第1話 クズだけど異能バトルに参加してみた

男の〈転聖鍵(セイクリッド・キー)〉が破壊されると、〈転聖神域(ディヴァイン・スフィア)〉も消失した。

俺は人に目撃される前に屋根の上から降りる。

アルテミス

いやー! なかなかエキサイティングなバトルでしたね。ひやひやしましたよ!

と、今度は肉声でアルテミスが言う。

弓の姿だった彼女は、人の姿に戻っていた。 神様だけにものすっごい美人だ。


金色の髪はまるで黄金の小麦畑のごとく。ぱっちりとした目、すっと伸びる鼻筋、鮮やかな唇、それらすべてのパーツが完璧なバランスで配置された顔は、絹のように白いのに健康的だ。


ワンピースに包まれた身体はスレンダーなくせに肉感的で、特に胸部の二つの膨らみは、豊穣神でもある彼女の名に恥じぬ巨大さを誇る。


俺は、そんな彼女のほうから飛んできた〈転聖鍵〉をキャッチしながら答える。

アスマ

別にそんなこともないだろ。相手も大したことなかったし

アルテミス

またまたー、アスマさん、そうやってクールぶっちゃって

アスマ

いや、クールとかじゃないから……

戦闘後だからかアルテミスはテンションが高い。っていうか、腕組んで胸をぎゅうぎゅう押し付けてくるのやめてくれませんかね。


そういうのフィクションで見る分には楽しいけど、実際にやられるとどうしたらいいか分からなくてキョドっちゃうからね!

ちなみに端から見ると、まったくリアクションなくて機嫌悪いように見えるレベル。

アルテミス

アスマさん、いつもは遠くから攻撃するばかりで、相手に姿見せないようにするじゃないですか

アスマ

そりゃお前の攻撃方法が弓矢しかないからだっての。今回は姿隠すまでもなく弱い奴だったってことだ

俺は、未だ茫然自失として屋根の上に座り込んでいる大柄な男を見た。

〈最終戦争(アポカリプス)〉で敗れた人間は〈最終戦争〉に関する記憶を失う。


そして、パートナーの神様は神界に還り、人間界で力を振るうことができなくなる。


失う記憶は、どこまで深く〈最終戦争〉に関わっていたかによって変わってくる。

参加中の記憶だけが綺麗になくなる場合もあるし、参加する理由だった「目的」や「信念」も一緒になくなってしまう場合もあるようだ。

あの男はどっちだろうか。

あるいは、どっちのほうが幸せだろうか。

アスマ

…………

まー負けた奴のことなんかどうでもいいけどねー!


俺は〈転聖鍵〉をポケットに突っ込みながら言う。

アスマ

それより、腹減った。もう真っ暗じゃねえか。さっさと帰ろうぜ――

見つけたわよ! アルテミス!

俺の言葉を遮って大声が響きわたる。

そして、俺たちの家路を塞ぐように仁王立ちする人影二つ。


あー……先に言っておくと、こいつらはただのアホなので、これからまたバトルが始まったりはしません。咬ませ犬キャラ? そんなレベルですらないよ。

アルテミス

うへえ……またあなたですか、イシュタル

アルテミスもテンションだだ下がりで肩を落として言う。 俺はため息まじりに呆れ声で、

アスマ

いい加減あきらめろよ……なんていうか、お前ら〈最終戦争〉の才能ないって

イシュタル

うるさいわよ坊や! 今日こそは負けないわ!

アスマ

お、負けフラグいただきましたー

イシュタル

だ、黙りなさいっ!

二つの人影のうち大きい方が一歩前に出て、街灯の下に立った。

ウェーブかがった赤髪の、超美人。

アルテミスが俺と同い歳くらいの外見なのに対して、彼女――イシュタルは明らかに歳上。大人のお姉さんって感じだ。

ぴったりしたスーツを着ていて、あちらこちらがはち切れそうなくせに、細いところは思い切りほっそり。


色気満点――ただまあ、そっち系のお仕事の人っぽいという感想は否定できないかな。

で、キャバレー・イシュタルのホステスさんは小さい方の人影に呼びかけた。

イシュタル

さあアイシャ、行くわよ

アイシャ

ふぁ、ふぁいっ!

気合充分、しかしやや空回り。


そんな感じで一歩前に出たのは、ちっこい少女だった。 十歳くらいだろうか。


はっきり分からないのは、彼女が俺にはかなり馴染みのないところ出身の人間だからだ。

褐色肌に銀髪。纏うのは砂漠の民っぽい民族衣装。


中東の某国出身の戦災孤児らしい。たぶん詳しい国名を聞いたら面倒臭いことになる。

アイシャ

あ、アイシャ、いっちゃいますっ

アイシャは、思わず録音したくなるようなセリフを口にして、民族衣装の裾から〈転聖鍵〉を取り出した。


神様は身体のどこかに〈転聖門(ゲート)〉という紋章を持っている。



そこに〈転聖鍵〉を差し込まれることで、神はパートナーたる人の「信念」を通して自分の力を顕現し、武器へと変ずるのだ。


ちなみに人間――〈転聖者(オーヴァーライド〉のほうも、神と契約を交わすと身体のどこかに〈転聖痕(クレスト)〉という紋章が発生する。これは普段は見えないんだが〈転聖鍵〉をその近くにかざすと光ったりする。鍵を差し込めるわけではないし、変身もしない。


なんでそんなのあるんだよ。カッコいいと思ったの?


厨二なの? ともかくアイシャは〈転聖鍵〉を握った手をイシュタルの胸元に伸ばす。


ああ、確か彼女の紋章は胸の谷間にあるんだっけ……エロいですね。いいと思います。

アイシャ

それ! あ、ひゃあ!

アスマ

…………

勢いよく一歩を踏み出したはいいが、アイシャはその一歩目ですっ転んだ。

もちろん何もないところでだ。

イシュタル

アイシャ!

アイシャ

ひゃう、いた、痛いです……

まあそりゃ痛いだろう。手をつく暇もなく顔面から思い切り突っ込んだからな。

身を起こしたアイシャは、鼻の頭を擦りむいていた。ついでに鼻血が出ている。目から涙もこぼれてる。

イシュタル

よ、よくもやってくれたわね、アルテミス!

アルテミス

ええー……それはさすがに言いがかりでは

アルテミスは反論を試みるが、イシュタルは聞く耳を持たない。

アイシャを抱きかかえると、バッと身を翻し、

イシュタル

こ、今度こそ覚悟しておきなさい!

見事すぎるテンプレ捨てゼリフとともに、たったか走り去っていった。


……追いかける気にもならない。

アスマ

……なあ、アルテミス

アルテミス

なんでしょう、アスマさん

アスマ

どうにかなんないのか、あの二人。イシュタルってお前の親戚だろ?

アルテミス

いや、全然親戚とかではないんですけど。ただ、属性が似てるからって一方的にライバル意識燃やされてるだけで

そう、イシュタルもアルテミスと同じで豊穣(ほうじょう)を司り、繁栄(はんえい)を約す女神なのだ。

アスマ

どうでもいいが、神界でのごたごたに俺を巻き込まないでくれ……

アルテミス

あ、でも、〈転聖鍵〉を取り出せただけ、今回はマシだったのでは?

アスマ

そもそも戦闘にならない時点でおかしいっての

最初に現れた時は、確か〈転聖鍵〉が見つからなくて撤退してた。


二回目は布と絡まって出てこなかった。それ以降もいろいろあったがもう憶えてない。

とにかく、いつも突然現れてわぁわぁ騒いで、勝手に逃げていくのだ、あいつらは。

アスマ

あーなんか今ので疲労感が倍増したわ……

アルテミス

アスマさん、そんなだらけると、ただでさえ悪い顔――じゃない、悪い表情が、ますます険悪になっちゃいますよ!

アスマ

悪い顔言うな……そこまで酷いことになってないだろ

アルテミス

いいえ酷いです。普段はせいぜい死んだ魚のような目で済んでますが、今は死んで腐りきった魚のような目になってます。正直見るに堪えません

アスマ

いやいや、まさかそんな

アルテミス

ホントですって

残念ながら鏡がないので確かめる術はない。

けど、まあ、たぶんそんなもんだろうと思うよ。

基本的にやる気がなく、死んだ魚の目がデフォルトだ。

クズな思考が常態化しているから、やる気を出すことなどありえない。

いやほんと、こんなんでよく異能バトルに参加しようなんて思ったもんだよな、俺。

アスマ

ところで、さっき倒した男のパートナーって、なんの神様だったんだ?

アルテミス

えーと、ぱっと見ですけど、『神』ですね

アスマ

? いや、神様なのは知ってるけど――

アルテミス

いえ、そうじゃなくて、『神』ですよ。ゴッド、主。別の言い方だとヤハむぐぐ

アスマ

分かった。それ以上言うと面倒臭いことになりそうだからもういいぞ

そんなのまで参加してるのかよ。

基本的に〈最終戦争〉では、神様自身の強さは戦闘能力とは無関係らしい。

神様の力は、人間の世界では、人間の信念を通してしか発揮できないんだとか。


だから、どんなに強い神でも、パートナーの人間の信念が弱ければ、活躍はできない。

そして、人の信念なんてもんは、たとえ神様でも計り切ることは難しいようだ。

俺は、運の悪い神様に心の中でアーメンと呟きながら、今度こそ家路についた。




ホントに疲労してたらしく、家に着いたらすぐに寝てしまった。

運動不足だな……。

LINK 

2|第1話 クズだけど異能バトルに参加してみた(1)

facebook twitter
pagetop