第一章
ざるそば(かわいい)

出前そば。それは日本の至宝だ。


クソ暑い夏の昼前、部屋でだらけながら甲子園中継を見ていても豪華料理すなわちざるの上におそば様が載りノリまでついたざるそば様が自動デリバリーなのだ
日本の未来は明るいぜひゃっほーと脳ミソを溶かしていたら玄関チャイムがピンポン鳴ったので、オレは君が代を口ずさみながら玄関をガチャリと開けたのだった。

すると少女が立っていた。

笹岡光太郎(ささおかこうたろう)さんのお宅ですね、お待たせしました!

笹岡光太郎

うおう

出前美少女だった。


顔つきは幼く、十四、五才ぐらいか。髪は黒のストレート。

ほっそりした体なのに純白ブラウスの胸部がはしたなく盛り上がっている。胸元には大きな黒のリボン。

視線を下げるときわどい紺色のミニスカートが見えた。

ざるそば

あ、あのう……ざるそばのお届けです

幼い声で用件を思い出し、小銭をチャリンと手渡す。

ざるそば

わっ

少女が小銭とオレの顔を交互に見つめた。
やがて笑顔になる。

ざるそば

あ……ありがとうございます! 五八○円、たしかにいただきましたっ!

惚れそうになった。

だって見ろよこのほのかに頬を赤く染めた恥じらい笑顔。

日本の至宝だ。
この笑顔を見られただけでも五八○円の価値はある。

出前広告の印刷がテキトーで不安だったが注文してみて正解だったぜわはは。


そして五秒が経った。
恥じらい笑顔の少女はまだ動かない。

笹岡光太郎

……ざるそばは?

見回すが少女は手ぶら。
出前そば特有の多段重ねのアレは見当たらない。

ざるそば

ええとあの、じ、じつはそのっ

恥ずかしげに視線をそらす少女。
まさかざるそばを忘れてきたのか。

許さん万死に値する!

とか考えてると少女はぐっとヒザを曲げた。
直後、ジャンプ。


スタッと着地。額のあたりでピースサインを決めて、叫んだ。

ざるそば

姫神(ひめがみ)そば庵の使者、姫ノ宮(ひめのみや)ざるそば! あ、あなたの食卓にただいま推参――です!

二時間放置したそばつゆのごとく、生ぬるい空気が流れた。

* * *

とりあえず部屋に戻った。だってオレは出前ざるそばに五八○円払ったんだ、なら自室で食べるだろフツー? 


ごめんオレはかなり混乱している。

とにかくちゃぶ台前の座布団にあぐらをかくオレと、ちゃぶ台の上に正座する少女。



既におかしい。

ざるそば

ざ……ざるそばなので、ちゃぶ台に上がりました……

ミニスカートのすそをピンと伸ばしながら、少女が説明した。
あいにくオレの知るざるそばは正座しない。


あとぴちぴちの太ももとぱつんぱつんの白ブラウスで誘惑したりもしない。

精神はあらゆる意味で限界を迎えようとしていたが、気合で質問してみる。

笹岡光太郎

おまえ人類なの、麺類なの?

美少女への質問としては空前絶後であろう。

ざるそば

ど、どちらかというと比較的麺類よりの魔法少女です

おっとデッドボール! これはいけません!

甲子園中継の声。

バッターまだ倒れています。大丈夫でしょうか?

大丈夫なわけあるか。
致命傷だ。

だがテレビ内のバッターは起き上がった。
オレも根性で顔を上げた。
自称麺類寄りの魔法少女はまだちゃぶ台に正座中。

口にこぶしを当て、心配そうにこちらを見つめている。

ぷるんと。
二つのやわらか物体を揺らして、オレの顔をのぞきこんできた。

ざるそば

あの、すみません、ちゃんと最初から説明すべきでしたか?

笹岡光太郎

ぜひともそうしてくれ

なんだよ麺類って。
なんだよ魔法少女って。

何かの冗談だと思いたいが、少女の表情は超真剣だ。

ざるそば

わかりました。ご説明、がんばります

ざるそば少女は姿勢をしゃんと正した。

片手ピースサインをビシっと額に当てて、恥じらいスマイル。

ざるそば

姫神そば庵の使者、ひ、姫ノ宮ざるそばですっ!

ガシャーン。

おっと暴投! すっぽ抜けてフェンス直撃!

甲子園に転がる白球にキャッチャーが追いついたころ、少女はポーズを崩した。

ざるそば

こ……これでアイキャッチは終わったので、ご説明します……

笹岡光太郎

………………どうぞ

説明が終わったとき、オレは息をしていないかもしれない。

ざるそば

わたし、姫ノ宮ざるそばといいます。名づけ親はおとうさんです

笹岡光太郎

本名なのかよ!?

姫ノ宮ざるそば(本名)はコクンとうなずいた。

ざるそば

市役所に反対されても『麺類こそ世界の真理』と押し通したそうです

笹岡光太郎

おまえの父親は狂ってる

ざるそば

おかあさんも『いい名前ね』と賛成したそうです

笹岡光太郎

おまえの母親も狂ってる

ざるそば

二人ともずいぶん前に、いなくなってしまいましたけど

笹岡光太郎

なんてこった人類は救われたぜ――あ、いや、すまん

いかに狂った両親とはいえ、親を亡くした少女に無神経だったかもしれない。

ざるそば

いえ、気にしないでください

と、ざるそばははにかむように笑った。

ざるそば

よく言われます、とんでもない両親だって。それでもわたし

窓の外、快晴の夏空を見上げてつぶやく。

ざるそば

おとうさんたちのこと……嫌いにはなれないんです

オレはざるそばの表情をうかがった。
真っ白なブラウスと同じぐらい、さわやかな笑顔だった。

誕生と同時に人生を一発ギャグにされても、こんなに清純な笑みを浮かべられるとは。
なんてけなげな麺類だろう。

けなげな麺類。
いや待て、そんな物体がこの世界に存在してたまるか。

ざるそば

たしかにおとうさんは――

ありえない。
けなげと麺類なんて長嶋茂雄とアルソックよりかけ離れた概念だ。


やはり麺類とは何かの冗談だろう。
魔法少女は、ええとコスプレってやつだ。
この子は名前がちょっとかわいそうなだけの美少女なのだ。

それに名前ぐらい裁判所に申請すれば改名できるって聞いたこともあるし、気にすることじゃない――

ざるそば

一人娘の体をざるそばに改造するような人でしたけど

笹岡光太郎

ストップ

超聞き捨てならない。
だがざるそばは目をつむって話し続ける。

ざるそば

そのせいでCIAさんに追われたり、エリア51で実験台にされかけたり、いろいろありましたけど……でも今は人の役に立つ魔法少女になれました。だからわたし、おとうさんたちのことは、ぜんぜん恨んでないんです

笹岡光太郎

はっ!

いかん意識がホームランされてた。

笹岡光太郎

ちょっと待てオレは人類なんだ! 麺類語で話さないでくれ!

ざるそば

あ……す、すみません、説明が急すぎたでしょうか?

笹岡光太郎

消える魔球より急角度だった! なんだよ体をざるそばに改造って!?

ざるそば

それは……実際にお見せしたほうが、早いかもしれません

笹岡光太郎

見せるって、え、ざるそばに改造された体を?

ざるそば

ちょっと準備しますね

ざるそばは腰の後ろに手をやった。

取り出したるソレは中心に一本の線がすらりと走った棒だ。

角ばった無骨なシルエット、ヒトに対して絶対に向けてはならないその木製の物体の正体はまさか――っ!

笹岡光太郎

わりばしじゃねーか!

叫んだ。

ざるそば

すみません、魔法のステッキです

申し訳なさげに訂正された。

ざるそば

他の魔法少女のステッキはもっとかわいいんですけど、わたしはその、ざるそばなので

ごめんなさい、と再度ぺこりと頭を下げる自称ざるそば。

笹岡光太郎

で……その魔法のステッキ(わりばし)で、何をするんだ

ざるそば

ざるそばをします

ざるそば(動詞)。

やばい、完膚なきまでに意味がわからん。

ざるそば

それでは失礼します

ざるそばは長い髪を一本、プチンと引きぬいた。

髪をわりばし(魔法のステッキ)にキュキュッとリボン結び。

わりばしを空中に突き出して上下左右に振る。長い髪が新体操のヒモのように揺れる。

そして奇跡が起こった。

笹岡光太郎

えっ

そう、奇跡だ。


揺れる髪の先端がキラキラ輝いていた。
空中に残ったきらめきが光のラインを作っている。
少女がわりばしを動かすたびにラインが増える。

五本、十本。


幾多のラインが、やがて立方体を構成していく。

光の彫刻が宙にフワリと浮いた。

笹岡光太郎

んな

光が徐々に弱くなっていく。それでも彫刻は残っていた。

光沢のある黒で彩られた木製の立方体になっていた。天井部には黄色く薄い網が張られ、その上に整然と並ぶグレーの紐状の物体。


これは、この異様なまでに涼しげな物体はまさか――っ!

ざるそば

ざるそばです

パリン。

何かが壊れる音が脳内に響いた。
たぶん常識とか、そーゆー感じの大切なモノだ。

ざるそば

あと、この胸リボンが海苔です。つばがそばつゆになります

呆然としていると、少女がハッと慌てた様子で唇に手を当てた。

ざるそば

あ、ご、ご安心を! つゆは息を吹きかけるだけで、口移しとかじゃないですっ!

そんな心配はしちゃいない。
だが言葉にならない。

少女が首をくいっと曲げて俺の顔をのぞきこむ。

ざるそば

あの……お、おわかりいただけましたか?

笹岡光太郎

……………………ああ

わかった。
何もかもわからねーことが、今わかった。

ぜえぜえと息切れを起こしていた。
オレは混乱していた。
だって目の前で、ざるそば(人名)がざるそば(動詞)をしてざるそば(料理)ができたのだ。

これで混乱しない人類はいない。

必死で息を落ち着けていると、ざるそばがにこりと笑った。

ざるそば

あの……ありがとうございます

ぺこりとおじぎ。

笹岡光太郎

な……なにが……だ……?

ざるそばがつんつんと人差し指を突き合わせた。

ざるそば

こんなにきちんと話を聞いていただけたの、その、はじめてなんです。いままで二十七軒ご訪問してきたんですけど、爆笑されたり、呆れられたり、卒倒されたりで……

緊張のためか、ざるそばの体は小刻みに震えていた。

ざるそば

だからその……わたし、嬉しいです。
ありがとうございます

指をゆるく絡み合わせて、ざるそばは笑った。

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1|第一章 ざるそば(かわいい)(1)

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