ところが翌日にはもう教室じゅうの噂になっていた。

牧村おまえ生徒会入ったんだって?

鞄を机に置くなり、近くにいた男子生徒に訊かれる。

牧村ひかげ

え、え?

僕は目を白黒させて椅子に腰を落とす。

いいなあ牧村

なあ。入ろうったって入れないぞ生徒会

会長も黙ってれば美人だし

聖橋も黙ってなければ可愛いし……

聖橋って生徒会室に住んでるんだろ

てことはあそこで着替えてんの?

風呂もあるんだろ生徒会室だし

ないよ。馬鹿言うなよ。


……ないよね?
ぜったいないとは言い切れないのがこの学校の怖いところだけど。


その後もクラスメイトたちの興奮がおさまるきざしさえ見せないので、

牧村ひかげ

……うらやましいなら譲るよ?

と言ってみたら、全員そろって首を振った。

こういうのは他人事だから騒げるんだよ

本音はしまっとけよ。
わかってるけど聞きたくないよそんなの。


まあいいか、と始業のチャイムを数えながらぼんやり思う。こっちに入るつもりがないんだし、昨日の会長のあれも半分以上冗談だろうし、この話はこれでおしまいだろう。

放課後すぐの校内放送が僕の思惑をぶちこわした。

無理に可愛らしくつくった感じの女子の声が、教師の出ていった直後の騒がしい教室に響き渡る。

天王寺狐徹

OCS1‐Fの牧村くん、OCS1‐Fの牧村くん、至急生徒会室に来てください

しかし聞き誤りようもない。
生徒会長の声だ。

教室じゅうの視線が集まる。
鞄にノートを詰め込もうとしていた僕は机に突っ伏した。


なんで晒し者にするんだ。
ぜったいに行くもんか。
このまま寮に帰る。

天王寺狐徹

牧村くん、このまま寮に帰ろうとか考えないように! 十五秒以内に生徒会室!

牧村ひかげ

無理にきまってんだろ!

なんで校内放送ごしに僕の考えがわかるんだよ。

天王寺狐徹

無理じゃない、あきらめちゃだめだぞっ

なんで会話が成り立つんだよ!

がんばれ

ついでに撮影頼む

クラスメイトたちの無責任な声援を背に受けて、僕は教室を出た。

そのまま荷物をまとめて東京に戻ることまで一瞬考えたけれど、しかたなく生徒会室のある中央校舎に足を向ける。

フランスの宮殿の庭園みたいな花盛りの広い中庭を横切りながら、話す内容を頭の中でまとめた。


昨日のあれは誤解だと生徒会長に説明するべきだと思ったのだ。

生徒会室の目の前で、聖橋キリカとばったり顔を合わせた。

ふくれあがった購買部の袋を抱えているところを見ると、お菓子を買いに出ていたところだったのだろうか。

聖橋キリカ

……なんでまた来たの

開いたドアに身体を半分隠して彼女は訊いてきた。

聖橋キリカ

ほんとに執行部入ったの?

牧村ひかげ

いや、入りませんて言いに来たんだ。
会長、全然話聞いてくれなくて

聖橋キリカ

あの人はちゃんと話聞いてる。
無視してるだけ

牧村ひかげ

はあ

同じじゃないのか?

聖橋キリカ

入りたくないなら来なければいいだけなのに

牧村ひかげ

あー、ごめん……怒ってるの?

昨日ひとりのところを邪魔しちゃったから。
でもキリカはむっとした顔で首を振った。

聖橋キリカ

怒ってなんて……ない。どうしてわたしがあなたなんかに怒らなきゃいけないの

怒ってんじゃん。


キリカはさっと中に引っ込んでしまった。
おまけにちらっと室内が見えたけど他に人がいなかった。
校内放送で呼び出しておいて失敬な。


やっぱり─帰るか。
関わらないのがいちばんいい。







校舎を出て、中庭の高い木立が密集したあたりを通ろうとしたとき、背筋がぞくりとした。

気配だけじゃなかった。
実際に、芝生を踏む足音がいくつも背後に集まってくるのが聞こえた。


振り向いてまず目に入ったのは、柔道着姿で角刈りの屈強な男である。
顔立ちはめちゃくちゃおっさんくさかったけど、黒帯に白樹台学園柔道部、と刺繡してあるから、ここの柔道部員なのだろう。
その後ろにも二人、図体のでかい黒帯が控えている。

牧村ひかげだな? 1Fの?

僕はたじろぎながらもうなずく。
柔道部がなんの用?
なんで僕の名前知ってんの?

生徒会に入ったんじゃないのか。さっき放送で呼び出されただろう

牧村ひかげ

え、あ、いや、入るつもりないんで……

そうか!

柔道着男はにかっと笑って歩み寄ってきた。
僕は後ずさる。

ならば柔道部に入らないか

牧村ひかげ

え? な、なんで

そのとき、空を裂く音がして、僕と柔道男の間の地面になにかが突き立った。


木刀だ。
芝生に数センチ刺さって痙攣している。

柔道部は県大会にすら十数年出られていない未来のない部だぞ

木立の陰から声がして、いくつかの人影が陽だまりの中に歩み出てくる。

それより剣道をやろうと思わないか牧村君

黒い胴着に朱色の胴をつけた男たちだ。
竹刀や木刀を担いでいる。いったいなにごとですか?


啞然とする僕に今度は右後ろから声がぶつけられる。

格技系は臭うしモテねえぞ!

Tシャツ短パンの上にナンバー入りビブスを着けた連中が現れる。

一緒に国立目指そうぜ牧村!

サッカー部は合コンで酒飲みまくりだからそのうちばれて潰れっぞ。そんなやつらよりも俺たちと甲子園を

うちに入って花園を─

あたしたちと普門館─

確認できただけでも野球部とかラグビー部とか吹奏楽部とか演劇部とか書道部とか将棋部とかが、手に手に入部届用紙を握りしめて僕を取り囲んだ。

頭が真っ白になりかける。


新手のいじめ?
編入生をこうやってからかう学校行事かなにか?

牧村ひかげ

あ、あの、どう、どういう

牧村さん、総務会計としゃべったって聞いてます

同学年らしき吹奏楽部の女の子が僕に指を突きつけて言った。

ほんとですか

牧村ひかげ

……聖橋キリカと?
うん、まあ……しゃべったって言っても、ボールペン借りて、プリント類を代筆しただけで

ざわめきが津波のように広がり、人垣が狭まる。

やっぱりほんとだったんだ

あの聖橋と、しゃべっただけじゃなく

ペン借りた、だと?

代筆頼まれただとぉ?

なんでみんなして飢えた獣の眼になるんだよ!

牧村ひかげ

だから、それがどうしたんですか

わかってねえのか!

柔道部がいきり立つ。

あの女とまともに会話できるのは生徒会以外じゃおまえだけなんだよ!
なんでか知らねえが

牧村君が入ってくれれば総務会計に取り入って予算が上げられる!

けっきょく金かよ!

副部長待遇にするぞ!

うちは大学推薦のコネが

予算上昇分の三割をリベートに

好き勝手なことを口々に言いながら迫ってくる連中に気圧され、僕は逃げ出した。


でも木立のすぐ向こうは寮の壁で、あっという間に完全包囲されて逃げ場を失う。

入って! 兼部でもいいから!

とりあえずサインしろ!

五月過ぎたら名誉幽霊部員でいいぞ!

そのとき─

なにか大きな黒い影が僕の視界を真上から貫いて目の前の地面に突き刺さった。
芝と砂がもうもうと舞い上がる。


音という音が断ち切られてしまったかのような沈黙の中、ゆらりと立ち上がるそのブレザーの後ろ姿は、だれだかすぐにわかった。


束ねた黒髪が揺れ、啞然とする部活勧誘者どもを視線で撫で斬りにする。

……か、会長……

どこから

い、いま、飛び降りて─

だれかがうめく。
僕も息を詰まらせて寮の壁をちらと見上げた。

どこから飛び降りてきたんだ?
窓?
まさか屋上じゃないよな?


目の前に立つ女の背中に目を戻す。
顔は見えなくても間違えようもない、生徒会長・天王寺狐徹だ。

彼女は低い声で言った。

天王寺狐徹

あたしの可愛い部下を有象無象で取り囲んで、いい度胸だ

最初に剣道部の部長らしき男が我に返った。

……勝手なこと抜かすな天王寺!
牧村君は生徒会には入らないと言っていたぞ

天王寺狐徹

聞いてないな。あたしが聞いてないんだから言ってないのと同じだ

会長が口にしたものすごい理屈に、僕を含めて一同凍りつく。

天王寺狐徹

でも、あたしは寛大で公明正大だから、諸君にもチャンスをあげよう

言うが早いか会長の手が伸びて僕の左腕をつかむ。

気づくと、ブレザーの二の腕に紺色の腕章が巻かれていた。
安全ピンではなく、なぜか洗濯ばさみで留めてある。

天王寺狐徹

だれか一人でもこの腕章を奪えたら諸君全員の勧誘活動を許可しよう。好きなだけこの少年をもみくちゃにするといい

牧村ひかげ

ちょ、な、なんでそんな勝手なっ

僕は泡を食って会長の背中につかみかかろうとした。
いや、勝手じゃないのか、そもそも生徒会長が部の勧誘活動を邪魔する方がおかしいのか?


でもこれはどうなんだ、変なゲームみたいなことしてないで素直に助けてくれたっていいじゃないか!

……いいのか?

と人垣のどこかでだれかがつぶやく。

でも会長だぞ

全員で一斉に行きゃ、いくら会長でも

おまえ最初に行けよ

なんスか先輩だらしないスよ女相手に

うるせえな

おびえの混じったひそひそ声が交わされる。
だれも動こうとしない。

天王寺狐徹

なんだ。さっきまでの欲望むき出しの勢いはどうした、あたしはああいうエネルギーはきらいじゃないぞ

会長が面白がっている内心丸出しの声で言う。

天王寺狐徹

しかたないからハンデもつけてあげよう。
あたしは左手しか使わない

最初に反応したのはやっぱり剣道部長だった。
後ろの部下の手から竹刀をむしり取って芝生を蹴る。

天王寺ぃいいい死ねぇええええええ

ってちょっと待てなんで殺す気なんだよ!

会長の左腕が大きく円弧を描いた。
次の瞬間には剣道部長の長身はきれいに前転して寮の壁に背中から叩きつけられる。


しかし啞然としたのは僕だけだった。
みんな顔をゆがめるけれど、驚きはない。
会長ならこれくらいやると知ってるから?

なんでもいいから投げろッ

サッカー部が叫んだ。

サッカーボールとラグビーボールとテニスボールとバドミントンの羽根が雨あられと降り注ぐ。

僕は頭を抱えてうずくまった。
怒号とともに金の亡者どもが押し寄せてくる。

脚に突っ込めェッ!

どさくさで脚さわれ

パンツ脱がせ

倒せばなんとかな─んぶァッ

会長の左手が回転を速め、地面に転がったボールを次々と投げ返し、殺到する連中の顔面に正確にヒットさせていく。


壁沿いにすぐそばまで寄ってきたハンドボール部員が僕の肩をつかもうとした瞬間、会長が身をひねり、容赦のないデコピンがハンドボール部員を人垣まで吹き飛ばす。

左右から同時に行けっつってンだろ、会長だって左腕は一本しかねえンだよ!

なら部長が行ってくださいよ!

フィッシング部、ネット持ってこい、上からかぶせて踏んづけろ!

長刀部呼べ!

アーチェリー部連れてこい!

化学部も呼べ、催涙ガス!

もうむちゃくちゃであるが、数十人の襲撃者どもの無茶さを合計してもまだ及ばないほど天王寺狐徹はむちゃくちゃだった。


ラグビー部の三方向からの同時タックルを、僕を背中にかばいながら受け止めてびくともせず、ちょっと身を傾けただけでまとめてこかし、剣道部が迅雷のごとき速度で打ち込んできた竹刀を五本まとめてへし折り、新体操部が投げつけてきたバトンを左手でひとしきりジャグリングしてから投げ返し、俳句短歌部が投げつけてきた上の句に見事な下の句を投げ返す。




壁際にへたり込んだ僕は、呆然とするしかない。




あまりの事態に脳が煮えていたので、あんな短いスカートであれだけ激しく動き回ってよくパンツ見せずにいられるな……なんて品のないことを考えていた。


会長のスカートに深々とスリットが入れられているのに気づいたのはそのときだ。
どんな制服だよ。

天王寺狐徹

それで、どうする?

会長が、まだ収まる様子も見せない猛ラッシュを左手一本でさばきながら、ちらと肩越しに僕を振り返って言った。

牧村ひかげ

……え?

天王寺狐徹

ほっておけば毎日これが続くぞ

僕はめまいをこらえながら首を振った。
かんべんしてください。

天王寺狐徹

止める手はひとつだけだ。執行部に入れ

牧村ひかげ

きっ……汚いですよ!

天王寺狐徹

なんだか左手がだるくなってきたし昼寝でもするか

牧村ひかげ

ああもうわかったわかりましたよ!

僕は叫んだ。
会長の脇をすり抜けてつかみかかってきたバスケ部員を無意識に張り倒していたことに、自分で気づきもしない。

牧村ひかげ

入りゃいいんでしょ!

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4│生徒会探偵キリカ 1 (4)

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