僕の姉の名が《ひなた》だと言うと、だいたいの人は冗談だと思うらしい。

両親がどういう考えでこんな名前をつけたのかはわからないけれど、ともかく僕は物心ついて以来、できのいい姉と比べられ続けて育った。

姉の履歴書にはA附属小、B附属中、C附属高、とそうそうたる有名進学校の名前が並んでいるが、すべて別系列で、大学もまた無関係の私大を選んだ。
つまり一度もエスカレーター進学していない。

牧村ひなた

そうするとなんだか履歴書がすごそうに見えるでしょ。だからわざとそうしたの。
それに受験のたびに一年間、お父さんもお母さんも甘やかしてくれるし、エスカレーターなんてもったいない

……なんてことを真顔で言う、いやみなくらい優秀な姉だった。

母親の僕に対する口癖は「ひなたみたいにやれとは言わないけど」で、父親は「ひなたはおまえとちがって」で、どっちもうんざりしたので、中学に入ったあたりから真剣に家を出る方法を考えていた。


白樹台学園─という、都外の中高併設校への編入を志望したのは、校風に惹かれたからでもなければ将来の大学進学や就職のためでもなかった。
寮があって、奨学生として入れそうな学校がそこだけだったのだ。


どんな学校なのかろくに調べもせずに願書を出したし、学校見学にも行かなかった。
中学三年生時の勉強量は、僕の生涯の他の年すべてを足し合わせても及ばないくらいだろう。


合格してはじめて、白樹台があちこちとんでもない学校であることに気づかされた。
どうりで中学の進路指導の先生がしつこく「ちゃんと考えて決めた?」と訊いてきたり、資料を集めてきてくれたりしたわけである。
他に選択肢がないと思い込んでいた僕は先生の好意をみんな無視していたのだ。

先生ほんとごめんなさい。

総合大学なみの生徒数とキャンパスは、事前に情報として知っていても、実際に目にすると圧倒された。

しかもわりと大きな市街の駅前に広がっているのだ。
皇居かよ、と一瞬思った。
設立者は土地代を気にしなかったんだろうか。


春休み中に渡された教科書と予習問題を見て、僕はようやく自分の不明を深く恥じた。

白樹台はいちおう中等部・高等部に分けられてはいたけれど、その実態は完全に六年制の学校だった。


教科書は独自の六年間カリキュラムにあわせたもので、途中からの僕は正直さっぱりついていけそうになかったし、校舎も中等部と高等部ではなく学科ごとに分かれていた。
教職員の組織も中高であわせてひとつだし、生徒会も中高統一。

普通そういう学校って高等部の新規募集やらないだろ? と、ぶつけるあてもない文句が浮かんできた。


高等部からの編入生は全生徒の1パーセントにも満たなかった。
必然的に、クラスで浮くことになる。
内部生どうしですでに人間関係ができあがっちゃっているからだ。

いや、編入生でもちゃんと人付き合いができているやつもいたから、僕が悪いのかもしれないけど。


不運も少しあった。
寮はどこも二人部屋なのだけれど、僕だけ一人で使うことになったのだ。

高等部一年の寮生が奇数だったわけだ。
もちろんこれは幸運でもあった。

十二畳くらいの豪勢な部屋を気兼ねなく独占できたのだから。


そのかわり、話し相手をつくる機会はまったくなくなってしまった。

担任の先生が僕に届け物を頼んだのは、僕が聖橋キリカの隣の席だからという理由の他に、編入生で生徒会の事情をよく知らないから、というのもあったと思う。

千早先生

後期の選択授業とか、進路志望アンケとか、提出書類がいっぱいたまってンだ。ぜったい手渡しして、その場で書かせて職員室もってこい

入学三日目の春うららかな放課後、クラス担任の千早(ちはや)先生が僕の机にやってきてそう言った。

ヤンキーがむりやりブラウスとタイトスカート着てるみたいな若い女教師で、授業中だろうがこんな言葉遣いである。

牧村ひかげ

……なんで僕が

千早先生

私は生徒会室に行きたくない。めんどい。
おまえ隣の席なんだから責任もて

なんの責任だよ?

牧村ひかげ

隣って、だれなんですか? なんで生徒会室

僕の右隣の席は始業以来ずっと空席だった。

毎授業どの教師も、出欠をとるときにあきらめ顔で「聖橋」と名前を口にし、なんの確認もせずにさっさと次の生徒を呼ぶので、ずっともやもやしていたのだ。
不登校生なんだろうか。


でも千早先生は腕組みして言った。

千早先生

いいから、言うとおりにしないとおまえの通知表、保健体育だけ5にしてみんなに見せびらかすぞ

地味に効果的な嫌がらせやめてください!

先生が出ていってしまった後で、教室じゅうの同情の視線が僕に集まった。
合掌して念仏唱えるやつまでいる。
なんだよいったい。

……生徒会室、場所わかる?

学級委員の女の子が、おそるおそる訊いてきた。
クラスメイトから話しかけられたのはこのときがはじめてだった。

牧村ひかげ

わからないけど、まあなんとか

付き添ってやりたいけど、俺たちも命が惜しいんだ。がんばれ

他の男子生徒が言った。
なんだそりゃ。
男が次々と僕の周りに集まってくる。

いいか牧村(まきむら)

と一人が声をひそめて言う。
僕の名字憶えてたのか。

おまえは編入生だから知らないだろうが、この学校には『生徒会室占い』というのがある

牧村ひかげ

はあ

生徒会室に行ってドアを開ける。中に副会長しかいなかったら、大吉だ

俺、大吉一回しか引いたことない

でも美園先輩は近くで見たいよな

先輩の写真お守りにしてる

見せろ

売ってくれ!

俺、大吉当たったことない……

ならおまえ一緒に行ってやれよ

やだよ。おとなしく水泳大会まで待つよ

にわかに盛り上がるクラスメイトたちに、僕は目を白黒させる。
最初のやつが咳払いして話を戻した。

副会長と、他に会長とか色々いたら、これはまあ中吉だ

美園先輩としゃべれないかもしれないしな

写真とか絶対無理だしな

どうやら、副会長の美園という人はたいした人気者らしかった。

白樹台には中等部と高等部が分かれているという意識がまったくないので、『高等部入学式』みたいなものも催されず、したがって僕はまだ生徒会役員という連中を見たことがなかった。

で、だれもいなかったら小吉だ

ん?
無人でも小吉ってどういうこと?
その下があるの?


声がさらに落とされる。

会長だけいたら、大凶だ。死ぬと思え

お通夜テンションがクラスメイトたちに伝播していく。
僕はまったくわけがわからず、見回してからそっと訊(たず)ねた。

牧村ひかげ

……生徒会長、そんなにきらわれてんの?

いや。きらわれてたら選挙には勝てないだろ

そりゃそうだ。


クラスメイトたちが(なぜか自慢げに)説明してくれたところによると、現生徒会長の天王寺狐徹は、この白樹台学園生徒会の四十数年にわたる歴史上唯一、中等部一年生にして会長に当選した人物なのだという。


たしかにそれはすごい。
入学して半年で学園じゅうの支持を集めたということなのだ。

ここの生徒会は中高統一なので、当然ながら歴代の生徒会長のほとんどは高等部生から選ばれていて、中等部で当選した例がそもそも現会長を含めて三人しかいないのだそうだ。


それ以来、天王寺狐徹は四年連続で選挙戦を圧勝、学園に君臨しているという。

牧村ひかげ

でも、なんでそんな人気者なのに、みんなびびってるの

……動物園のライオンは人気者だけど、だれも触りたいなんて思わないだろ

うわあ。なんとなくわかる的確なたとえ話ありがとう。

でもそこを抜けないと聖橋には逢(あ)えないからな。がんばれ

そんな感じで僕は教室から送り出された。

肝心の、聖橋キリカというのがどういうやつなのかは、みんな「逢えばわかるから」とだけで、詳しく教えてくれなかった。

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