菊菱のマンションに到着し、部屋の扉の前に立つ。


だがインターホンを押そうとした時、ガチャリと向こうからドアが開いたので驚いた。

菊菱遊

……一人?

菊菱は微かな隙間から俺の顔を注視する。


昨日と変わらず人形のように整った造形に感情の読めない瞳だが、やはり女の子に見つめられるというのは緊張する。




ちなみに服装はジャージの上下で、小さいサイズでも手が袖に埋もれてるのが可愛らしい。

平桔平

一人だけど……どうして俺が来たって分かったんだ?

菊菱遊

それ

彼女は俺のポケットの四角い膨らみに視線を動かした。

菊菱遊

平の携帯のGPS機能を利用して位置情報を割り出していた。平のいる場所や携帯での会話は手に取るように分かる

平桔平

いつの間にそんなことしてやがった!?

もしかして昨日の騒動の時か? 
こんなタイミングで異能を発揮しやがって。

今後は控えるようキツく言っておかないと。

菊菱遊

入って

キョロキョロと辺りを見回すと、菊菱は俺を中へ招き入れた。

部屋の間取りは学生らしく1K。


自炊はしていないようで薬缶だけがコンロにのせられたキッチンと小型の冷蔵庫、脇にはコンビニ弁当の空き箱が詰め込まれたゴミ袋が積まれ山となっていた。


連れられた奥の部屋はおよそ六畳分の広さで、色彩に欠ける壁紙やカーテンに、安っぽいテーブルと座布団だけが置かれた殺風景な内装だった。

平桔平

ハッカーって聞いたから、薄暗い中配線だらけの高性能パソコンでもいじってんのかと思ってたけど、案外そうでもないんだな

菊菱遊

そんなものがあれば私自身何をしでかすか分からない。だから所有する機械は携帯電話と旧型のノートパソコンだけと自分で決めている

平桔平

へー

素っ気ない返事をしてしまったが、内心では立派な心がけだと感心もした。


彼女は八重梅と同様に、自分の危険性と折合いをつけ制御しようと努めるタイプの犯罪者予備軍のようだ。

菊菱遊

座って

菊菱がさささと用意したうぐいす色の座布団に俺がゆっくりと座り込むと、彼女は部屋を出て台所に向かった。

カチャカチャと何かを用意する音をBGMにして、生活感のない空間に多少の居心地の悪さを感じていると、しばらくして盆に紙コップをのせた彼女が戻ってくる。


俺の前に緑茶らしき液体の入ったコップをトンと置くと、本人は机の向かいにちょこんと腰掛けた。

菊菱遊

粗茶、飲め

平桔平

お、おう。ありがと

菊菱はぼそりと呟く。


どうして粗茶を命令口調で飲ませるんだ?

釈然としない心持ちで俺はコップを手に取り、一気に飲み干した。


しかし肝心の味が判然としない。

なぜかというと、菊菱がこちらの一挙手一投足を見逃すまいとばかりに、つぶらな瞳を向けているのが気になって仕方ないからだ。


何だろう。


俺の顔に虹色のタランチュラでもくっついているのだろうか。




そして空になったコップを机に置くと、

菊菱遊

…………

平桔平

…………

そのまま、両者ともに沈黙。


俺史上かつてない息苦しさ。

思わずここが酸素に満ちた地表であることを忘れてしまいそうだった。


自分の心音すら聞こえてきそうな静寂のなか、とりあえずは次の段階へ向けて思考を巡らせる。

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45|三日目 御凶力申出―ごきょうりょくのもうしで―

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