中から……?

ショッキングかい? そうだろう、そうだろう。でもな、ユキヒトくん。これが世の中の現実なんだ。17歳から見えてくる大人の世界なんだ

ユキヒト

な、なにを言ってるのかわかりません

そうかい。なら、これでどうだ!


ヨシユキおじさんの首筋にもチャックがついていた。

彼もナツキ先輩と同じようにチャックを下ろした。

コーチ

おお、ユキヒト。17歳、おめでとう

ユキヒト

コーチ!?


現れたのはハンドボール部のコーチだった。

ちなみに今日も本当は部活があったのだが、

ナツキ先輩と一緒に抜けてきたのだった。

コーチ

ビクビクするな、ユキヒト。今日くらい大目に見てやるから安心しろ

コーチ

それよりどうだ? 17歳を迎えた気分は。すべてが変わって見えるだろう?

ユキヒト

……いや、っていうか、どういうことか教えてくださいよ、コーチ!

コーチ

大人の仲間入りをしたのなら、人に聞いてばかりじゃなく、自分で考えるんだ!

コーチ

……と、普段のオレなら鬼コーチぶるところだが、今日は特別だ。大人の中には親切に教えてくれる人もいるだろう。誰かに聞けばいいさ。

ユキヒト

大人の中? ……って、まさか、また?

お母さん

あーら、ユキちゃん。学校が終わったら早く帰ってきなさい。今日は大好物のチキンライスなのよ

幼馴染

おおお? ユッキーも17歳になったんだ。また歳が並んだね。大人同士としてこれからもヨロシク!

お父さん

おう、ユキヒト。大人になった感想はどうだ?ほろ苦ビター・テイストだろう?

隣の家のお兄さん

ユキヒト。大人ってのは色々あるんだよ。それでも生きていくしかないんだよ

初恋のお姉さん

誰しも子供のままではいられないのよ!


出てくるのはいずれも俺の知っている人たちだった。


――いったいどれほどの大人を見ただろうか。

ナツキ先輩

……あれ? なんか消耗してる?


気が付くと目の前には再びナツキ先輩の姿があった。

俺は息も絶え絶えに彼女に訊いた。

ユキヒト

……ナ、ナツキ先輩? わ、わからない。どういうことか、俺にはマジでわかんないですよ!

ナツキ先輩

ふうん。ずいぶんと思い詰めちゃったね

ナツキ先輩

じゃあ仕方がない。サービスでボクが少しだけ解説してあげるよ

ナツキ先輩

人間、誰しも確固たる自分を持っていると思っている。でも、本当にそうかな?

ナツキ先輩

そんなのは子供の頃の幻想であって、大人はみんな、誰かのマネをしている。皮をかぶっているんだ

ナツキ先輩

個性を捨てて誰かのように振る舞う。そうすることで生きていける。いや、そうしないと生きていけないんだよ

ナツキ先輩

17歳にもなれば、それくらいわかるよね?

ナツキ先輩

さあ、ユキヒトくん。キミもそろそろ大人の仲間入りをしようよ……


ナツキ先輩は俺にしなだれかかってきた。

首に両腕を回される……

その時、自分の首筋に何か固いものが触れた気がした。

ユキヒト

や、やめてくれ!


俺はナツキ先輩を押しのけた。


俺は一気に彼女の家から飛び出した。

ユキヒト

畜生! なんだってんだよ!


俺はとにかく走った。怖くて、とにかく足を動かした。

ユキヒト

全ッ然、わからねーよ! 意味不明だよ!


どれだけ外を走り続けただろうか。

息が切れ、ついに一歩も動けなくなった。

俺はフラフラと建物の壁に背中からもたれかかった。


――ザリッ、と首筋に何かが当たった。

ユキヒト

……こ、これは


手触りでチャックだとわかった。

ユキヒト

………………


何一つとして理解できなかった。

頭の中はぐしゃぐしゃで、

吐きそうなほど気持ちが悪かった。

ユキヒト

…………………………

ユキヒト

……………………………………

ユキヒト

……もう、何も考えたくない


俺は……


首筋に手をかけ……


ゆっくりとチャックを下ろした。

~おわり~ 

17歳のチャック・アウト

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