口なしの 寂しう咲けり 水のうへ 松岡青蘿
口なしの 寂しう咲けり 水のうへ 松岡青蘿
皆にとっての初恋とはどういうものだったろうか。
甘い、苦い、楽しい、切ない、明るい、暗い
人によっては感じ方は様々だ。
まあ、他人ののろけ話は正直微塵も興味はない。
ただ一つ言えるのは、僕の初恋は
僕の初恋は、キラキラ輝いて色鮮やかで優しくて、それでいてひどく寂しいものだった。
小5の夏。
なにがきっかけだっただろうか。いつも一緒に下校する友達と小競り合いをして、ぼくだけが拗ねていつもと違う道で帰ったことがある。
わざと帰路からそれて人で賑わう商店街の中を歩いた。周りのノイズで自分のいじけた心を掻き消そうと幼いながらに考えたのだ。
そんな時だった。
ワイワイと賑わう店と店の間に、まるでそこだけ誰にも気が付かれていないような、異様な静けさを感じさせる空間があった。
花屋だ。
色とりどりの鮮やかな花と今どきのかわいらしい内装が施されているにもかかわらず、客が一人もいない。
かわいそうなお店だな。
いつもの僕ならそのまま通り過ぎていたに違いない。だけれど今日は違った。
誰にも気づかれていない店を僕だけが見つけたという気持ちの優越感からか。
喧嘩をしてすさんだ心を癒したかったからか。
はたまた、友人がいない今なら植物が好きな自分を出してしまってもいいだろうという気持ちからか。
ぼくはふらりとその店の前で立ち止まった。
色とりどりの名前もわからない花々が置いてある。
お店の中のほうを覗くとフラワーアレンジメントや花冠などの小物が壁いっぱいに飾られていて、奥に小さなテーブルとイスが2つ。
そして、そこにいたのだ。
花を眺めては、花を撫で嬉しそうに微笑んでいる店員さん。
だけれど、僕には違って見えた。
頭のおかしい人だとは思われたくないけれど、僕は本気でこう思ったんだ。
ああ、女神って本当に要るんだな。
急に胸が高鳴って
さっきまで抱えていたすさんだ心なんてなくなって
周りのノイズも全く耳に入ってこなくなっていた。
気が付いたら僕は店から出て走っていた。
何も考えられなくて、とにかく走っていた。
途中でけんかした友人とすれ違ったけど、わき目も振らず走っていた。
いつの間にか、家の近くまで来ていた。
いまだに胸が痛い。
さっきのお姉さんを思い出すと走って火照った顔がさらに熱くなるのがわかった。
なんでだろう、熱いし痛いのに辛くない。
僕はへんになってしまったのだろうか。
どうしちゃったんだろう、僕はそうつぶやきながらあの花屋に思いをはせながら自分の家までふらふらと歩いた。
これが、僕の初恋の瞬間。
これから話すのは、僕とお姉さんのキラキラ輝いた優しい寂しい物語である。