冗談には感じられない。


彼女の瞳からはどんな罰も要求も、潔く受け入れるという断固たる決意が伝わってくる。




幾分出し抜け気味に突きつけられた移籍案は、ここに来て初日の俺だったなら大喜びで飛びついただろう。

役人の見張りつきとはいえ、少なくとも命の危機から遠ざかれるのなら破格の条件である。


だが彼女の教師としての覚悟をもって提示された案に、俺は大袈裟に肩を竦めながら、心の中である決断をした。

平桔平

……“冗談もほどほどにしてくださいよ”。機密を守れる保証もない俺を、先生達が見逃すわけないじゃないですか。それに訊きたかったのは、学校側がどこまで事の真相を把握していたかってことだけですし

あくまで今まで通りの、巻き込まれ系一般人の役割を貫き通したのだ。


……馬鹿だ阿呆だと罵るなら勝手にしやがれ。


なにせ俺は折角のチャンスを棒に振っちまったんだ。


だがよく考えてもみろ。


もし俺がここから去ったとして、また別の普通人が連行されてきたらどうする?

その可哀想な学生Aはきっとあの委員長に斬られ、あの茶髪のノリ軽男にスられ、あの陰険男に騙され、あのふんわり少女につきまとわれ、あの金髪ヤンキーにボコボコにされるだろう。

俺としては、自分の我が儘のせいで見ず知らずの民間人がそんな災禍に見舞われるのは大変遺憾である。

それにやっと不登校から立ち直ったあの無表情系少女だっている。

ここでは無力なあいつのため、不本意ではあったが『俺が代わりに傷つけられてやる』なんて言質を取られてしまった以上、早々にその約束を覆すなんてみっともないマネはできない。


赤の他人のため、または、か弱き少女のため、平桔平はここに残ることを決断する。

──ま、それが妥当な言い訳だな。

俺の返事に女教師は思いがけず呆気に取られていたが、そこに隠された意図を読み取るとゆっくりと口元を緩ませた。

柊瑞穂

……そう、ね。ごめんなさい。今のは悪い冗談だわ。ここの秘密を知ったあなたを野放しにするなんて、無謀にもほどがある

平桔平

はっ……。ああもう全く、いつになったら卒業できることやら

俺も不敵に笑いかけてみせる。

こうして両者の間に、暗黙の協定が結ばれた。




この瞬間、平桔平という人間は、自他共に認める昏忌高校二年D組の生徒となったのである。

柊瑞穂

……ところでこれは余談だけど、学校側が把握していたのは犯人が別々に存在したということと、殺人事件の犯人が例の警官だったということの二点だけよ。空き巣を働いた人間に関しては本当に想定の埒外(らちがい)だったわ。そういう点では、平君には菊菱忍さんを発見して連れ戻してくれた功績においても感謝しなくちゃね

平桔平

そうなんですか? 忍さんの特性を考えたら十分予想がついたと思うんですけど

柊瑞穂

彼の特性はあまり重要視されてなくて、まだ全体に資料が行き渡ってなかったから、情報共有がなされてなかったせいかもしれないわ。でもまさか生徒の模範たるべき教師が犯罪的特性を抑えきれないだなんて……ふふふ、少しお灸(きゅう)を据えられてしまうかもね

平桔平

…………

発言の内容とは裏腹に、柊先生は机に頬杖をつきながらあらぬ方向を見つめ、今までで最も妖艶な笑みを形作る。


底知れぬ恐怖を喚起するギャップに、やっぱ提案に乗るべきだったかなと後悔の念が生じる。

忍さん学校で一番良い人そうなのに……。




美人女教師が内に秘めた残虐性を垣間見せると、すぐに明るい口調に変わってこちらに向き直った。

柊瑞穂

それじゃ、彼らとはこれからも仲良くしてあげてね。放課後はどこか遊びにでも行くの?

平桔平

……仮にも教員なら、下校時の寄り道は注意すべきでしょ

柊瑞穂

ケースバイケースよ。上手く規則を破れるようにならないと社会に出てから辛いわよ。それでこの後、予定はあるのかしら?

弦巻の考えにも似た教えを語る先生に対して、俺は何も答えずに「失礼します」と一礼を残して職員室を後にした。


廊下を玄関口に向かって歩を進めながら、俺はつくづく思う。

……本当、一筋縄じゃいかねえ連中と関わるハメになっちまった。

弦巻藤吾

お、やっと来たか桔平ちゃん。随分と待ったんだぜ

玄関には弦巻が待ち構えていた。俺はやはり適切な距離を保ちながら、

平桔平

悪い。先生への報告が長引いちまって

弦巻藤吾

謝るほどのことじゃないよ。でも早くしないと店が混んじゃうからね

ふと見ると校舎を出たところで、クラスの面々が勢揃いしていた。

端っこには菊菱遊の姿もある。


実は柊先生の指摘は図星だった。




放課後は弦巻の発案で、皆でカラオケに行く予定である。

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92|七日目 罪校生一同―ざいこうせいいちどう―

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