……ゆっくりと目を開けると、刀を抜き放った姿勢のまま固まる八重梅の姿。

しかし手に握られていたはずの刀はなく、代わりに彼女の背後に立った弦巻が危険物を扱うようにその刀身部分を摘んでブラブラと揺らしていた。


俺は呆気に取られながら自分の身体を点検した。

どこにも斬りつけられた痕跡はない。

弦巻藤吾

……ちょーっくら、規理ちょんが暴走しそうだったから様子見に来たけど、やっぱし危ないとこだったね

そこで、ようやく状況を把握した。

弦巻藤吾は彼女が握っていた凶器をスッたのだ。

平桔平

す、すまねえ。弦巻

死を目前とした恐怖の余韻にまだ襲われているのと、弦巻の能力に驚嘆しているのとで早鐘を打つ心臓を押さえながら、俺は礼を言った。

弦巻藤吾

いーってことよ。でも桔平ちゃんも格好良かったぜ。か弱い女の子を身を呈して庇ってあげるなんてさ

言われて後ろを振り向くと、縋るようにこちらを見つめる菊菱の瞳があった。


よく見ると俺のシャツの端をちょいと摘んでもいる。

怪我はないようなので安心した。

八重梅規理

つ、弦巻君。……すぐに私の刀を、かか、返しなさい

八重梅がようやく正気を取り戻したようだ。

だがいつもの冷然とした態度はなく、どういうわけか著しく取り乱している。

弦巻藤吾

駄ー目。遊っちと桔平ちゃんを無意味に怖がらせた罰だぜ。しばらくの間これは没収

八重梅規理

そそ、そんな……。お願い、反省する、から……早く返して

終いには、彼女は脱力して床に崩れ落ちてしまう。

平桔平

……一体どうしたんだ?

弦巻藤吾

規理ちょんは刃物を携帯してないと、こんな風にへなちょこになっちゃうんだよ

平桔平

えらく珍妙な体質だな、おい

人斬り予備軍は刃物依存でもあったようだ。

八重梅規理

刀……刀……ううう

弦巻藤吾

う~ん、普段のクールビューティーな姿からは想像できないくらい気弱になっちゃったね。これはこれで、ぐっとくるものがあるんだけど……

弦巻は死霊のように呻く八重梅を眺めながら呑気に言うと、

弦巻藤吾

さて

と菊菱に向き直る。

弦巻藤吾

遊っち、怖がらせちゃって悪かったね。今日のとこはここらへんで退散するよ。でも俺達も遊っちが来なくなっちゃって寂しいんだ。よかったら規理ちょんが言ってたように、少しずつでもクラスに顔出してくれると嬉しいな

そして爽やかに微笑みかける。

こうして見ると、こいつも結構男前なんだなと場違いな感想を抱いた。

菊菱遊

…………

しかし言われた本人は、不貞腐れたような目を俺達に順々にぶつける。

たった今こんな惨事が起きてしまったのだから、折角の弦巻の説得も功を奏すとは思えなかった。


だが、

菊菱遊

……平、桔平

俺の名前を呟くと、菊菱は摘んだ服の端をくいくいと引っ張った。

菊菱遊

平なら、信用できる。学校には行きたくないけど、平桔平とは、二人きりで会いたい

平桔平

えっと……

感情を排した口調だが、自分の顔が火照っていくのを感じる。

二人きりで会いたいとか、小っ恥ずかしいことを言うなよ。
勘違いしちまうじゃねえか。

それに俺には鳥居笹という心に決めた人が……あ、この人はないって決めた人ね。


よほど俺の顔が赤らんでいたのか、弦巻が興味深げににやにやといやらしく笑みを作って俺達を交互に見やっている。

弦巻藤吾

ほほーう。なら一つ提案。これから毎日桔平ちゃんが放課後に君を説得しにいくから、それに乗り気になったら学校に戻ってくる、ってのはどうだい?

平桔平

んな……勝手に話進めんなよ

弦巻藤吾

桔平ちゃんは黙っててくんろ

弦巻はぴしゃりと俺を制した。

どうやらこの学校の連中はどいつもこいつも、本人の承諾なしに物事を押し進める横暴さを有しているようだ。

菊菱遊

……………………

長い長い沈黙の後、彼女は小さく頷いた。

弦巻藤吾

OK。これで話はついたね

平桔平

待て、肝心の俺の意見は?

弦巻藤吾

桔平ちゃん。悲しいけどこれ、強制なのよね

弦巻は往年の名作アニメ風に言いながら俺の肩を叩くと、再度菊菱に、にかっと快晴の空にも劣らぬ爽やかスマイルを向ける。

弦巻藤吾

それじゃまた学校で会えるのを願って、ばっはは~い

茶髪男は軽快に言い残すと、これまた軽やかなステップで外へ出ていった。

まことに悲しきかな、無力な小市民には発言の機会すら与えられないのだ。


適当な流れで決定したこの案だって、柊先生なら「ナイスアイデアね」とか言って全面的に支持してしまうのだろう。

少しくらいは、人の意思も尊重してほしいわけで……。


残された俺は仕方なく第三者の手によって締結された取り決めに従うことを覚悟し、「あわわ」とあられもない姿を晒す八重梅に手を貸しながら弦巻の後に続く。

平桔平

んじゃ、また明日……ってことになるな

俺がドア付近で振り返ると、

菊菱遊

……じゃあ

菊菱遊も小さく手を振った。

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26|二日目 罪難多発―さいなんたはつ―

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