えー、今日は転校生を紹介する

担任の松木林(まつきばやし)先生の、録音してきたような言葉に、俺は本を読んでいた顔を上げた。

アルテミスが転校してくるんだったっけ。

本に集中しててすっかり忘れてた。

そういや、周りでそんな噂話をしている生徒がいたな。 まあ、耳にしたというだけで、誰かが俺にその話を振ってきたわけではない。


俺はこのクラスで、自分から進んでボッチの道を選んでるから。 自衛のためだ。

学校の人間関係ってのはなかなか厄介だ。

それはケータイでやりとりされるSNS上の関係性まで絡んできて、複雑怪奇な様相を呈する。

現実のグループがネット上にグループを形成し、その変化が現実に還元される。


その動向をつぶさに観察し、対応し、自ら参加して役割を果たさねば、自分の位置を確保し続けることは不可能だ。
それは恐るべき労力の無駄使いである。

しかしただ一つ、そういった労力を消費せず、確保できるポジションがある。

それがボッチポジションだ。
誰とも関わらず、誰とも触れ合わない。


SNSのグループにも参加しないし、現実のグループにも参入しない。
これなら人間関係の維持に腐心することはないし、ちょっとしたグループの変化に一喜一憂することもない。

傷つかない、傷つけない、最強にして無敵の立ち位置。
それは栄光ある孤立ってやつだ。


大ボッチ帝国ばんざい!


ま、そんな俺でも、転校生を見るために本を読むのを止めるくらいのポーズはする。


ざわつく教室。期待と不安の混ざり合った空気。

松木林先生

入りなさい

という言葉にドアをスライドして、入ってくる転校生――アルテミス。

「おお」と、男女の隔てなく上がる声。


オンリーワンの制服姿は、少なくとも第一印象でのインパクトは強烈のようだ。


アルテミスは、先生からチョークを渡されると、黒板に名前を書く。


「 恋 森 弓 月 」


なるほど……その四文字のどれもが彼女の神としての特性を示している。


彼女は例のにっこにっこした笑顔で向き直ると、金色の長髪を揺らしながら一礼。

アルテミス

恋森弓月(こいもりゆづき)と言います。みなさん、宜しくお願いします

その隙のない所作に、思わず教室じゅうから吐息が漏れる。 多分男子が五人くらい惚れた。

女子も二人くらいは恋に落ちたかもしれない。


アルテミスは外見だけなら超一級だ。

クラス内ポジション維持ゲームも、彼女ならイージーモードでプレイできるだろう。

しかし……初っ端から彼女は悪手を打った。

松木林先生

えー、じゃあ、恋森の席は――

アルテミス

アスマさんの隣が空いていますね! あそこに座ります私!

先生の言葉を遮ってそう言うと、アルテミスはとっとこ席の間を縫って、俺の横の椅子に座った。

アルテミス

よろしくお願いしますね、アスマさん!

アスマ

アホか……

俺は彼女の挨拶を無視して呟き、頭を抱えた。

教室内はというと、アルテミスが俺の名前を呼んだ瞬間、動揺するようなざわめきが広がったが、彼女が席に着くころには収まっていた。


そしてあとには醒めたような空気が気だるげに広まる。

松木林先生

じゃあホームルーム終わり。このあと始業式だから、休憩のあと廊下に並んどけよ

と先生が言い、挨拶をして解散。短い自由時間だ。


普通なら――その隙にも、転校生であるアルテミス目掛けて女子(大抵はクラスの中心人物だ)が事情聴取……じゃなくて職務質問……でもなくて、質問攻めをしにくるもんだが、今は皆、探りを入れるような視線でアルテミスを見るだけである。


やっぱりなぁ……。        

結局そのあともアルテミスのところに妖怪質問攻め女子はやってこなかった。
むしろ誰もやってこないのは妖怪アスマボッチのせいである。


そもそも俺は誰とも関わらない状況を自ら望んで作った。

そこに、クラスとまだなんの関係性も築けていない転校生がコンタクトを取ってきたらどうなるか。

周りの人間は

この子はこのボッチ野郎と知り合いなのか

と思うわけだ。

そんなレッテルが貼られてしまうと、わざわざ彼女に近づこうとする人間はいなくなる。

彼女に接近することは、イコール、ボッチポジションの俺と関わることに他ならないからだ。

誰とも関わろうとしないボッチ。

そんなブラックホールに自ら飛び込めば、自分もホールを構成する要素となってしまう。そんな状況を自ら望む奴などいない。

「主人公が転校生ヒロインと仲良くしてて『おい、お前どこでそんな美人と知り合ったんだよ!』と周りから羨ましがられる」なんて状況は、主人公とクラスの間に何らかの関係性があるからこそ生まれうるのである。


本当のボッチはそういうのは全くない。
むしろ接触してくる人間をボッチに変えてしまうのだ。
ボッチハザードである。




そうして、始業式のあとのホームルームも何事もなく――本当に何もなく、終わった。

今日は授業もなく、これで解散である。

あ、あの……

と、カバンを持ってさっさと帰ろうと立ち上がった俺に、声をかけてくる女子がいた。

そんな女子いるのか!? 驚愕して目を向けると、なんとアルテミスじゃない。


丸メガネに黒髪パッツン。

確かクラス委員長の笹倉(ささくら)さんだ。


笹倉さんはとても気まずそうな態度で顔をうつむけながらもぢもぢしている。

え、なに告白でもすんの? 何事かと周りの生徒が注目するなか、笹倉さんは意を決したように、

笹倉

か、かみ……かむ、かむい?くん。あのね。先生に、恋森さんに学校の案内をするようにって言われたんだけど、カムイくん、恋森さんと仲いいみたいだから、悪いけど、お願いできないかなって。ほ、ほら、恋森さんも、気兼ねないほうがいいだろうし

アスマ

……ああ、いいよ、別に

笹倉

ほんと!? よかった。ありがとう、カムイくん。よろしくね!

そう言うと、笹倉さんは逃げるように走り去っていった。
教室の空気も「やれやれ」といった感じで弛緩する。

アルテミス

あの……

とアルテミスが横から言ってくる。

アルテミス

アスマさんの苗字ってカムイでしたっけ?

アスマ

神薙(かんなぎ)だ

アルテミス

まさか夏休み明けの時点で、まだ名前を憶えられていないんですか……?

アスマ

そうだけど、何か問題があるのか?

クラスのやつと会話することなどほとんどないし、もし必要があっても、こっちが気にしなければ間違えようがなんだろうが関係無い。

名前なんて所詮記号なのだ。
個人が認識できればそれでいい。

というか、今のはわざと間違えたという可能性もある。
俺へと同時に、周囲へと向けて「私は名前を間違えるくらいこの人とは無関係ですよ」と主張したわけだ。

ブラックホールに吸い込まれないための命綱みたいなもんである。


まあ、それにしても神威は無理やりすぎると思うよ笹倉さん……。

アスマ

――そんなことはどうでもいい。それより行くぞ

アルテミス

え? 本当に案内してくれるんですか? アスマさん、意外と律儀ですね

アスマ

意外とってなんだよ……ついでだついで。俺も校内に用事がある

アルテミスと一緒に校舎のあちこちを回る。

部活とかで生徒が結構残っているので、俺たちがうろついていても、それほど目立ちはしない。

アルテミス

あの、アスマさん?

アスマ

なんだ

アルテミス

さっきから何をしてるんです? 用具入れを覗き込んだり、柵や窓の具合を確かめたり……用務員さんのアルバイトでもしてるんです?

アスマ

似たようなもんだ

もちろんバイト代は出ないけど。

それに、アルテミスの指摘はちょっと間違いだ。

俺は、具合を確かめるのではなく、いろいろ手を加えている。むしろ用務員とは正反対の作業だ。

アスマ

ま、伏線張りってとこだな

アルテミス

ふぅん……?

説明が面倒だったので適当に答えると、アルテミスは曖昧な呟きを漏らした。

アルテミス

ところで……アスマさんは、ひょっとして、クラスでいじめられているんですか?

アスマ

ちげえよ

俺は即座に否定した。

全然違う。
負け惜しみとかではなく、本当に違う。

俺は自ら望んで今のポジションにいるし、それはそうした下らない学校内の悪習から逃れる手段でもあるのだ。

事実、二年四組でいじめの対象とされている人物は別にいる。

ただ、その役割は固定ではなく、一連のプロセスを経て違う奴に移行するシステムがすでにできあがっている。

そうすることでいじめが深刻化することはなく、その役割を負わされる側も、一定期間我慢すれば終わるものとして受け入れることができる。


しかも、クラスの人間関係を円滑にするための、いわば自己犠牲として甘んじてそのお役目を果たすわけだ。
そのお陰でうちのクラスはなかなかいい空気が作られている。
吐き気がするな。

アスマ

俺だけは、そのシステムに組み込まれていない。だからシステムのデメリットを受けない代わりに、メリットも享受できない

具体的に言えば、デメリットは、そういうお役目を担わされることや、人間関係に拘泥させられること。

メリットは忘れ物をしたときに人に借りられるとかイベントの際にみんなで楽しめるとかだ。

アルテミス

アスマさんはメリットが必要ないんですか?

アスマ

必要ねえな。この学校は、予備の教材が職員室で借りられるし、文房具は購買にある。あらかじめ調べて、そういう高校に入ったんだ。宿題を忘れるとかテスト前にノートを写したいなんて事態は、そもそもボッチは回避するスキルが身についている

アルテミス

そこまで徹底しますか……イベントはどうするんです?

アスマ

人数の足りないグループに参加した上で、邪魔にならないように、空気のように振る舞う。そのくらいのことができないようじゃ、今のポジションは維持できない

アルテミス

…………

アルテミスは呆れたような顔をしたあと、ううっ、と泣き崩れるような真似をする。

アルテミス

いったいなぜそんな不憫なことに

アスマ

失礼だな。憐れむような話じゃないぞ。俺は望んでその状態にいるんだから

そう言うと、アルテミスは今度は唇を尖らせて不満顔。表情がころころ変わる奴だ。

アルテミス

うーん、そもそもですね。アスマさんはなんでそんなにボッチでいたいんです? しかもそのボッチをこじらせて、世界滅ぼす(笑)とか言いだしちゃうクズになっちゃったんですか?

おい、(笑)とかつけるのやめろ。

アスマ

っていうか、お前、それ今更訊くのかよ……

普通会った直後に確認しないか、そういうの。
それでよく「世界の素晴らしさを教えてあげましょう!」ってノリになったな。

だからコスプレとかトンチンカンなことするんだよ……。

しかしまあ、会った直後に訊かれたら、俺も答えてたかどうかは分からない。

話したくないというより、説明が面倒くさいという意味で。

今なら――学校での俺の現状を知った今なら、多少その手間が楽になったと言えなくもないだろう。

そういう意味では良いタイミングだったのかもしれない。

アスマ

小学生のときにさ、友達が二人いたんだけどな――

アルテミス

まさかその二人が殺されて絶望したとかっ

アスマ

そんなベタな話じゃねえよ。しかも物騒だな。ここ日本だぞ?

吸血鬼やら異世界の怪物やらが現れたりなんかしてないんだ。そんな分かりやすい絶望のきっかけなんか起こったりはしないんだっての。



そして――俺は語る。 俺がクズになった、きっかけの物語を。

LINK 

4|第1話 クズだけど異能バトルに参加してみた(3)

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