翌日の夕方、僕が姉からもらった雑誌をぱら読みしていると、ドアにノックの音がした。

牧村! いるかっ?

隣室の先輩の声だった。ちょっと切羽詰まった感じだったので、急いでドアに走る。

竹内が来てる

牧村ひかげ

……竹内?

名字だけを言われて、一瞬だれのことかわからなかった。

副会長だよ!

男子寮エントランスのロビーのソファに腰掛けたアッシュブロンドの女子生徒は、間違いなく美園先輩だった。

牧村ひかげ

は、入っていいんですか、男子寮ですよっ?

まずなによりも先に出てきたのはそんな言葉だ。

竹内美園

女子は男子寮に入ってもいいんです。
逆はだめですけれど

美園先輩はぴんと人差し指を立てて得意げに言った。

竹内美園

狐徹が最初に会長に当選したときの公約だったんですって

牧村ひかげ

はあ……

寮の規定まで生徒会が変えられるのか。
いや、そんなことはどうでもいい。
それより。

牧村ひかげ

え、えと、それで、なんで先輩が

言いかけて、ロビーの入り口に鈴なりになった男どもの視線に気づき、僕は背中にぞわぞわした悪寒をおぼえて、美園先輩の手を取った。

牧村ひかげ

あの、ここはなんか感じ悪いから、話があるなら外で







寮を出てすぐのところに、棟の通称の由来となったトネリコの樹が並んでいて、裸の梢(こずえ)のあちこちで葉が芽吹きを迎えようとしていた。


僕はまばらな木陰の中で、美園先輩の横顔をちらとうかがった。先輩が口を開く。

竹内美園

生徒会、きらいになっちゃったんですか?

いきなり直球。僕は咳き込みそうになる。

牧村ひかげ

……い、いえ? べつにそういうわけじゃ

竹内美園

だって、ここのところちっとも顔を出してくださらないし

牧村ひかげ

僕がいてもやることないので……

竹内美園

そんなことありませんわ。いてくださるだけで生徒会室が華やぎますもの

ぬいぐるみでも置いとけよ。

竹内美園

狐徹もあれでけっこうなさみしがりやなのです。ひかげさんが来てくださらないと

牧村ひかげ

会長は、すぐに飽きるんじゃないですか。僕なんて

竹内美園

私は飽きたりしませんから!

美園先輩はいきなり僕の両手を握って顔を寄せてくる。
どきりとして後ずさり、トネリコの幹に後頭部をぶつけてしまう。

竹内美園

ひかげさんなら一日中でも見つめていられます!

頭大丈夫か。

牧村ひかげ

あー、あのう、姉からメールがきたんです

竹内美園

ひなたさんからっ?

美園先輩の顔に朱がさす。

牧村ひかげ

それで、僕のクラス分けを先輩が仕組んだとかって……

竹内美園

きゃあああ

美園さんはほおを赤らめて目を伏せ、僕の手を握ったまま上下左右に振り回した。

竹内美園

ひなたさんっ。言っちゃうなんてひどい

僕はあらためて啞然とする。
ほんとだったのかよ。

竹内美園

だってあのひなたさんの弟さんなんですよ、教務主任ちょっと脅かしてでもキリカさんの隣にするにきまってるじゃないですかっ

当人の僕に言ってどうする。
うすうす気づいてたけどこの人ちょっと病的だ。
僕は強引に手をふりほどいた。

牧村ひかげ

あの、言っておきますけど、僕は姉のことあんまりよく知らないから、なにも話せることなんてないですよ。あんまり仲良くないし、僕とつきあいがあるからって姉に渡りがつけられるわけでもないです

美園先輩は一瞬ぽかんとした。
僕はきびすを返す。

竹内美園

ち、ちがいますひかげさん、そういうことじゃ

その声を無視して寮の中に戻った。

玄関口の左右に張り付いていた大勢の男どもの視線が突き刺さる。

牧村おまえ……

副会長によくもあんな冷たく……

手ぇ握りやがって

その手をなめさせろ

きもいぞおまえ

首をすくめてエントランスを横切り、早足で廊下を渡った。

廊下の曲がり角に階段室とつながった小さめのロビーがあって、そこにバスケ部員たちが数人たまってソファを占領していた。

何人かは知った顔、この寮の住人だ。

僕は通り過ぎるときに思わず息を詰めてしまう。
おもてが騒がしいけどどうした、なんて訊かれたりしたら困る。
でも、彼らは彼らで忙しいみたいだった。

金額あってる?

釣り足りねえんじゃねえの

次から部費は千円単位にしようぜ

おまえらがぴったり持ってこないからだろ

自販機で両替すれば

あ、じゃあ俺も行く

俺も

どうやら部費を集めていたようだったけれど、みんなソファから立って僕とすれちがいエントランスの方に行ってしまった。


ようやく静けさが戻ってきて、僕は自室の扉の前で息をつく。
美園先輩とはだいぶ失礼な別れ方をしてしまってちょっと心が痛むのだけれど、あれくらいぶっきらぼうにしておけば、もう放っておいてくれるだろう。







部屋に入ってそのままベッドに突っ伏し、まどろんでいた僕は、乱暴な足音と、続けざまにドアを叩く音で飛び起きた。

おい!

いるか!

いるなら出ろ!

うちの部屋のドアじゃない。
隣室?
いや、どんどん近づいてくる。
なんだいったい。


ノックの衝撃がベッドにまで伝わってくるぐらいだったので、僕は起き上がって部屋の入り口に走った。

牧村ひかげ

……どうしたんですか

ドアを押し開けると、廊下にトレーニングシャツと短パン姿の男子生徒たちの姿があった。
さっきロビーにいたバスケ部員だ。

いた

牧村いたぞ

出てこい

襟をつかまれ、廊下に引きずり出された。

牧村ひかげ

ちょっ、な、なん─

どこにやった

バスケ部員の二年生が頭突きしそうな勢いで顔を近づけてくる。

牧村ひかげ

なにを、ですか

とぼけんな部費の封筒だよ! 八万円だぞ!

騒ぎはすぐに寮じゅうに広がった。
僕の部屋がある廊下に寮生もそうじゃない連中も殺到して人垣をつくる。

だから! 二分も目ぇ離してねえって、だいたいロビーから自販機まで一本道で、他にだれも通らなかったんだぞ!

激昂したバスケ部員は大げさな身振りでわめき、僕を指さす。

牧村以外だれも!
だからこいつにきまってるだろ!

僕は唾を飲み下して必死に喉の震えを落ち着かせ、状況を整理する。


バスケ部員たちの弁によれば、部費八万円を入れた封筒をロビーのソファに置いたまま、全員で連れ立ってエントランスの自動販売機コーナーに行ってしまったのだという。

飲み物を選んでいるときに一人が気づき、あわてて取って返したところ、封筒は消えていた。

ロビーから僕の部屋までの間に八部屋あるのだけれど、すべて不在。
つまり、犯行が可能なのは僕だけ─と彼らは主張しているのだ。

牧村ひかげ

いや、やってませんってば!

おまえしかできねえんだよ、他にだれがいるんだ!

牧村ひかげ

……な、なにか、その、思い違いじゃないですか、べつの場所に置き忘れたとか、だれかのポケットに入ってたりとか

ンなの真っ先に探したにきまってンだろ!

封筒置いたのはみんな憶えてンだよ!

他のバスケ部員から一斉に突っ込まれる。
集まった野次馬たちは複雑そうな視線をちらちら僕に投げながら小声でなにか言い合っているだけだ。

部屋調べさせろ

とバスケ部員が言った。僕は目をむく。

牧村ひかげ

え、あ、いや、ちょっと今は

机の上に、姉からもらったグラビア雑誌が開きっぱなしで置いてあるのだ。
実の姉の水着写真を見てた、なんて知られたくない。

おい、怪しいじゃねえか

封筒、部屋ン中隠したんだろ?

牧村ひかげ

ち、ちがっ

管理人さん

ちょ、ちょっときみたち!
なんです、どうしたんです

と年食った男性の声が人垣の向こうから聞こえた。
野次馬をかき分けて出てきたのは管理人のおじさんだ。


さらにその向こうに、透き通った金色の髪の人影が見えた。
美園先輩だ。

廊下の壁に手をついて大粒の目をさらに見開き、僕を凝視している。僕はなにか言おうとした。
でも先輩は長い金髪をひるがえして廊下を走り去っていった。

熱ぼったい絶望が僕を押し包んだ。


いや、なにを期待していたんだ?
助けてくれるとでも?
さっき、あんなに邪険に突っぱねたくせに。

僕が美園先輩に気を取られている間に、バスケ部員の一人が僕を押しのけてドアを開けた。

牧村ひかげ

ま、待って!

遅かった。もう一人、さらに一人、僕の部屋に押し入っていく。

啞然とする僕の背後で、だれかが管理人のおじさんに事情を説明している声が聞こえる。

僕も床を這って部屋に転がり込んだ。
雑誌なんてどうでもいいから素直に調べさせればよかった、と後悔する。


僕がやったわけじゃないんだから封筒なんて見つかるはずがないのだ。


でも、

おい、あったぞ

という声で僕は凍りつく。


バスケ部員がベッドの足下から拾い上げたのは、ぎざぎざに破れた茶色い紙片だった。


茶封筒?
見憶えがない。


おい、ちょっと待て、どういうことだよ、そんなの知らないぞ、僕は盗んでないぞ?

……あったのか

ほんとに?

牧村が

部屋の入り口に詰めかけた寮生たちがざわつく。
僕の唇がむなしく沈黙を嚙む。

なんだよこれ。
どうなってるんだ?
バスケ部員が僕の襟首を再びねじり上げる。

どこに隠したんだよ!

まだ言い訳する気じゃねえだろうな!

罵声が顔に叩きつけられる。
僕はもうなにを言っていいかもわからず、電源を引っこ抜いた後の扇風機みたいに力なく首を振るしかない。

管理人さん

きみたち、暴力はやめなさい

管理人のおじさんの声が遠い。

どうすんだこれ

先生呼ぶしかないだろ

牧村が……

警察か?

警察? 警察だって?

やめてくれよ、僕はやってないんだ、その封筒の切れっ端だって知らないうちに転がっていたんだ。

なんで。


なんで僕がこんな目に─

おい牧村なんとか言えよ

とにかくまず金返せよてめえ!

つかまれた肩が激しく揺さぶられる。




そのとき、声が響いた。

竹内美園

静粛になさい!

全員が振り向く。


部屋の入り口だ。
廊下にたまった人だかりを押し分けて、金色の光がこぼれ出てくる。

僕は目を見張る。

副会長……

美園先輩?

マジで

さっき帰ったんじゃ

ざわめきが広がっていく。
たしかに美園先輩だった。


僕は床にへたり込んだまま、先輩の顔を見上げる。
なんで戻ってきたんだ?


彼女は一人ではなかった。
手を引かれて、もう一人が人垣の中から滑り出てくる。
ざわめきがトーンを変える。

聖橋……?

うそ

実在したのかよ

僕はもう、度重なる驚きで呼吸のしかたもうまく思い出せなかった。


部屋のドアの前に出てきた二人目の少女は、たしかに聖橋キリカだった。

白んだ夜明けの空みたいな髪、肘までずり落ちたブレザー、首にマフラーのように巻かれた執行部会計の腕章。

その瞳は部屋をぐるりと巡った後で、僕の顔に向けられる。
手を差し伸べられたので、立て、という意味かと思って僕は腰を浮かせた。


でも、キリカは首を振った。

聖橋キリカ

そうじゃない。お金

とつぶやく。

牧村ひかげ

……え?

聖橋キリカ

事件、解決前払いなら千五百円。
後払いは千八百円

僕はあんぐりと口を開けたまま数秒固まった。
ここまできて守銭奴?
しかも解決ってなんのことだよ?


ちらとまわりをうかがうと、呆気にとられているのはやはり僕だけで、みんな固唾を吞んでキリカを見守っているのだ。
なんなんだこれ。

竹内美園

ひかげさん。キリカさんに任せておけば大丈夫です。キリカさんはそのためにいるんですから

美園先輩が真剣そうな顔で言った。

牧村ひかげ

……なんなんだよ

ようやく、声が漏れ出た。

牧村ひかげ

なんなんだよこれ? いきなり押しかけてきてわけわかんないこと言って

そのとき、キリカが右手を持ち上げた。
立てた人差し指を、自分の首筋─腕章の下に潜り込ませる。
その手が、左斜め下に払い落とされた。


首に巻かれた腕章がわずかに浮き上がって百八十度回るのを、スローモーションで見つめながら、僕は生徒会長の言葉を思い出していた。




─あれは二枚つないで帯状にしてあるんだ。

─あの子だけ、会計の他にもうひとつ役職があるんだよ。




うなじ側に隠れていたもう一枚の腕章が、首を巡ってキリカの正面に現れる。


紺色の生地に金糸で、こう刺繡されている─

《生徒会 総務執行部 探偵》

彼女は繰り返した。

聖橋キリカ

前払いなら千五百円。後払いは千八百円

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7│生徒会探偵キリカ 2 (3)

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