蜂蜜色のゆたかな髪を波打たせながら、マリアベル・ロッテンマイヤーは厳かに尋ねた。

ミーシャ、今日のおやつは何かしら


傍らに跪いた侍女が答える。

はいお嬢様。
本日はお嬢様のお好きなカタナーラをご用意致しました


その言葉にマリアベル・ロッテンマイヤーは、口の中で甘やかにほどけるカスタードにも似た甘い塊と、ぱりぱりに焦がしたカラメルソースのことを思った。

……それは確かに好きだけど、でも、もう飽きてしまったの


豪奢なロココ様式の椅子には、黄金色に輝く装飾が細やかに施されている。

その上を這う白い手指はまこと、まっこと美しい。



マリアベル・ロッテンマイヤーは自身の美貌を稀代のアンティークにも劣らぬと形容している。

丸く磨かれた薄桃色の爪は、まるで宝飾品に使われる桜貝のようだ。



マリアベル・ロッテンマイヤーはそんな自分自身を深く愛している。

――そしてそれ以外の何ものも決して愛そうとしない。

ミルケット街に美味しいケーキ屋があるのでしょう?


マリアベル・ロッテンマイヤーはそう言って退屈そうに己の爪先を眺めた。

パティシエを連れてきなさい。
うちで召し抱えてやるって言えば、喜んで着いてくるでしょう


黒いスカートに白いエプロンドレスを纏った侍女が、硝子のように虚ろな瞳でマリアベル・ロッテンマイヤーを見つめる。

――ご所望の品があれば申し伝えますが


その言葉に、マリアベル・ロッテンマイヤーはふふんと、まるで功績を褒められた武人のように得意気な顔をしてこう答えた。

今日は木苺のタルトが食べたいの。
ルイス・ルマンドの木苺はとびきり美味しいと聞くわ。
摘みに行くところからやらせなさい




マリアベル・ロッテンマイヤーの胸元にはカメオのネックレスがぶら下がっている。

――そこで微笑むのは、亡き父と、亡き母と、そして今は無き無垢なあの頃の自分。

――ルイス・ルマンドの森はいかが致しますか


侍女はそう言って頭を垂れた。

こちらを見ていないのは、彼女も返ってくる答えがわかっているからだ。

決まっているでしょう。
燃やしてしまいなさい


マリアベル・ロッテンマイヤーはそう言って、カメオの縁を飾る金色をぴんと弾く。

――昨日のパティシエの首はどうしたの?
正直あのブルーベリー・レアチーズケーキはいまいちだったのだけれど


咎めるようなマリアベル・ロッテンマイヤーの言葉に、侍女はゆっくりと頭を振った。

それが、少し暴れてしまいまして。
生憎お嬢様にお見せできる状態ではないかと


マリアベル・ロッテンマイヤーは不満そうに唇を尖らせると、陶器より白い己のデコルテに小さく爪をたてる。

あー、つまらない。つまらないわ!


碧色の瞳を冷たくひらめかせ、マリアベル・ロッテンマイヤーはドレスの裾を翻す。



細く、白く、長い足にハイヒールは不要だ。

そんなものなどなくても、彼女は全てのものを踏みつけ、踏みにじり、己の意のままにすることができる。

今日のパティシエは、美しく殺してね。
そうしたらその首を絵画におさめるの。
丁度大きめのカンバスがあるから

はい、お嬢様


こくりと頷いた侍女が、音も無く静かにその場を立ち去った。








……一面のブルーベリー畑が燃え盛るのは、もう少し絵になると思っていたのだけれど


窓辺で頬杖をつく彼女の見下ろす先では、広大な土地が轟々と音をたてて燃えている。

作業をしていた農民が、悲鳴をあげて逃げ惑っているのが見えた。

そういう時だけ、マリアベル・ロッテンマイヤーはくすりと笑う。

あーあ、退屈だわ




もう一度爪の先で弾いたカメオが、ぴしんと不快な音をたてる。

亀裂が入ったのは、父の脳天か、母の胸倉か、それとも己の心臓か。




そんなことは、マリアベル・ロッテンマイヤーにとってはどうでもよかった。

本当に、今の彼女にとって、そんなことはどうでもよかった。

『昨日食べた略奪』

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