カチッ、カチッ。
カチッ、カチッ。
だが──弾丸は発射されない。
意味も分からず何度も何度も引き金を引くその姿は、俺の目には滑稽にすら映った。
はーい、すんません。その銃の弾丸、もうスッちゃいました
男の背後から少し距離を開けた場所に、今度は弦巻藤吾がヤンキー座りでしゃがみ込んでいた。
弦巻はへらっと笑いながら、手の中で弾丸をチャラチャラと音を立てて弄んでいる。
何ぃぃぃぃ!?
彼には悪いが「何ぃぃぃぃ!?」はこっちの台詞である。
突如として連続強盗殺人犯に命を狙われたかと思えば、クラスメイトが現れてそいつを圧倒している。
目まぐるしく入れ替わる展開に頭がついていかないのはこちらも同じだ。
いつからここにいるのかとか、どうしてあんな酷いことを言った俺を助けに来てくれたんだとか、至極真面目に尋ねたいことは山ほどあったが、今俺が声を大にして言いたいことはこれだ。
お前ら──バトル展開もいけんのかよ!?
八重梅の斬撃はともかく、弦巻の戦闘方法はイカしすぎだ。
そのうち「あんたの命もスッてやるぜ」とか言いだしかねない。
ち……畜生!
ナイフと銃。
頼りにしていた二つの武器を失った警官は、敗北を悟ってそのまま真っ直ぐ、玄関に向かう廊下へと逃走を開始する。
だが不幸にも、そこにはラスボスが立ちはだかっていた。
──てめえ
その眼差しには悪鬼羅刹(あつきらせつ)ですら平伏して許しを乞うのではないかというほどの殺気が漲り、発せられた声は冥府の底から響くような怒気を孕んでいる。
なにウチのクラスメイトに手ぇ出してんだコラァァァァァァ!!
がっはぁぁぁぁ!
人性悪乃が繰り出した前蹴りは、向かってくる男の腹にジャストミート。
あろうことかあの超絶の破壊力を、全速力の勢いがついた状態で真正面から食らったのだ。
哀れ殺人鬼は数メートル後方へ吹き飛ばされた後、大の字に横たわったままガクリと気を失った。
失せやがれ(ファックオフ)……サノバビッチ
…………
──この人、かっけぇぇぇえぇぇぇぇ!
親指を下に向け、決め台詞つきで悪を成敗したその姿は男気すら感じさせる。
これからは姉御と呼ばせていただこう。
桔平君、怪我は大丈夫!?
人性の姉御の後ろから、鳥居笹が今にも泣きだしそうな顔でとてとてと駆け寄ってきた。
へへへ、これはまた散々な目に遭いましたねぇ、平さん
お、お前……
よく見れば廊下には巴も口の端を吊り上げながら立っていた。
気のせいか、先ほどの去り際に見せた笑みよりも一層、陰湿さが増している。
いんや〜、まさか学校を休むとは思わなくて、全員がこっちに来るのが遅れちゃった。悪かったね、桔平ちゃん
鳥居笹から応急処置を施されながら、俺は弦巻の発言に目を丸くした。
……ひょっとしてお前ら、犯人がこいつだって知ってたのか?
まーね。説明はするけど、まずはこの人を警察に引き渡さなくちゃ
弦巻は倒れる犯人を一瞥すると、鼻歌でも歌うような調子で一一〇番通報した。
……結局この犯人は名前すら出てこなかったな。