生徒会というのは読んで字のごとく生徒の会なので、その構成員は生徒全員である。

みんなが普段『生徒会』と呼んでいる、生徒会室に集まる五人の役員からなる組織は、正式には『総務執行部』という。

牧村ひかげ

五人、ですか

と会長に確かめた。

天王寺狐徹

五人だ

天王寺狐徹は生徒会長の執務机に腰をのせて答えた。
スカートからすらりと伸びた脚が危険な感じに組まれるので、僕は視線のやり場に困る。

天王寺狐徹

この白樹台では、合衆国大統領選と同様、会長候補と副会長候補がペアで選挙に出る。就任したら、書記と広報と会計を任命する。この五役を総称して執行部という

もっとも書記と広報は現在空席だけれどね、と会長は肩をすくめる。

天王寺狐徹

頼りにしていた先輩たちが受験のために引退してしまってね。後継者を育てていなかったのはあたしの手落ちだ。深く反省しているところだよ

牧村ひかげ

はあ。それなら

僕はさっきブレザーの左腕につけたばかりの腕章を指さす。

牧村ひかげ

この『庶務』というのはいったいなんなんでしょう?

天王寺狐徹

それは雑用とか使い走りとか奴隷とか三下とか雑魚とか戦闘員とかの文学的表現だ

だよね……。
そうじゃないかと思ってたんだ。

会長の背後に並ぶ重厚そうな黒檀の扉は、彼女の言葉通り、五つ。
僕の役職の書かれたプレートは見当たらない。

天王寺狐徹

生徒会役員は必要に応じてそれぞれ補佐役を任命できる。きみは役員じゃないけれど、立派な総務の一員だ。立派にあたしのために戦ってあたしのために死んでくれ

牧村ひかげ

いやですよ。
ええと、ほんとのところはなにする役職なんですか。なんで僕なんかを入れたんです?

訊ねると、会長はにんまりと笑い、机から飛び降りて僕に歩み寄ってきた。
膝が触れあいそうになる。


僕は後ずさり、ソファに腿(もも)の裏をぶつけてのけぞりそうになった。
足の甲を踏んづけられ、あごをつかまれるので、息もできなくなる。

天王寺狐徹

きみが気に入ったから、ではだめかな?

牧村ひかげ

え、な、なっ

天王寺狐徹

まあ噓なんだけれど

一瞬でもうろたえてしまった自分が情けない。

会長は身体を離すのだけれど、足は踏んづけたまま言葉を続ける。

天王寺狐徹

あたしは、そういう公私混同はしない主義だよ。これでも公選された人間だからね。
気に入ったからといって、いやがっている者をむりやり部下に加えたり賭けの対象にしたり弱みにつけこんだり脅迫したりなんてことは

牧村ひかげ

全部やられたよ!

会長はからから笑って僕のブレザーの胸をつついた。

天王寺狐徹

あたしがきみに頼む仕事は今のところ、とくにない

牧村ひかげ

ない……んですか? 会長の補佐役だって、さっき

天王寺狐徹

あたしの、とは言ってない

僕は首をかしげる。

そのとき、五つ並んだ黒檀の扉の左端が開いた。

聖橋キリカ

狐徹。
予算案の第二ができたからチェックし─

聖橋キリカは生徒会室に出てきてすぐのところで立ち止まった。

腕章マフラーに顔を半分うずめているので表情はわからなかったけれど、僕と会長をきつくにらんでいるのだけはわかった。

牧村ひかげ

……って、引っ込むなよ!

会計室にそのまま戻ろうとしたキリカを僕はあわてて呼び止める。

聖橋キリカ

なに

牧村ひかげ

い、いや、その、なにも言われないのがいちばん困る。なんかつっこんでよ

会長の足の下から上履きを引っこ抜いてキリカに近づく。


と、背中に会長の声。

天王寺狐徹

なんのためにきみを執行部に入れたと思っている?

振り向くと指を突きつけられる。

天王寺狐徹

ボケばかり三人でツッコミが足りなかったからだ

牧村ひかげ

漫才部行けよ!

天王寺狐徹

まあ今のも噓なんだけれど

牧村ひかげ

目がだいぶ本気でしたけど!

天王寺狐徹

ほんとうのところはキリカの補佐役だ。あたしのじゃなくてね

会長の指先が僕からそらされ、会計室の方に向けられる。
僕はもう一度そちらを振り返った。
キリカは黒檀の扉に半分身体を隠して言った。

聖橋キリカ

要らない。
会計の仕事は人数増やしてもしょうがない

天王寺狐徹

そっちじゃなくてもうひとつの方だ

キリカは少しの間、黙った。
腕章のマフラーのせいでくぐもった声が返ってくる。

聖橋キリカ

それも要らない。
それより予算案。早くチェックして

なにか小さなものをドアの前の床に放り捨てると、キリカは中に引っ込んでドアを閉めてしまった。


会長はなにやら愉快そうな笑みを浮かべながら会計室の前まで行ってそれを拾い上げる。
どうやらUSBメモリのようだ。
予算案の第二ってなんだろう。


いや、それよりも。

牧村ひかげ

……なんですか、もうひとつの方って

どうやら僕がなんの補佐をするのか、という話だったようだけれど、キリカがあの通りの反応なのでさっぱり事情が見えなかった。


会長が会計室の扉をあごでしゃくって言う。

天王寺狐徹

あの子、首に腕章を巻いていただろう

牧村ひかげ

ええ……

たいそう奇妙なファッションです。

天王寺狐徹

あれは二枚つないで帯状にしてあるんだ。
そうでなきゃあんなにだぶつかない

牧村ひかげ

そういえば

天王寺狐徹

あの子だけ、会計の他にもうひとつ役職があるんだよ。きみはそっちの補佐

牧村ひかげ

あー、書記か広報を兼任してるってことですか

あの性格からして広報は無理そうだから書記なのかな、と思ったけれど、会長は首を振った。

天王寺狐徹

どちらでもない。きみの《庶務》と同じく、特務だ。あの子は、我が白樹台の誇りのひとつだよ

牧村ひかげ

……なんですかそれ

天王寺狐徹

そのときがきたら本人が見せるだろう。あの子の数少ない見せ場だから、あたしがさらっと教えちゃうわけにはいかない

なんだそりゃ。見せ場?

だいいち僕はどうなる、どんな仕事かわからないのにどうやって補佐しろってんだよ?

牧村ひかげ

あの、会長も昨日の連中と同じってことですか?

天王寺狐徹

ん?

牧村ひかげ

僕がキリカといくらか会話が成り立ちそうだから、なんとなく話し相手に、って

天王寺狐徹

いくらか近いけれど、ちがうよ

と会長は笑った。

天王寺狐徹

言葉では説明しづらい。
一緒にいればそのうちわかる

副会長が生徒会室にやってきたのはそれから五分くらい後だった。

僕はそのときソファのそばに立って、プリントアウトした予算案を読み上げていた。
会長は転がっていぎたなくいびきをかいている。

竹内美園

ひかげさん、いらっしゃったのですってっ?

生徒会室のドアが開いて駆け込んできた人影に、僕は思わず目を細めてしまう。

まばゆいアッシュブロンドの髪に琥珀色の瞳、シャンパンのようにはじける笑顔。
うちの制服がなんだかべつものに見えるくらいのプロポーション。

竹内美園

まあ! ひかげさん、ですね?

と言って彼女が駆け寄ってくるので、僕は面食らって何歩か後ずさる。

天王寺狐徹

読むのをやめていいとは言っていないぞ

寝転がった会長がいきなり言った。
あんた眠ってたんじゃなかったのか、聞いてたのかよ?

しかしそれどころではない。
金髪女が僕に抱きついてきたからだ。

牧村ひかげ

ちょっ、な、なに

竹内美園

ああ、やっぱり!
ひなたさんのおっしゃっていた通りですわ、ひなたさんの面影があります

僕は彼女の腕の中で目をぱちくりさせる。
ひなた、というのは、僕の姉の名前だ。
姉を知っている?

天王寺狐徹

美園はきみと同じ編入生だ。
中学まではべつの附属中にいた

その中学校の名前は聞き憶えがあった。

姉が通っていた附属高と同系列の学校だ。
たしか大学までのエスカレーター校だったはず。

そこで姉と面識があったのかな。
同じ附属なら中高間で生徒の交流があるだろうし。




いや、だからってなんで抱きつくの?
僕は必死で彼女の腕をほどく。
すると彼女は今度は僕の両手を握りしめて視線を合わせてくる。

竹内美園

憧れのひなたさんの弟さんが白樹台にいらっしゃるなんて! 編入生名簿で見つけたときには小躍りしてしまいました

牧村ひかげ

はあ……

竹内美園

あっ、申し遅れました、私、竹内美園と申します。ああ、お逢いするなりはしたないまねをしてしまって

そう言って頭を下げる彼女の左腕に紺色の腕章が巻かれていることに、ようやく気づく。

《総務執行部 副代表》という金糸の刺繡文字。

牧村ひかげ

副会長さん、ですか

竹内美園

はい。生徒会のことでなにかありましたら、遠慮なくなんでも言ってくださいね。
狐徹はこの通りなんの気遣いもできないし、キリカさんもあの通り気遣うような余裕のある方じゃありませんから

天王寺狐徹

あたしは気遣えないんじゃなくて気遣わないんだ

と会長はソファの上で両脚をばたつかせて言った。

天王寺狐徹

安売りしたらありがたみがないだろ

僕は会長を無視して美園先輩に頭を下げた。
いきなり抱きつかれたのはびっくりしたけれど、どうやら会長やキリカに比べればずっとまともな人のようで安心した。


しかし、これで全員か、と僕は思った。

人手足りなすぎじゃないのか。
全校生徒は八千人以上いるというのに。

おまけに僕は生徒会役員がどういう仕事をするのかもさっぱり知らない。

竹内美園

書記も広報も探してはいるのですけれど、なかなかこれという人材が見つからないのです。狐徹の理想が高すぎて

と美園さんは透き通った細い眉を寄せる。

天王寺狐徹

問題は我々が三人とも麗(うるわ)しすぎるということだろうね

と会長。自分で言うな。

天王寺狐徹

選挙で負ける気はしないが新しい役員が見つかる気もしない。困ったものだ

むりやり連れてこられた僕も、役員じゃないわけだよな。
だいたい、なんで僕があの聖橋キリカの補佐役なんだ。
要するに子供のおもりかよ?

僕に任せられそうなことといったら、それくらいだろうけど。
だから役員じゃなくて《庶務》なんだろうし。

天王寺狐徹

さて

と会長はソファから飛び跳ねるようにして立ち上がり、僕の手からプリントアウトを引ったくって美園先輩に渡した。

天王寺狐徹

予算第二案。調整しようか

竹内美園

今年はいくつまでつくるつもりですの?

天王寺狐徹

第五案までかな。議会、図書委員、監査委員あたりには手の内を見透かされているふしがあるから、腰を入れてやらないと

美園さんはソファに腰を下ろして予算案に見入ってしまう。
会長は再びソファに寝転がり、当たり前みたいな顔をして美園さんの膝に頭を預けた。
美園さんもなにも気にせず会長の黒髪を左手で梳(す)き、右手でプリントを器用に繰る。

なんだこの二人……。


手持ちぶさたになった僕は、会長が飲み物をとりに立ったときに訊いてみた。

牧村ひかげ

予算案てあんなにつくるんですね。あれで会議とかで話し合ってベストの案を決めるわけですか? 委員会も部活も死ぬほどいっぱいあるんですよね、決まるのかな

天王寺狐徹

まさか。通す予算はもう決まっている。あたしの可愛いキリカが最初につくった第一案だよ

会長は冷蔵庫に寄りかかって言った。

牧村ひかげ

……え?

天王寺狐徹

きみは不動産屋に物件を探しにいったことはある?

あるわけないだろ。

牧村ひかげ

高一ですよ僕は

天王寺狐徹

でも将来のために憶えておくといい、不動産屋の常套手段だ。
彼らは必ず物件を二つ内見させてくれる。
一つ目が囮の、ひどい条件の物件。
二つ目が本命の、契約をぜひ結びたい物件。
囮を先に見せられた顧客は、本命の部屋を見て、これならずっとましだ、いい条件じゃないか─と心理誘導されて判子を捺(お)してしまうのさ

牧村ひかげ

はあ

なんとなく、言っていることはわかった。

牧村ひかげ

つまり低い予算を先に見せてから、第一案を見せて納得させるわけですか

天王寺狐徹

そういうこと。
これはね、こたえられない快感だよ

会長は爬虫類めいた笑みを見せた。
わかってはいたけれど、ろくでもない人である。

しかしさらにショックなことに、美園先輩もまた会長に膝枕を貸しながら

竹内美園

男子バレー部は関東大会メンバーがあらかた引退、部長も一年生です。もう少し足下を見てもいいのじゃないかしら

とか相談している。あんたもか!

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