会長の言葉どおり、僕の仕事はそれからもとくになかった。

クラスメイトみんなの視線と、僕の隣の空席から放たれるプレッシャーに毎日負けて、一応は生徒会室に足を運ぶ。


でもやることがない。

キリカはずっと会計室にひきこもっているし、会長の話し相手は疲れるし、各委員会の巡回は美園先輩がひとりで全部やってしまうし、予算の話はさっぱりわからない。

竹内美園

いけませんひかげさん、掃除に洗い物なんてなさって!

雑用をしていると美園先輩が飛んできて叱られる。

竹内美園

家事なんてされたら、いい旦那様になれません!

意味わかんねえ。

牧村ひかげ

いや、でも、することないんですよ

竹内美園

ひかげさんは私の目の保養になるという大切なお仕事があります

どうやらこの人は僕の姉の牧村ひなたが好きで好きでしかたないらしく、多少なりとも姉の面影がある僕を見ているだけで満足するようなのだ。


これでも美園先輩はまだ僕を人間扱いしてくれる方だ。
キリカはもっとひどい。
たまに生徒会室で顔を合わせるとこんなことを言う。

聖橋キリカ

なんで毎日いるの

僕はむっとして腕章を指さす。

牧村ひかげ

不本意ながら庶務になりました牧村ひかげです、よろしくお願いしますね!

慇懃無礼(いんぎんぶれい)に言ってみた。

聖橋キリカ

不本意なら来なければいいのに

うっ。はっきり言われると困る。

牧村ひかげ

会長が、僕はキリカの補佐役なんだって言ってて……もうひとつの役職ってなに?

聖橋キリカ

要らない

会話成り立ってないじゃん、と僕は絶望的な気分になった。
それでも根気よく言葉を続ける。

牧村ひかげ

仕事があるならなんでも言ってよ。ひまだし

キリカはまつげを伏せ、首の腕章をちょっと指で引っ張ってため息をつくと、会計室のドアを指さした。

聖橋キリカ

開けゴマ

牧村ひかげ

普通に開けろって言えよせめて!

聖橋キリカ

イフタフ・ヤア・シムシム

牧村ひかげ

アラビア語ーっ?

聖橋キリカ

呪文ちがう?

牧村ひかげ

ちがう! いや、ちがわないけどちがう!

聖橋キリカ

じゃあいい

キリカは自分でドアを開けて会計室に引っ込んでしまった。
なんなんだ。


いちばんひどいのはもちろん会長である。

天王寺狐徹

ヒロム、柔術部から指導の依頼が来ているんだ。あたしの修めている古武術を参考にしたいらしい。受け身不可能な頭部破壊技があるんだが、実験台がいなくてね。ジャージに着替えてくれないか

牧村ひかげ

色々言いたいことはあるけどまず、僕はヒカゲです。いいかげん憶えてください

天王寺狐徹

ヒ……ヒトバシラ?

牧村ひかげ

ヒしか合ってねえし二文字も余ってるし人柱にしたいだけじゃねえか! 僕だって頭が潰れりゃ死ぬんです!

天王寺狐徹

でもヒロムは庶務だろう。仕事があるならなんでも言え、とさっきキリカに

僕は生徒会室を逃げ出した。

後で調べてみたら『柔術部』というのは柔道部とはべつにあるクラブで、その名の通り、柔道のルーツとなった戦闘技術を研究するやばい部活だった。

いくら膨大な生徒数を抱えて多様性を売りにしている学校といっても、なんでそんなものが認められているのかさっぱりわからない。

そうして僕は徐々に生徒会室に行かなくなった。


仕事がないせいもあったし、女どもが横暴なせいもあったけれど、いちばんの理由は勉強が忙しかったからだ。


六年制でカリキュラムが組んであるので、編入生の僕は授業にさっぱりついていけなかった。

おまけにこの学校はしょっちゅうテストがある。
入学してから二週の間に、もう二回もやった。

生徒の能力と適性を細かくチェックして、場合によっては年度の途中でも別の学科への移籍をすすめるためだという。


普通科に入ったのは失敗だった─というのが、入学して半月の僕の結論。
この白樹台には芸術科と体育科を含めて十四もの学科があって、普通科がいちばんテストと必要単位が多い。


僕が楽に卒業できそうなのは情報学科だった。

二年生からそちらに移れるように、というのが主なモチベーションになって、僕は放課後、足繁(あししげ)く図書室に通うようになった。


やっぱり僕に生徒会活動なんて合わないよ、と思う。

会長、美園先輩、それにキリカ。
みんな、濃密な熱を持っている人々だ。

僕みたいに、息をひそめてあと三年をやり過ごそう、なんて考えている人間にとっては、近づくだけで肌がちりちり焦げそうな気がしてくる。


一度、放課後すぐに生徒会長から校内放送で呼び出しがあったけれど、無視したらなんだか心が軽くなった。


そういうとき図書室は逃げ込むのに最適な場所だ。
聞こえてくるのはページをめくるかすかな音と、ときおり椅子を引く音だけ。

高等部第三図書室は天井の低い三階建てで蔵書もぎっしり、自習スペースも広くて、ほとんど「図書館」と呼んでいいくらいの環境だった。

けっきょく勉強にはあまり手を着けず、小説ばかり読んでいたけれど。


このままフェイドアウトかな。
やることがないんだから、僕が生徒会室にいる必要はないんだし、会長は飽きっぽそうだったし、僕のことなんてするっと忘れているだろう。

そうしたら思い描いていた通りの日々に戻れる。


この学園は敷地内に四つも図書室があって、ひまつぶしには困らない。


三年は長いけれど、なんとかなる。

白樹台学園は全寮制ではないので、寮生は全校生徒のおよそ四人に一人にとどまっている。

それでも敷地内に六つに分かれて点在する居住区は、それぞれが並の学校ひとつぶんくらいの規模の施設を備えた立派なものだ。


僕が住んでいる高等部第三寮、通称《トネリコ棟》は、蔦の這う赤煉瓦(あかれんが)造りの古びた佇(たたず)まいで、学校案内にもきまって写真が載せられる名所だった。

見た目はしゃれているけれど設備は古い。
シャワーはしょっちゅうお湯が出なくなるし、窓からは隙間風が入ってくる。

僕の部屋は一階の南の突き当たりで、とくに陽あたりが悪い一角だった。

いちばん古い寮だから、……出るぜ

僕が入居してすぐ、隣の部屋の高等部三年の先輩は、そう言っておどかしてくれた。

牧村が一人住まいなのは、あの部屋の前のやつが自殺して……

先輩たちは面白半分に話に尾ひれをつけていく。
やめてくれよ。


寮の管理人のおじさんに訊いてみたら、前の住人は単に卒業でいなくなっただけだった。
寮生が奇数なのでたまたま僕がその端数にあたっただけのこと。


でも、しょっちゅう衣装棚や靴箱からかさこそ音がして、夜はおちおち眠れなかった。
ネズミでもいるんだ、きっとそうにきまっている、と何度も何度も自分に言い聞かせた。
部屋のつくりがまた大正時代に建てられたホテルみたいに無駄に重厚で、住み心地はあまりよくなかった。


とはいえ図書室が閉まった後は他に行くところもないので、ひとりきりの部屋に戻って借りてきた本を窓際で読んだ。


棟の庭の花壇は眺めがよくて、寮にまつわるあれこれの中で僕が唯一気に入ったものだった。

部屋を訪れるのは管理人のおじさんだけだった。

管理人さん

手紙ですよ杉原くん

牧村ひかげ

いや、だから、杉原は僕じゃないです

もうこのやりとりは四度目だった。

寮生への郵便物は、まず管理人さんのもとにまとめて届けられ、それから各部屋に分配される。


僕が入居してから二日に一度という異様な頻度で手紙がきたのだが、みんな僕宛ではなく、どうやら前の住人宛に間違って出されたもののようだった。

管理人のおじさんはまだ住人が変わったことを憶えきれていないのか、毎度のように持ってきては

管理人さん

ああごめんごめん牧村くんでしたね、杉原くんはもういないんだっけ

と頭を搔く。

僕、そんなに記憶に残らない人間なんだろうか。いくらか自覚はあるけれど。

だから、四月の半ば、姉からの郵便が届いたときも、

牧村ひかげ

ほんとに僕宛ですか?

と思わず二度も確かめてしまった。

管理人さん

あ、ああ、牧村ひなたさんから。
間違いないでしょう?

大判封筒の中身は、水着の女が表紙のグラビア雑誌だった。
なんだこりゃ。

その夜、姉からメールが来た。


『愚弟、元気にやってる?』と彼女は書いていた。

『夜中にひとりでさみしい思いをしているだろうから、私がこないだ出た雑誌のグラビアを送るね。今日着いてるはず』

僕は勉強机に座って、かたわらの大きな封筒からはみ出た雑誌のカラーページを見やってため息をつく。
ミスキャンパスの大胆水着! というキャッチコピーには、なにか哲学的なものすら感じる。

あいかわらずだね姉さん。


携帯電話の画面をスクロールさせてメールの続きを読んだ僕は、呆然としてしまう。

『美園ちゃんに電話で聞いたけど、生徒会入ったんだって? むかし私がひかげの話をしたら興味津々だったもんね。クラス分けでわざと生徒会の子の隣の席になるようにして、生徒会室来るように仕向けたって言ってたけど、美園ちゃんほんとにそんなことできるの? あんたのところの生徒会そんな権力あんの?』

携帯を閉じて、机に置く。
そのすぐそばには、くしゃくしゃに丸めた紺色の腕章。

天井を見つめていると、廊下の足音と、腹減った、学食どこ行く、という声が聞こえた。
窓の外をどこかの運動部のランニングのかけ声が通り過ぎていった。


そんな権力あるのか?
あるのだろう、たぶん。
変な学校だし。

美園先輩は密かに腹黒そうな人だったし。


つまり、偶然じゃなかったわけだ。

あの人は、よくわからないけれど姉に憧れていて、姉の話を聞きたいとか姉とつながりを持っておきたいとかそんな考えで、クラス分けにまで手を回して僕をキリカの隣の席にして、生徒会室にやってくるように仕向けた。


なんだかなあ。
最初からそう言えばいいのに。

そしたら僕は実家に電話して、姉の卒業アルバムとか写真とか送ってもらって、先輩にどっさり渡して、それでおしまいにできた。


図書室のぬかるみのような陽だまりにすぐに戻れた。


あんな部屋に行く必要もなかったし、こんな腕章を押しつけられることもなかった。

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6│生徒会探偵キリカ 2 (2)

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