クラウンが最初の宙返りをした



彼を褒め称える拍手に誘われて、

次々と芸が繰り出される

無数の星形十二面体の灯りの下の

その光を少しだけ跳ね返してぼんやりと浮かび上がる月の上で


跳ねる 跳ねる 宙返り!


彼らは夜空の輝きを象った幾何学の間を自在に飛び回る

ビスクの肌に球体間接の手足

透き通る翡翠色のグラスアイ

少年はかつて人形だった

いつしか彼に意識が宿り
自分も月面のショーに出たいと思った

体温の無い少年は

その涙の出ない瞳にテントの宇宙を焼き付けた

夜の静けさを織り込んだ紺色と

遠い星々の小さな瞬きを集めた金色

それらを交互に紡いだ縦縞のサーカステント

その舞台裏の今はほとんど使われていない道具部屋が
少年のお気に入りだった。


レンニの役割は始まりのファンファーレを吹く事。

今日も夕暮れの少し冷たい空気で肺を満たしては、
順に音へと換えてゆく。

磨き上げた銀色のトランペットは
少しばかり物悲しい声で歌うが、

団長は気にした様子も無く、陽気な大股で駆けてった。



ショーの始まりだ


レンニはクラウンたちが集める拍手と驚嘆の声を背に
舞台裏へと戻った。

以前は、少しでも曲芸を目に焼き付けようと、
ショーを見ていたが、

トランポリンの練習で足を踏み外して、

彼の球体の膝に小さな罅が入ってから

団長は彼がクラウンになる事を許してくれなくなった

私たちの傷は治るが、レンニ、君のはそうじゃないんだ。

・・・。

だけど傷は本当に小さいし

次はきっと猫の様にしなやかに体を使って

宙返りできる


その言葉を飲み込んで、

代わりに頼んでみた

では、楽団に入れてください。僕はトランペットが吹けるんです。

団長は少し驚いた顔をしたが、

ほとんど思案せずに答えた

だめだ。ねまきの奴らに君を壊されかねん!
あいつらの騒ぎに巻き込まれたらひとたまりもないぞ!

それに君があの騒がしい3人組に溶け込めるとは思えん。


サーカスの音楽を担当するのは、
楽団ねまき の3人組だった

彼らは、深夜にベッドからベッドへ跳ね回り、

頭上では枕が飛び交い、

部屋中に羽毛をまき散らす騒がしい

深夜の眠れない子供たちの様なステップを

各々がデタラメに踏んでは、

もつれ合って転ぶのだ。

そうして賑やかの調べを作り出していた。

でも、彼らが眠った後なら・・・

レンニは少し食い下がった


ねまきの演奏は遊び疲れた子供の様に、

次第に憶測ない旋律になり、

やがて誰からともなく眠ってしまうのだ。

音楽が無くなってしまう。

その時なら、

そう思ったが



団長は静かに首を振った。

レンニ、はじまりのファンファーレはどうだ?これなら安心だし、それにソロだ!

・・・ありがとうございます。


団長はは小さな傷が

いつか確かな亀裂となるのを恐れていた。

レンニは頷くしかなかった。

それから彼は多くの時間をここで過ごした。

道具部屋は
誰の物か分からない物、古い物、忘れ物、
壊れた小道具で溢れている

片足だけのブーツを磨いたり、

鹿の骨の頭部の壁掛けにガーランドを巻いたりして

過ぎる時間が、レンニは好きだった。



これはこれで楽しい日々だと思った。


それでも今日の幕を下ろして、
舞台裏へと帰ってきたクラウン達が口々に
演技や、お客の噂話をする所なんかを見ていると

毎晩ショーの夢を見るのだった。

はじまりのファンファーレを

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