オフの日の騎士

オフ会。
オフラインミーティング。

オンライン上のチャット、掲示板、MMORPG等で知り合った人々が、現実世界で食べたり飲んだり歌ったり話したり遊んだりする集いのこと。

オフ会に参加したいと思ったことは一度や二度ではなかった。

隠れて魔法少女を愛好する岸辺颯太にとって、魔法少女総合サイトの雑談掲示板が、唯一己の魔法少女愛を叫ぶことができる場である。

古今東西、あらゆる魔法少女を網羅した魔法少女総合サイト「マジマジカルカル」には魔法少女界隈どころかアニメ系サイトの中でも有数のカキコミ数を誇る掲示板があり、様々なスレッドが現れては消えていった。

掲示板常連のことは皆知っている。誰がどんな作品を好きなのか、どんなキャラクターが、どんな展開が好きなのか。

ある時は作品論を戦わせ、解釈について論じ合い、魔法少女の歴史を紐解き、愛を語り、魔法少女ファンとしてお互いを高め合ってきた。

オフ会が計画され、実行される度、オフレポを「ふん、馴れ合いだ」「話すならチャットでも掲示板でもいいだろうに」と醒めた目で読み、それと同時に「ああ、楽しそうだな」「僕が参加していたらどんなことを話していたかな」とも思う。

「キューティーヒーラー」ファーストシリーズのサイン入りコミック。

PS版「スタークィーン」のゴールドバージョン。

ジョイント部分に指を挟む事故が続出したことで早々に回収対象となってしまった「ひよこちゃん」変身セット。

同好の士でなければ価値がわからないレアアイテムを自慢したい。

実生活では、自慢どころか所持を教えられる相手さえいない。

颯太は中学二年生だ。

人生の中で一番格好つけたがりな年齢だ。

格好悪いということはなによりも悪いという価値観の渦中で生きている。


さらに颯太はサッカー部だ。

スポーツマンで通している。
特にサッカー部の現部長は「科学部ってなんであんなに眼鏡率高いんだろうな」などと機会さえあればインドア派を馬鹿にする体育会系一直線で、今のサッカー部もそんな雰囲気一色に染まっている。

颯太も場の空気に合わせて適当に流してはいるが、もし魔法少女が好きだなんてことが知られたらどうなるか考えたくもない。

アニメ好き、漫画好き、といった男子もいるにはいる。

だがそういったオタク系の男子であっても、颯太のように魔法少女一本槍ではない。

少年漫画等であれば世間の目も多少は優しくなるだろう。

だが魔法少女ではそうはいかない。

年端もいかないアニメ絵の少女を性的な目で見ている、というふうにしか世間は考えてくれない。

岸辺颯太(きしべそうた)にとって、魔法少女ファンであることを知られるのは、社会的に抹殺されるのとほぼイコールで結ばれている。

この秘密は絶対に知られるわけにはいかない。

それがオフ会に参加できない理由の一つ目だ。

もしオフ会に参加して、それを知り合いに目撃でもされたら……「あれ? 岸辺? こんなとこでなにやってんだ? これなんの集まりなん?」なんて訊かれたりしたら……誤魔化すことができなければ、翌日以降、学校での居場所はなくなるものと思っていい。

理由はもう一つある。

颯太はサイト内で性別を偽っていた。

所謂ネカマだ。

悪気があったわけではないし、倒錯的な願望があったわけでもない、はずだ。

気がつけばなんとなくそういうポジションに落ち着き、いつの間にか女性であるということになっていて、皆からはお姉さんと呼ばれるようになっていた。

「魔法少女な子」というハンドルネームが悪かったのかもしれない。

オンで女の子だと思っていた相手にオフで会ってみたら四十過ぎのおっさんだったという笑い話はよく聞くが、まさか自分がそうなってしまうとは思わなかった。

いやー実は男子中学生だったんですよと笑いながら参加できるほど颯太は面の皮が厚くない。

むしろ思春期なりにナイーブな方だ。

リアルでは隠れ潜み、ネットでも屈託なく全てを話すというわけにもいかない、孤独なマニア道を歩んでいた。そんな颯太がソーシャルゲーム「魔法少女育成計画」と出会ったのは半年前のこと。

本物の魔法少女になったのは半月前のことだ。

「魔法少女育成計画」というゲームには、プレイしていると本物の魔法少女になることがあるという噂があった。

もっとも颯太は魔法少女になることを期待してゲームをしていたわけではない。

少女でない自分が魔法の力を身につけたとしても、見た目的に大変みっともないことになる。

キューティーヒーラーやスタークィーンのコスプレをしている自分を想像すれば容易に予想できることだ。

ゲームとして楽しむならともかく、実際魔法少女……この場合は魔法少年になるのはごめんだった。

颯太はあくまでも純粋にゲームを楽しんでいた。

理想の魔法少女を作るという作業が、魔法少女ファンにとって楽しくないわけがないのだ。

が、魔法少女になった。
なってしまった。

いや困るから。確かに魔法少女は好きだけど。自分がなりたいってわけじゃないからね

ファヴ

そんなのこっちだって困るぽん。せっかく男の子の魔法少女はレアなのに

それはレアなんじゃなくて需要がないんだろ

ファヴ

需要はあるぽん

ないよ

ファヴ

いやあるぽん

ないない

ファヴ

もう面倒臭いから鏡見てもらえないぽん?

そんなおぞましい

ファヴ

なんで魔法少女の実在をあっさり受け入れてるのにそこまでかたくなぽん

だって魔法少女はいるだろ。実際いたじゃん

ファヴ

あのね。人の話聞かないタイプだってよくいわれたりしてないぽん? ていうか自分の声で気づけよ

この後マスコットキャラクターのファヴによる献身的な説得があり、鏡を見たり、魔法の力を知ったり、本当に女の子になっているのか独自の調査が行われたりして、岸辺颯太は魔法少女「ラ・ピュセル」として活動していくことを引き受けた。

幼稚園の頃、幼馴染と一緒にアニメを視聴して以来、ずっと魅了され続けてきた魔法少女達。

大きな夢を持ち、不思議な魔法を使い、人々の幸せのために働き、時には悪と戦う、そんな魔法少女になったのだ。

魔法少女になってから一週間は、ただただ忙しかった。

余暇を使って人助けをしているのだから、そこまで忙しかったはずもないのだが、まだ慣れていなかった。

先輩魔法少女との交流や、正体を明かさずにする人助けといった各種活動は、颯太を気疲れさせた。

だが、一週間が経過すると、魔法少女にも慣れてきた。

夜にこっそりと自室の窓から抜け出して街に繰り出し、困っている人を探して助け、キャンディーを増やし、朝になったら帰還するという活動が生活サイクルの中に組み込まれるようになっていた。

人間、慣れてくると余裕が生まれる。

余裕が生まれると余計なことを考えるようになる。

男である自分には絶対になれないと思いこんでいた魔法少女になり、頂点を極めていた興奮は、時間を置くことで多少クールダウンした。

冷静さを取り戻した颯太は、この力は悪用できてしまうのではないかと考えた。

颯太がまず最初に考えたのは「絶対に捕まらない泥棒とかできちゃうな」だった。

だが慌てて打ち消した。

スラプスティック系のギャグ魔法少女漫画ではなくもないが、魔法少女として犯罪行為に走るのは言語道断だ。

「キューティーヒーラーシリーズ」でダークキューティーが銀行を襲ったことがあったが、あれはあくまでも悪役がやったこと。

「ベイビークラウン」という魔法で盗みを働く怪盗を描いた作品もあるが、高潔なる魔法騎士「ラ・ピュセル」とはキャラクターが違う。

「盗みはよくない」という結論に達した颯太が、ベッドの上で寝転びながら次に考えたのは「変身してれば女湯に入れるよな」という考えであり、その考えに至ってしまった自分の卑小さを恥じた。

恥じると同時に、その考えをさらに一歩進めた。

変身していれば……オフ会に参加できるのではないか?

オフ会に参加できなかった理由は二つあった。

一つ目は知り合いに見られると困るということ。

二つ目はオンラインで性別を偽っていたということ。

どちらもラ・ピュセルに変身していれば解決できる問題なのでは?

念願のオフ会に参加できるかもしれない。

そう思って鏡に映るラ・ピュセルの姿を見た。

角があった。

これは問題だ。

普通の人間に角は生えていない。

それに尻尾もある。

こっちも問題だ。

理想の魔法少女を作ろうと足したり引いたりしている間に、ただの騎士に竜の要素を加えてしまった結果がここにある。

ああ、余計なことをするのではなかったと後悔し、同時に前向きに考えた。

この二つを隠すことができればオフ会に出ることができるのでは?

颯太は変身を解除し、パソコンを立ち上げた。

次のオフ会が予定されていたはずだ。

「マジマジカルカル」のオフ会スレッドで次回オフ会の日時を確認する。今からちょうど一週間後。

日曜日。

場所は都内のファミリーレストラン。

昼はファミレスで、夜になったら二次会三次会を予定しているらしい。

──参加、したい……。

参加できるかもしれないと思うと無性に参加したくなってくる。

魔法少女のことを話したい。

語りたい。

持論をぶつけ合いたい。

自慢したい。

そういえば前回は魔法少女カルトクイズ大会なるものが企画されたと聞いた。

自分の知識ならどこまでいけるだろう。

優勝は無理でも、けっこう上位には入れるんじゃないだろうか。

そんなことを考えるとどうにもじっとしていられない。気がつけばオフ会スレッドに参加したいという旨をこっそりと書き込んでいた。

「『魔法少女な子』さん、参加するんだ。初参加?」

「『魔法少女な子さん』が参加してくれるとは嬉しいなあ」

颯太の参加表明に対し、こんなレスポンスがあった。

もう後戻りすることはできない。

腹を括ってオフ会に参加するしかない。

ラ・ピュセルに変身する。そして魔法少女の衣装を脱ぎ去り、着替え、どこにでもいるような女の子のふりをしてオフ会に出向く。

これが颯太の立てた作戦だ。

障害となる角と尻尾は、隠す。

角はニットキャップでも被ればいいだろう……と思っていたら、想定以上に長さがあったため、ニットキャップを貫通してしまった。

キャップではダメだ。
ハットでなくては。

しかもできるだけ背の高いものがいい。
それなら角を隠すこともできる。

探した。
どこにもなかった。

借りるといってもあてはない。

颯太の友人知人に帽子をたくさん持っているようなお洒落な人種はいない。

一人っ子であるため兄弟姉妹から借りることもできず、母や父にも期待できない。

クラスの女子や幼馴染の女の子に

「君の帽子を貸してほしい」などと頼めば変態扱いされるかもしれない。

先輩魔法少女のシスターナナならそんな帽子を持っているかもしれないが、だからといってどうやって頼めばいいのだろう。

角を隠せるような帽子が欲しいといえば、当然角を隠す理由も話さなければならないだろう。

高潔な騎士としてのイメージは失墜し、シスターナナからも哀れまれるか、馬鹿にされるか、見下されるか、どれも嫌だ。

タオルをターバンのように巻く。

ワックスで髪を固めて角を隠す。

シスターナナのようなヴェール。

どれもいまいちしっくりこなかった。

オフ会は諦めるべきなのだろうか。

だがここで諦めたら、一生涯オフ会には参加できないような気がする。

颯太は二つ折の財布を開き、内側に差してあったキャッシュカードを一枚抜き取った。

このカードには新しいスパイクを購入するためのお金が入っている。

少しずつ、少しずつ、小遣いから、お年玉から、母に頼まれた買い物のお駄賃から、抜き出し、浮かせ、貯めてきた。

颯太はカードを見詰めた。
今、彼は岐路に立たされている。

一方は魔法少女。

一方はサッカー。

どちらも颯太の人生において重要な位置にあった。


だが、選ばなければならない。

二つとも選ぶことは許されない。

許されるだけの財力は、今の颯太にはない。

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