...hmm...

...No!
Dad,no!

No!

はあ、はあ…

夢…?

ここは…
日本… おばーちゃんの家…

おとーさん

ナル、憶えておいてくれ
お前は俺と母さんの宝物だ

おとーさん

……
本来なら、異種間で生まれる可能性の低い混血のお前がこの世に生を受けた…

おとーさん

それが神の恵みなのか、
異種間で愛し合った俺たちへの罰なのか、
それは俺にはわからない

おとーさん

だがそれでも俺にとって、
お前は神の恵みだと信じている

たとえ何があろうとも
お前を守る…

おとーさん…

伝説上の獣人、特に人狼について
伝説の成り立ちや伝説の伝わり方、
その背景についての本を書くために
各地で資料を集めていたおかーさんが、人狼のおとーさんと出会ったのは
Californiaの片田舎でした

犬上は犬神にも通じているのではないかというのが
おかーさんの人狼伝説への興味の元だったのです

おとーさんは人狼である正体を隠すため、地方の林業で生計を立てていました
おかーさんはその地方の人狼伝説に興味を持って立ち寄ったのだそうです

人狼であるおとーさんは最初はおかーさんを遠ざけようとしていました
でも…
幾度か会って話をするうちに
遠い見知らぬ国日本のことや
おかーさん自身に親しみを感じ、
心惹かれていったそうです

おかーさんはおとーさんに神秘的なものを感じたとか…

お互いに心が惹かれ、離れがたく思うまでに時間はかからなかったそうです

おとーさんは自分が人狼であることを打ち明けるのをとてもためらいました…

でもおかーさんは伝説の存在を疑って
笑ったり、馬鹿にする人ではなかったので、思い切って打ち明けたそうです

打ち明けて、お互いにより深く理解しあい、二人は結婚を決意したのです

結婚の前に、どうしてもおばーちゃんに挨拶したい、おとーさんは決心して日本に来たそうです

おばーちゃんはおとーさんが人狼であることは知りません
話せば認めてもらえるかどうか
わからなかったからです…

…そんなこと、信じてもらえるかどうかもわからなかったでしょうし…

二人は人目の多い日本を離れて
Californiaの片田舎で暮らし始めました

人狼と人間の間に子供が生まれることはとても稀なのだそうです
だからボクを授かったとき、
二人はとても喜んだのでした

でも混血は稀な上、
人狼の特性も血の濃さや地域性、食性にも左右されるらしく、育児は大変だったようです

人狼なのでおとーさんは満月の夜に狼になります
変身は月の光が強まる夜半なので
それまでに家の地下室に入って
鎖をかけます

そうしないと人を襲ってしまう恐れがあったからです

ほとんどの人狼は狼化している間は
まさに「飢えたケダモノ」状態になってしまうのです

夜明けには狼化が解けますが、
その頃には狼化していた間のことは
憶えていません

おとーさんの生まれて初めての狼化は
12歳の頃だったそうです

だからボクもそのくらいには
初めての狼化を覚悟していました

でも、ボクは13歳になっても狼化しませんでした

14歳を過ぎてもボクは狼にならなかったので、母方の血が濃いのだろうと思いました

ボク、たしかに顔立ちはおかーさん似です
髪と目の色はおとーさん似ですけどね

そうして安心しきっていた15歳を少し過ぎた頃…

突然、ないと思っていた狼化がボクに訪れました

おとーさんも心配してくれましたが
夜半が近づいていました
おとーさんは地下に行きましたが、
ボクは動転してしまって…

正直、とても恐ろしかったのです…

そんなボクにおかーさんが付きっきりでなだめてくれました
ボクが完全に狼化したら
おかーさんも危ないというのに…

それでも、おかーさんはボクを心配してくれたのです

でも、おかーさんはボクを心配したせいで…

おとーさんの鎖のかけ方が甘かったのです…

狼化したおとーさんは暴れて鎖を外してしまいました

狼化したおとーさんは完全に飢餓状態の狼です
人間の意識はありません

目の前に人間と、半分狼化して、
パニックに陥ったボクがいたので…

おかーさんに襲いかかってしまったのです

目の前で狼化したおとーさんが
おかーさんに噛みつきました

ボクはどうすればいいかわからなくて、
No!と叫びました

その興奮状態で、ボクの姿は完全に狼になったようでした
しかし、ボクは人間の意識を持ったままでした

とても怖かったです
いつ、ボクも人間の意識を失ってしまうのかと…

でも、恐れている暇はありません
ボクはおとーさんを止めようとして
おとーさんに体当たりを食らわせました

おとーさんにとって
ボクはテリトリーに現れた敵です
すぐに反撃してきて、ボクは噛みつかれました

ボクが悲鳴を上げると、
その声は本当に犬みたいで…
どうして言葉にならないのか
どうしておとーさんに伝わらないのかと
悲しくなりました…

でも、その悲鳴でおとーさんは一瞬、怯んだように見えました

ボクがもう一度体当りすると
おとーさんはおかーさんを離して
走り去っていきました

その直後です
家のすぐ外で大きな音がしました!
車が何かにぶつかった音でした

おそらく家から逃げ出したおとーさんが車にはねられたのだろうとボクは直感しました

おかーさんに走り寄ると
おかーさんは血を流してぐったりしていました

でも、ボクを見てわかったのか
「人が来るから逃げて」と言いました

たしかに車が何かをはねた事に気づいた人の声がします
その声はどうやら隣の農場のおじさんの声のようでした

おかーさんを置いて行くのはつらかったのですが、外で銃声がしました

おそらく…
車ではねた狼にとどめを刺したのでしょう…
狼化した人狼が死んだあとも狼の姿をとどめているのが、ある意味救いでした
おとーさんが人狼だとは気づかれていないようでした

でも、このままではボクも撃たれるに違いありません

玄関の呼び鈴の音がしました

「早く逃げて」とおかーさんが言いました
ボクはその場を走り去ることしかできませんでした…

ボクは森に逃げましたが、おとーさんに噛まれた傷はかなり痛みました
走り疲れて足を止めると、
ボクはその場で気を失ってしまいました

暁方に意識を取り戻すと、ボクは人間の姿に戻っていました

変身と襲撃で服はぼろぼろになり、体中に土汚れがついていました
肩口と脇に噛み傷が残っていて、
どうにか動こうとしていたら
隣のおじさんが森林警備隊に連絡していたらしく、警備隊員がボクを見つけてくれました

冬が近づいて、飢えて餌を探していた狼たちがボクの家を襲った事件として処理されました

狼がおとーさんを遺体が見つからないほどに食い殺し、ボクのことを巣に運ぼうとして森に引きずって行ったのだろうと
警察や森林警備隊は考えたようです

おかーさんは病院に運び込まれましたが手の施しようがなかったそうです
ボクのことを心配しながら亡くなったと聞きました

ボクも退院するまでに半月ほども時間がかかりました
未だに体に傷跡が残っています

入院している間におばーちゃんが来てくれて、退院してからすぐにボクは日本に来ました

おばーちゃんと会うのは初めてでしたが、おかーさんから話を聞いていたので
会えて良かったと思いました…

未だにボクはその夜のことを夢に見て
うなされてしまうことがあるのです…

きっと昨日現れた変な男の言った言葉が気になってしまったのでしょう…

ボクは布団の上で寝返りを打って
もう一度あの男のことを思い出しました

彼は人外と言っていましたが…
あの男も人間ではない存在なのでしょうか…?

17、8歳くらい?
変な奴…

第5話 終

第5話 4 オオカミ少年、うなされる

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