鳥居笹千流

桔平君、おはよう

平桔平

お……は、よう

教室に入ると、鳥居笹の挨拶に思わず過剰反応してしまう。

どうやら朝方の目覚ましの件が、未だに尾を引いているようだ。


そこに弦巻も片手を上げて景気良く声をかけてきた。

弦巻藤吾

桔平ちゃーん、おっはー。ところで昨日は……

平桔平

待て、そこで止まれ弦巻

弦巻藤吾

あり?

俺は寄ってきた弦巻をその場で停止させた。

こいつの対処法としては、手の届く範囲内に近づかせないということが肝心だ。


いや、こいつだけに限らず、この怪物軍団を必要以上に接近させないのが賢明な処置だと言えるだろう。

弦巻藤吾

ぶー、なんだよちゃん桔。つれねーでやんの

平桔平

ちゃん桔なんてダサい呼び方は即刻修正しろ

口を尖らせる弦巻に警戒を強めながら着席する。

朝早くから周囲に対して一人ピリピリする俺だったが、そんな姿ですら弦巻は愉快そうに眺めていやがるため、大変腹立たしい。


しかし茶髪の男は、いきなり苦い表情に変わって、

弦巻藤吾

そういやさ、桔平ちゃん。昨日もしかしてあくのんに何か言った? あの子朝からめっさ機嫌悪いんだよね

平桔平

へ?

背筋に悪寒が走る。


ぎぎぎと首を動かすと、そこには長い脚を机上で組み、こちらに禍々しい双眸を向ける魔物がいた。

彼女の周辺の空間が、気持ち歪んで見える。

巴求真

へへ、どうせ髪色でも馬鹿にしたんじゃないですか~?

平桔平

こ、この野郎……!

騒動の根本原因である巴求真が素知らぬ顔で言うので、素早くそちらへ視線を切り返す。

平桔平

お前の意味不明な助言のせいで大変な目に遭ったんだぞ!

巴求真

あんなの出鱈目だと気づかない人のほうが稀ですよ。人性さんは生粋の日本人なんですから、外国かぶれなんて言ったらプッツンといくのは当然でしょう

平桔平

外国かぶれとまでは言ってねえ。それにまたしょうもねえ嘘を……あんなルックスならハーフかクオーターなんだろ……

抗議のために起立して巴に詰め寄る俺の顔面スレスレを、何か細長い物体が高速でかすめていった。

何だろうと思って目をやると、壁に深々とシャーペンが突き刺さっていた。


日常的な文房具が造り上げる非日常的な光景に愕然としつつ、発射地点へ目を向けると、例の金髪ヤンキー娘が憤慨を露(あらわ)にした形相でこちらを睨み据えている。
心なしか空間の歪みが増し、背後では業火が猛っている。


……イメージから伝わる殺気半端ナイ。

人性悪乃

あたしは親もそのまた親も日本人(ジャパニーズ)だ。次ふざけたことぬかしたら、全身の骨へし折るぞ。ファッキン野郎が

平桔平

すんません……

どうやらこれまた禁句だったらしい。
誰かこの人の取り扱い説明書をください。


ともかく噴火寸前の火山を刺激するのは自殺行為以外の何物でもない。

俺はもう一度詐欺師予備軍の男へ向き直る。

平桔平

てめえ、また騙しやがったな

巴求真

ええ~、今度は嘘じゃありませんよ? 平さんが一人で勝手に勘違いしただけじゃないですか~

平桔平

うぐぐ……

完全にこちらを舐めくさった言い草だが、正論なので一言も返せない。

俺はギリギリと歯を食いしばる。

弦巻藤吾

まーまー、求真よー。そんなにしつこくからかうもんじゃねーべ? 桔平ちゃんも抑えて抑えて

剣呑(けんのん)な空気を見兼ねたのか弦巻が仲裁に入り、俺は渋々その場から一歩退いた。

巴は依然として粘ついた笑みを見せつけてくる。


くそ、ガキみたいな見た目のくせに。
お前の相手なんざ金輪際してやんねーかんな。

不貞腐れつつ決心すると、ふと弦巻の手に握られた数枚の十円玉が目に入った。

平桔平

……弦巻。それは何だ?

弦巻藤吾

はっはー、何だと思う? 桔平ちゃん

意味も分からずしばし黙考したが、すぐにピンと来た。


俺はポケットから財布を取り出し、中を確認する。

なんと、十円玉だけが全て抜き取られていた。

平桔平

──って手品師か、お前は!?

弦巻藤吾

あははは。どうだい、詐欺師とスリによる絶妙なコンビネーションの威力は?

平桔平

このうえなく鬱陶しいわ!

返せ、と俺は弦巻の手から小銭をふんだくる。
手の中を空っぽにしたスリの男は、詐欺師と同じように心底愉快そうに笑っていた。

……マジで悪魔みたいな連中だ。

するとその場に、冷え切った声が割り込んだ。

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21|二日目 罪難多発―さいなんたはつ―

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