小学生のころ。
俺には二人の親友がいた。
一人は鈴原宗也(すずはらそうや)←男。
もう一人は白宮(しろみや)マシロ←女。
三人は毎日一緒に遊んでいた。
小学生のころ。
俺には二人の親友がいた。
一人は鈴原宗也(すずはらそうや)←男。
もう一人は白宮(しろみや)マシロ←女。
三人は毎日一緒に遊んでいた。
何をして遊んだのか、具体的なことは曖昧だ。
とにかく色々やった。
一個一個思い出せば、それはそれで語ることができるんだろうが、それは重要じゃない。
宗也とマシロと一緒に遊ぶ。
小学生の俺にとって重要なのはそこだった。
二人にとってもそうだと思っていた。
小学三年生の夏休みも、三人は毎日一緒に遊んだ。
まだ、大して遠くへ行ける年齢じゃない。
それでも時間が許す限り色々な場所へ行き、色々なことをして遊んだ。
俺にとって、三人で過ごす時間が、そのときの人生の全てで、世界そのものだった。
だが――そう思っていたのは、どうやら俺一人だけだったらしい。
夏休みも終盤。
八月二十九日。
その日も俺は、いつもの待ち合わせ場所である近所の公園で、いつもの時間に二人を待っていた。
今日はどこへ行こうかと、様々なプランを頭の中で思い巡らせながら。
やがて雨が降ってきたが、俺は待った。
雨だろうがなんだろうが、三人が集まらない日はなかったからだ。
宗也とマシロが一緒なら、屋外だろうが室内だろうが、何をしても楽しかった。
雨の中、一時間待ち、二時間待ち、三時間待ち――夜まで待った。
結局、二人は現れなかった。
俺は雨の中一人家へ戻り、呆然とした気分でリビングのソファに横たわった。
濡れそぼったまま一晩を寝て過ごした俺は、翌日から高熱を出した。
その時、親は二人とも出張中で家にはいなかった。
俺は助けを求める電話をかけたが、朦朧とした頭でマトモに現状を伝えることはできなかった。
両親は大したことはないと判断したのか、俺を助けに帰宅することはなかった。
俺が親になんと言ったのか、両親がそれにどんな言葉をかけたのか、憶えてはいない。
俺は子供心に「自分はもう死ぬんだ」と思いながら三日を過ごした。
悪寒に震える身体で廊下を這いずり回り、冷蔵庫や戸棚から食い物を引っ張り出して貪った。
二階の自室に行く体力がないので、絨毯マットにくるまってその場で寝た。
そして、風邪がほぼ完治して、一人で動き回れるようになったころ、両親は出張から戻ってきた。
二人とも俺がどんな目に遭っていたかは知らない。
話す気にもならなかった。
そして、一日遅れて学校へ行った俺は、宗也とマシロが転校したことを知ったのだ。
★
えーとつまり……
俺が話し終えると、アルテミスはやや戸惑いがちに、
友人二人が黙って転校しちゃったのと、風邪で寝込んだときにご両親が助けてくれなかったのが原因でクズになったと?
まあ、まとめるとそうなるな
アルテミスはすごく申し訳なさそうな顔で、
えーと、その、たいへん申し上げにくいんですが、それはいくらなんでも初めから性根が腐っていたとしか思えないのですが……
すごく丁寧な口調で罵るんじゃねえ。んなこと分かってるっての
俺と同じような経験をしても、あるいはもっと酷い経験をしても、俺みたいなクズにならなかった奴は大勢いるだろう。
あるいは逆に、俺はこの経験を経なくても、また別のことが理由で同じようなクズの道を歩んでいたかもしれない。
だから、これは原因ではない。
あくまで、ただのきっかけなんだよ
どう違うんです?
だからさ……別にこのあと俺がすぐ、今みたいな人格に豹変したわけじゃないってことだよ。俺だって色々考えたんだ。あの二人が俺に何も言わなかった理由。親が、俺をわざと見捨てたわけじゃないっていう根拠。そういったものを
けれど、なぜかその模索はうまくいかなかった。
世界は俺に、友情は簡単に壊れるものだという実例をいくつも突きつけてきた。
小学校でも中学校でも、間接直接を問わず、本物だと信じるしかないような友情が破綻し、人間関係が崩壊していく様を俺は目にした。
世界は俺に、家族の絆もまやかしだと突きつけてきた。
今、俺の両親は別居中だ。
仕事の人間関係上離婚はしていないが、家族関係はもはや存在しないと言っていい。
信頼は裏切られるものだと、愛情はやがて消えるものだと、正義は存在しないと、平和は幻だと、世の中で「正しい」と信じられているものはどれもこれも、いともたやすく人を裏切「偽物」なのだと、世界は俺に突きつけたのだ。
俺が見たのは、ごく普通の風景だ。
多くの人が経験する、悲劇でもなんでもない、ありがちで退屈な日常だ。
だけど、だからこそ、そんな「偽物」だらけの日常で構成された世界は、どうしようもなくクソみたいなもんなんだと、俺は思った。
だから冗談交じりに呟くのだ、「こんな世界、滅びればいいのに」と。
それは誰もが一度は思うことじゃないか?
本気の度合いは人それぞれでも、ほんの僅か、自分以外の全てを、憎んでしまうことは誰にでもあるはずだ。
それでも――。
それでも普通は、なんだかんだ折り合いをつけて人は生きていく。
自分以外の全てを壊すことなど、できはしないから。
その感情を押し通そうとするなら、自分を消すしかなくなるから。
結局俺は、自分を消すほど強い感情はなかったということなんだろう。
このままダラダラと、ひたすら世界を嫌って、それでもその中でそれなりに生きていく術を見つけて、死ぬまで生きるしかない。
そう思っていた。
お前が現れるまではな
私が……
そうさ。お前が教えてくれた〈最終戦争(アポカリプス)〉という世界の仕組み。信念が力となり、その力が一番強い奴が、どんな願いでも叶えられる。それってつまり、俺がそのバトルで覇権を取れば、この世界は滅びるべきだったってことになるじゃないか
…………
思わず押し黙るアルテミスに、俺は笑みを向ける。
それはきっと、とても皮肉めいた嘲笑だ。
お前のおかげで、俺は本気で世界を滅ぼす気になったんだよ
そんな言葉を聞かされて。
この神様は。
恋愛の女神を名乗るこの神は。
いったいどんな顔をするのだろう。
だったら――
アルテミスは、
だったら私が、その考え、忘れさせてやります!
うわっ! 何しやがるっ
アルテミスは突然俺を押し付けて壁際に押しやった。
一旦玄関を出て、グラウンドへ向かう途中の校舎裏である。
ふっふっふ、これが今流行りの壁ドンってやつですよ
なんでお前がそんなもん知ってるんだ――っていうかそれ、男が女にやるもんじゃねえの?
ジェンダーフリーの現代に、んなこたぁどっちでもいいんですよ!
アルテミスは俺のネクタイを引き下ろすと、ワイシャツのボタンを外そうとしながら、
ねえアスマさん。アスマさんがそんなヤサグレてるのは、運が悪かっただけですよ。だからそう、私がこうして、女の魅力で、世界が素晴らしいんだってことを、ちょ、このボタン、外れないんですけどっ!
…………
なんかいい雰囲気に持っていこうとしてたようだが台無しだった。
ええい、なんなんですか、この制服! アスマさんの心のガードなんですか!?
上手いこと言おうとしなくていいから……だいたい、俺は別に、女にモテないからヤサグレたとか、そういうんじゃないからな
そんなことはありません! 男子高校生の悩みの八割は『モテたい』で、残りの二割は『ヤりたい』のはずです!
男子高校生をバカにしすぎだろっ
面倒です! だったら私が脱げばいいんですよっ
バカやめろ! こんなところでスカート脱ぐんじゃねえ!
この学校は、エロシーンの間都合よく無人でいてくれるフィクション仕様とかじゃないんだぞ!
アルテミスが痴態を晒すのは勝手だが、一緒にいる俺まで妙な目で見られてはたまらない。
そうやってギャアギャア騒いでいたので――気づかなかった。
いつの間にか、何者かが俺たちに近づいていた。
身構える暇もなく、そちらに顔だけ向けた俺たちに、相手は言ってきた。
お前ら――〈最終戦争〉の参加者か?