その日の授業を滞(とどこお)りなく終えた放課後。俺達は隣町行きのバスに乗っていた。

平桔平

んで、その菊菱遊(きくびしあそび)ってどんな奴なんだ? 一応資料は読んだけどさ

データによると菊菱遊という女子生徒は『ハッカー予備軍』らしい。いかにも引きこもりらしい特性だ。

八重梅規理

クラスの中では比較的良識のある子よ。私と同じくらいにね

平桔平

じゃあ十分イカれてんじゃねえか

八重梅規理

……ぶったKILL(斬る)わよ

平桔平

すんません

俺は竹刀袋を構えかけた八重梅に即座に頭を下げる。すると反対側の席から冷やかすような声が飛んできた。

弦巻藤吾

はっはー、二人共いちゃついちゃって。妬けるねえ

弦巻と巴もそれぞれ、長椅子を丸々一つ占領して腰掛けていた。

俺達は互いを牽制し合った結果、それぞれがバス後部に並ぶ長椅子を一つずつ陣取るというえらく奇っ怪な位置取りで会話していた。


運転手が鏡越しに怪訝(けげん)な顔をしているのが痛いほどに伝わってくる。
他に乗客がいなかったのが救いだった。

八重梅規理

いちいち人の神経を逆撫でするのはやめてもらえるかしら。遊び半分でついてきたクセして

弦巻藤吾

そんなこと言わないでよー、規理ちょん。こう見えても俺達だって数少ないクラスメイトのこと心配してるんだぜ

巴求真

……僕は正直、どっちでも良かったんですけど。藤吾君がしつこく誘うから

巴は窓の外の流れゆく景色をぼんやりと眺めていた。八重梅を追及する時はノリノリだったくせに、今は心底気怠(けだる)そうにしている。

八重梅規理

ま、弦巻君だけが来てもそれはそれで不快だったけれどね。三は割りKILL(切れ)ない数字だし

平桔平

そんなこだわりがあんのかよ……

そういえば教室でも「丁度いい」とか言ってたな。

すると素数のほとんど嫌悪の対象じゃねえか。
逆プッチ神父か。

弦巻藤吾

けど、いずれにせよ求真がいれば百人力だ。なにせ嘘の達人だからな

平桔平

『このままじゃブタ箱行きだ』とでもハッタリこいて学校に来させる気か?

弦巻藤吾

違うぜ桔平ちゃん。ここだけの話だけど、こいつは嘘をつくのも上手ければ“嘘を見破るのも上手いんだ”。むしろそっちのほうが真骨頂なくらいさ

平桔平

見破る? そんなスキルもあんのかよ

資料にはない情報だ。しかし「ここだけの話」ということは、恐らく学校側には秘密にしているのだろうが、それ大丈夫なのか?

弦巻藤吾

だから遊っちにいくつか質問して、こいつに不登校の理由を探ってもらおうぜ

平桔平

まるで嘘発見機だな

だがもし本当なら心強い。

柊先生が熱弁したような、いかなる犯罪的特性も扱い方を覚えれば個性となることの好例かもしれない。


だが八重梅は、あくまで沈着だった。

八重梅規理

そんなに期待しないほうが身のためよ。だって彼はそこで得た結果自体にも嘘を混ぜる可能性があるのだから

その見解に弦巻も前の座席に顎をのせ、悩ましげに同意する。

弦巻藤吾

それなんだよね。求真は気紛れだから、親友の俺にすら平然と嘘つくからなー

平桔平

それはタチ悪いな

ならば、どうして連れてきたんだ。こんな疫病神。

三人で詐欺師予備軍の性格にいちゃもんをつけていると、当の本人が小さくぼやいた。

巴求真

タチが悪いというのなら僕にとってもですよ。こんな能力持ってたって、不便でしかない

表情には、僅かに陰りが見られる。
それが原因だろうか、俺達の間にどこか気まずい空気が流れた。

平桔平

……誰にも騙されないで済むなら、得ばっかな気もするけどな

場を取り繕うように俺が話しかけるが、巴はこちらを見向きもせずに、

巴求真

平さん。この世のありとあらゆる嘘を見破れる力というのが、どのようなデメリットをもたらすか想像できますか?

平桔平

……えっと……

問われて俺は考えてみるが、咄嗟(とっさ)には思いつかない。
巴は自嘲するように口元を歪めた。

巴求真

難しく考える必要はありませんよ。……特に答えを発表する気もありませんけど

巴はグイと帽子を引っ張り、目元を完全に覆い隠して背もたれに体重を預ける。

どうやら目的地まで一眠りを決め込むようだ。

平桔平

……一体どうしたんだ、こいつ? さっきからやけにテンション低くないか?

弦巻藤吾

ま、色々あんだよ。色々ね

弦巻が落ち着いた調子で答えた。
それきり全員が押し黙り、バスの中に沈黙が満ちた。

やがてすやすやと巴の寝息が聞こえてきたが、まだ微かに少年の面影を残すその容姿は、ともすれば中学生のようにも見えた。

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23|二日目 罪難多発―さいなんたはつ―

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