──イカレてやがる。
そうやって……何人も殺してきたのかよ
そうさ! 奴らは誰も彼も、家で一人きりなのにもかかわらず、アホ面しながら日常を満喫してやがった! そんな連中の危機意識を高めるために、僕がわざわざ出向いてやってるのさ! この殺人が話題になればなるほど、この街の安全はより強固になっていく! 自己を防衛する努力を皆が行うようになる!
──イカレてやがる。
市民の安全性を高めるために市民の命を脅かすなんて、矛盾以外の何物でもない。
そう言い返してやりたいが、暴論をぶちまける猟奇犯と口論なんかしてる余裕はない。
今は自分の身を守ることで精一杯だ。
しかし退路を失くして手詰まりとなった俺の頭脳に、現状を打ち破る秘策は一向に降りてこなかった。
それもそうだろう。
ろくに護身術も持たない俺にとって、この襲撃には最初から撃退の手段などなく、取り得る戦略は全て、一方的な暴力に対する延命の悪あがきにすぎないのだから。
相手は狩りの成功を確信したのか、右手に銃を、左手にナイフを握ったまま、こちらにじわじわと歩み寄る。
そうだ、そのまま大人しくしてろよ……。銃で簡単には殺さない。このナイフで生きたまま身体中を斬り刻んでやる
爛々と、濁った輝きを放つ男の眼からは人間の理性が取り払われ、まるで獲物を前にした凶暴な肉食獣を彷彿とさせた。
敵は一歩一歩俺のもとへ近づき、とうとう両者の間合いはその鋭利なナイフの届く範囲に達しようとしていた。
ヤバい。
これは──死んだ。
しかし唐突に訪れたこの不合理な結末を、すんなりと受け入れている自分もいた。
結局、犯人の正体は学校とは全く関係のない人間だった。
なのに俺は、たった一晩で膨らんだ妄想に踊らされ、挙げ句の果てに「あいつらが犯人かも」と謂れのない罪を着せてしまった。
もし俺があいつらをちゃんと信頼できていれば、もっと違った展開になっていたかもしれないのに。
だからきっと、これは俺みたいな大馬鹿にこそ相応しい……報いなのだ。
凶刃が妖しく煌めく。
俺は己の運命を甘受し、静かに瞼を閉じた。
その瞬間だった。
──KILL(斬り)刻むというのは、こういうことでしょうか?
鈴のように凛とした声と共に、空を切り裂くような高音が部屋の中に響き渡った。
驚いて目を開けると、いつの間にか八重梅規理が藤色の竹刀袋に収められた刀の柄に手を添えた状態で、警官の横に佇んでいた。
そして、彼女の持つ刀はすでにその威力を発揮していたようだ。
意表をつかれた俺と警官が動きを止めていると、ナイフを握った警官の指が根元からズルリと零れ落ちた。
う、うおぉぉぉぉぉぉ!
彼にとっては苦痛よりも驚愕が大きかったようで、親指以外の全てが切断された左手を見て悲鳴を上げた。
ボタボタと床に落ちる指に、ナイフの重い落下音が続く。
本当は校外での問題行動は控えなければならないのだけれど……正当防衛ならば不問よね?
くそおっ!
警官は涼しい顔の八重梅に向かって右手に持った銃を突きつけると、躊躇なく引き金を引いた。