◇◇◇

颯太は魔法少女を選んだ。

サッカーは大切だ。

プロになってヨーロッパで活躍したいという夢は今でも捨ててはいない。

だが、魔法少女は現時点ですでにプロだ。

優先すべきは、そちらでいい……はずだ。

十八切符で特急から特急に乗り継ぎ、広すぎて頭がくらくらする東京駅では駅員に何度か乗り場を尋ね、いくつかの駅を抜けて目的地に辿り着いた。


頭には全体的にストンとしたクロッシェという帽子を被って角をカバー。

深く被ることで眉の下辺りまで隠してしまう。

淡い桃色のマキシスカートにはふんわりとしたフレアが入ることで下半身の体形を誤魔化すことができるようになっている。

これによって尻尾もカバー。

近所の量販店で揃えただけのことはあって、全体的に安っぽいのはいかんともしがたいが、一応形になってはいる。

下着だけはどうしても買うことができず、ラ・ピュセルのコスチュームをそのまま流用していた。

家から東京までこの格好で来た。

たまにちら見されるのは格好がおかしいからではないのだと思いたい。

旅行用のリュックサックとスニーカーはいつも通りの物を使用しているせいでバランスがおかしいとか、スニーカーのサイズが微妙に合わないせいで動きがおかしいとか、そういう小さな違和感だけですんでいるはず。

──やっぱりどこかで着替えればよかったかな。

トイレに入って着替えることも考えたが、岸部颯太がトイレに入り、ラ・ピュセルになって出てきてはおかしなことになる。

両親ともに家を空けるタイミングを見計らって変身し、誰にも見られぬようこっそりと出るのがベストなはずだった。

このような心配をしながら電車に揺られてやってきた颯太だったが、オフ会の会場であるファミレスに入ってみると、すでに参加者らしき人達が何名も集まって歓談していた。

聞き覚えのある単語が耳に入ってくる。

そちらへ近寄ると、皆、ふっと静まり颯太を見た。

颯太は緊張しながら頭を下げた。

ラ・ピュセル

あの、ここ、オフ会ですか?

そうですよ

ラ・ピュセル

はじめまして『魔法少女な子』です

おお、『魔法少女な子』さんですか

いやー想像してたまんまでびっくりしましたよ

肌綺麗っすねー

歓迎され、ほっと胸を撫で下ろした。

奥へと通され、腰を下ろす。

サッカー部の部長がいれば「眼鏡率高すぎ」といいそうな面子だが、今の颯太にとってはなにより求めていた人達である。

地元にもある、ファミレスのチェーン店の一角が、魔法少女を語る集いになっている。

これがオフ会なんだ、と颯太は胸を高鳴らせた。

ジェノサイ子

どもどもー『ジェノサイ子』です

ラ・ピュセル

あ、『ジェノサイ子』さんですか。いつもお世話になってます

掲示板の中心的な人物、ジェノサイ子。

ころんとした感じの若い女性だ。

わりと颯太がイメージしていたまんまかもしれない。

大盛りのフライドポテトに手を伸ばしながらにこにこと笑っている。

ジェノサイ子

『魔法少女な子』さんが参加するとは思ってなかった系ですよ

ラ・ピュセル

あはは

ジェノサイ子

美人ですねー

ラ・ピュセル

いやそんな

ジェノサイ子

ひょっとして、ご同業だったり? 顔もそうだけど体形とか……雰囲気が

ラ・ピュセル

はい?

ジェノサイ子

いや、わかんないなら気にしないでくださいな……あとは『ペレット』さんがくれば常連はフルコンプリートするのになあ

ラ・ピュセル

『ペレット』さんってオフ会には参加されないんですか?

ジェノサイ子

あの人は参加したことないですねぇ

 

「ジェノサイ子」は声を落とし、ラ・ピュセルに顔を寄せて囁いた。

ジェノサイ子

あの人ね、多分製作サイドの人なんじゃないかな。顔見せればわかる人がいちゃうからオフ会とか出られないって、そういうあれね

ラ・ピュセル

ああ、そういう

『ペレット』もまた掲示板の常連で、魔法少女の知識量では颯太を上回る。

特にマジカルデイジーの大ファンで、「マジカルデイジーが終わり、僕の青春も終わった」から始まる発言はコピペにもなった。

いわれてみれば、ただの噂話のようで、なのに妙な生々しさのある話……スポンサーの横槍とか声優の仲とか会社の方針とかそういう裏事情に纏わる話が多かった気もする。

主にマジカルデイジー関係で。

ラ・ピュセル

そういうアニメ業界の人でも掲示板にレスしたりしてるんですね

ジェノサイ子

あの掲示板、けっこう多いらしいですよ。かくいう私もね……ふふふ

ラ・ピュセル

え、『ジェノサイ子』さんも業界の人なんですか?

ジェノサイ子

いやーそれはちょっといえないんだけどね。ふふふ

何度か席を変え、自己紹介と歓談を繰り返した。

ラ・ピュセル

『カノッサ』さんは『魔法少女育成計画』やってないんですか?

カノッサ

話には聞いたんだけどね。どうもやる気になんなくて

ラ・ピュセル

都内じゃあんまりやってる人いないみたいですね

カノッサ

一部地域でブームのソシャゲってのも珍しいよね。内容聞く分には面白そうだと思うんだけど、なんでか食指が動かないんだよ。おっかしいよなあ。魔法少女系のゲームならやりたくならないわけがないのに。おまけに無料でしょ? 不思議とやろうって気にならないんだよ。本当よくわかんない。年齢かなぁ

話していると人間関係のようなものも見えてくる。

カノッサ

『みそ焼き』さんには気をつけてね

ラ・ピュセル

はあ

カノッサ

あの人さ、可愛い子がいると異常にはしゃぐから

ちらと「みそ焼き」氏を見る。

ブランド物のサマージャケットに「魔法少女」の四文字が美しい草書体で描かれた扇子を合わせるという、自己主張の強そうなファッションの男性だ。

顎鬚がなんとなく胡散臭い。

カノッサ

もう出入り禁止にしちゃえばいいと思うんだけどね。『ジェノサイ子』さんってそういうところ甘いからさ

ラ・ピュセル

なるほど……気をつけておきます

もう一度「みそ焼き」氏を見ると、目が合った。

会釈すると、向こうはにやりと笑って立ち上がった。

ひょっとしてこちらに来るつもりだろうか。

気をつけろといわれたばかりでそれは少々気まずい。

先んじて移動した方がよさそうだ。

颯太は「失礼します」と手刀を切りながら席を移動した。

ラ・ピュセル

はじめまして。『魔法少女な子』です

笑顔で名乗ったが、隣に座る少女はぺこりと頭を下げるだけだった。

ラ・ピュセル

ええと……

少女は少し戸惑ったような表情で颯太を見ている。

困らせてしまっているようで、こちらも困る。

なんとか話の接ぎ穂を探したが、魔法少女の話にも、掲示板の話にも、今日の天気にさえのってはくれず、頷き、あるいは首を傾げるだけで少女は話してくれない。

ラ・ピュセル

あの作品どう思います?

……

ラ・ピュセル

今日は晴れて良かったですね

……

ラ・ピュセル

魔法少女っていいですよねぇ

……んだな

会話の中で聞けた言葉は唯一これだけだった。

その後、「ジェノサイ子」に「あの方はどなたでしょう」と訊いてみたが、ジェノサイ子は首を横に振って肩を竦めた。

ジェノサイ子

さあ? 新規の誰かじゃない? まあ参加費払ってくれるなら誰でもいいさー

なんとなく気になる少女だった。

一人、会話に参加せず、黙々と食事を続けている。

顔形が似ている、というわけではないし、物静かなところや大人しそうなところも似ているわけではないのだが、どこか颯太の幼馴染を思わせた。

雰囲気だろうか。

気にはなったが、颯太にはそれ以上関わっている暇がなかった。

魔法少女トークに花を咲かせ、梱包材に包んで持ってきたレアアイテムを自慢し、魔法少女しりとりで盛り上がり、お土産をもらって「自分も買ってくればよかった」と後悔し、やたらと見た目を褒めてくる男をやんわりと拒絶していたら、もう電車の時間になっていた。

まだまだ話したいことはあったし、二次会や三次会も気になったが、ここで帰らなければ颯太よりも先に両親が帰ってきてしまう。

もしラ・ピュセルのまま家に帰って両親に出会ったりでもしたら大惨事だ。

かといって途中トイレで着替えるとしても、颯太が女子トイレから出てこなくてはならなくなり、そっちはそっちで大惨事になる。

ラ・ピュセル

今日はとても楽しかったです

ジェノサイ子

こっちこそ楽しかったよ

ラ・ピュセル

今度は掲示板で

ジェノサイ子

またオフ会やりますからその時もよろしく!

ラ・ピュセル

キューティーヒーラーの新作話しましょうね

別れ際、無口な少女に目をやると、こちらを見ながら──ほんの小さくではあるが──微笑んでいた。

なんとなく嬉しくなり、颯太はファミレスを後にした。

寄りたい場所、見たい物はあったが、時間がない。

東京見物はまたの機会にしようと駅までの道を地図で確認し、この裏の道なら近いと判断、五分ほど歩いていると、後ろから肩を叩かれ、振り返って驚いた。

や、どこ行くの?

 

「みそ焼き」氏だ。

店の中にいた時はなかった、やたらと大きなサングラスをかけているせいで胡散臭さが増している。

ラ・ピュセル

あの、なんで?

なんで僕がここにいるかって? そりゃ女の子を一人で帰すわけにいかないだろ?

ラ・ピュセル

いや、大丈夫ですから

遠慮しなくていいよ

遠慮しているわけではないが、聞いてくれそうにない。

ね、帰る前に色んなとこ見て回ろうよ? 東京在住だから詳しいよ?

人物評と、態度と、顔つきを合わせればなにを欲しているのかは中学生の颯太にも把握できた。

だが颯太には求められた物を与える気はまるでない。

ラ・ピュセル

いや、電車の時間が

大丈夫だって

ラ・ピュセル

家に帰らないと

帰ったってつまんないよ

ラ・ピュセル

そういう問題じゃなくて

あんなファミレスじゃなくてさ、もっとちゃんとした所で食事しようよ。フレンチとイタリアン、どっちが好き?

ぶん殴るわけにはいかないだろう。

断っても話を聞いてくれそうにない。

振り払って駅へ向かっても、そのままついてくるかもしれない。

そうなれば最悪だ。

颯太の人生で男にしつこくいい寄られた経験はない。

そうなったらどうしてやろうというシミュレーションも当然していない。

心拍数が上がる。

女性はこういう時にどうするものなんだろうか。

どうすればいい、どうすればいいと焦れば焦るほど慌ててしまう。

ああ、どうしようと困っていたその時。

待てい!

背後に日の光を背負った少女がいた。

特撮に出てくる戦闘部隊のようなコスチュームで、逆光の中にあってもはっきりと顔立ちは美しく、颯太は「ああ、これは確実に魔法少女だ」と理解した。

人気のない路地裏で女の子にしつこくつきまとうなんて許しがたーい!

な、なんだよあんた。その格好

そこは『何者だ!』がお約束でしょ

そんな話してんじゃねえだろ。部外者が口出しすんなよ

相手が嫌がってるのもわかんないの?

 

「みそ焼き」氏と魔法少女が揉めている。

魔法少女は「みそ焼き」氏の肩越しに、颯太に対してウインクをした。

つまり早く逃げろといっているのだ。

この辺を守っている魔法少女が、困っている颯太を助けてくれた、ということなのだろう。

颯太は魔法少女に一礼し、全力で駅まで走った。

そう、全力で走ってしまった。

駅に到着し、切符を取り出そうとリュックサックを見て異常に気がついた。

魔法少女のコスチュームは特別製だ。

魔法少女の運動に耐えることができる。

音を遥かに超える速度で飛ぼうと、地底深くまで潜っていこうと、破れたりほつれたりすることはない。

対して人間用の衣服は、魔法少女が着ることを想定していない。

人間並の速度で動くだけなら問題はないが、魔法少女の全力に耐えるだけの耐久力はない。

スカートは消し飛び、帽子が弾け、シャツはボロボロに、そしてリュックサックは中身ごとゴミクズと化し、レアアイテムがどうなってしまったのか察した颯太は悲鳴をあげた。

颯太の悲鳴を聞いた周囲の人間は颯太に注目し、その視線によって颯太はもう一度悲鳴をあげた。

最初の悲鳴はぎゃあ、二度目の悲鳴はきゃあ、だ。

思わず胸元を押さえてしまったのは反射か。

それとも本能か。

切符も財布もないため電車で帰ることはできない。

それどころか服がない。

恥ずかしさの余り、足が動かないでいる。

その場にへたり込んだラ・ピュセルの肩に、手が置かれた。

ラ・ピュセル

……え?

身体の色が変わっていく。

襟、袖、模様、ポケットやファスナーが生じ、それは一見すると、タイトな服を着ているかのようにも見えた。

片膝をついて背後を振り返った。

なにもない。

誰もいない。

やざがねもんだが家っごまではもづ

膝を中心に身体を回転させ、立ち上がりながら周囲三百六十度を確認したが、やはり誰もいない。

しかし今の声は幻聴ではなかった。

ボタンだろうとファスナーだろうと、触れば自分の肌に触れる。

それによくよく見れば服を着ていないこともわかるだろう。

だが誤魔化しくらいにはなっているはずだ。

なにが起きたのか理解できなかったが、周囲の注目を浴び続けていることは痛いほど知っていた。

選択肢はない。

ラ・ピュセルは視線を振り払って走った。

家までは遠いが、線路沿いに走っていけば帰りつけるはずだ。

──でも……なんだろう、これ?

魔法少女以外でこんなことができるわけはない。

東京とは、なにか困り事が生じる度に魔法少女が現れる、魔法少女の都なのだろうか。

人口密度が関係しているのか。

後日、「『魔法少女な子』さんがかわいかった」というオフレポを読み、颯太は力なく微笑んだ。

◇◇◇

窓からスカイツリーが見える、というホテルのパンフレットを真に受けて試してみたら、建設途中のビルが邪魔をしてツリーの先さえ見えなかった。

どうにかして見えないかと張りついたせいで、窓ガラスに頬の跡が残っただけだ。

ビジネスホテルのベッドに腰掛け、久慈真白(くじましろ)は落ちこんでいた。

クラムベリーから

「メルヴィル? 一つお願いがあるのですがよろしいですか? 近々魔法少女系サイトのオフ会が計画されていまして、そこに潜入していただきたいのですよ。魔法少女愛好者には魔法少女の才能を持つ者が多いといわれています。才能がある人を見つけたらスカウトして……いや大丈夫ですよ。貴女ならできますから。だから頑張って! ファイト!」

との命を受け、オフ会に忍びこんだところまではよかったが、自分の方から話しかけるのは気恥ずかしく、しかも途中からクラムベリーの現試験参加者であるラ・ピュセルが魔法少女に変身したままでやってきた。

慌てた真白は、ろくに仕事ができないままオフ会を終えてしまった。

真白を……魔法少女「メルヴィル」を信じて頼んでくれたのに、これではクラムベリーに申し訳が立たない。

色々と話しかけてくれたラ・ピュセルが気になってついていったが、彼女を助けたのは夢ノ島(ゆめのしま)ジェノサイ子だった。

メルヴィルは透明なまま出るタイミングを逸した。

服を失い困っていたラ・ピュセルを救ったのが唯一成しえたことだ。

あそこで立ち往生していたらラ・ピュセルはどうにもならず、クラムベリーの試験にも差し障りがあったかもしれない。

つまりメルヴィルはクラムベリーの役に立った……はずだ。

そう願いたい。

真白は反省をした。

人と話すことは得意ではないし、多数の見知らぬ人間に混ざるのはもっと苦手だ。

だが苦手で終わらせていては成長はない。

訛りに臆することなく、相手と話していけるように頑張ろう、と決意した。

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