教室に入ると、鳥居笹の挨拶に思わず過剰反応してしまう。
どうやら朝方の目覚ましの件が、未だに尾を引いているようだ。
そこに弦巻も片手を上げて景気良く声をかけてきた。
桔平君、おはよう
お……は、よう
教室に入ると、鳥居笹の挨拶に思わず過剰反応してしまう。
どうやら朝方の目覚ましの件が、未だに尾を引いているようだ。
そこに弦巻も片手を上げて景気良く声をかけてきた。
桔平ちゃーん、おっはー。ところで昨日は……
待て、そこで止まれ弦巻
あり?
俺は寄ってきた弦巻をその場で停止させた。
こいつの対処法としては、手の届く範囲内に近づかせないということが肝心だ。
いや、こいつだけに限らず、この怪物軍団を必要以上に接近させないのが賢明な処置だと言えるだろう。
ぶー、なんだよちゃん桔。つれねーでやんの
ちゃん桔なんてダサい呼び方は即刻修正しろ
口を尖らせる弦巻に警戒を強めながら着席する。
朝早くから周囲に対して一人ピリピリする俺だったが、そんな姿ですら弦巻は愉快そうに眺めていやがるため、大変腹立たしい。
しかし茶髪の男は、いきなり苦い表情に変わって、
そういやさ、桔平ちゃん。昨日もしかしてあくのんに何か言った? あの子朝からめっさ機嫌悪いんだよね
へ?
背筋に悪寒が走る。
ぎぎぎと首を動かすと、そこには長い脚を机上で組み、こちらに禍々しい双眸を向ける魔物がいた。
彼女の周辺の空間が、気持ち歪んで見える。
へへ、どうせ髪色でも馬鹿にしたんじゃないですか~?
こ、この野郎……!
騒動の根本原因である巴求真が素知らぬ顔で言うので、素早くそちらへ視線を切り返す。
お前の意味不明な助言のせいで大変な目に遭ったんだぞ!
あんなの出鱈目だと気づかない人のほうが稀ですよ。人性さんは生粋の日本人なんですから、外国かぶれなんて言ったらプッツンといくのは当然でしょう
外国かぶれとまでは言ってねえ。それにまたしょうもねえ嘘を……あんなルックスならハーフかクオーターなんだろ……
抗議のために起立して巴に詰め寄る俺の顔面スレスレを、何か細長い物体が高速でかすめていった。
何だろうと思って目をやると、壁に深々とシャーペンが突き刺さっていた。
日常的な文房具が造り上げる非日常的な光景に愕然としつつ、発射地点へ目を向けると、例の金髪ヤンキー娘が憤慨を露(あらわ)にした形相でこちらを睨み据えている。
心なしか空間の歪みが増し、背後では業火が猛っている。
……イメージから伝わる殺気半端ナイ。
あたしは親もそのまた親も日本人(ジャパニーズ)だ。次ふざけたことぬかしたら、全身の骨へし折るぞ。ファッキン野郎が
すんません……
どうやらこれまた禁句だったらしい。
誰かこの人の取り扱い説明書をください。
ともかく噴火寸前の火山を刺激するのは自殺行為以外の何物でもない。
俺はもう一度詐欺師予備軍の男へ向き直る。
てめえ、また騙しやがったな
ええ~、今度は嘘じゃありませんよ? 平さんが一人で勝手に勘違いしただけじゃないですか~
うぐぐ……
完全にこちらを舐めくさった言い草だが、正論なので一言も返せない。
俺はギリギリと歯を食いしばる。
まーまー、求真よー。そんなにしつこくからかうもんじゃねーべ? 桔平ちゃんも抑えて抑えて
剣呑(けんのん)な空気を見兼ねたのか弦巻が仲裁に入り、俺は渋々その場から一歩退いた。
巴は依然として粘ついた笑みを見せつけてくる。
くそ、ガキみたいな見た目のくせに。
お前の相手なんざ金輪際してやんねーかんな。
不貞腐れつつ決心すると、ふと弦巻の手に握られた数枚の十円玉が目に入った。
……弦巻。それは何だ?
はっはー、何だと思う? 桔平ちゃん
意味も分からずしばし黙考したが、すぐにピンと来た。
俺はポケットから財布を取り出し、中を確認する。
なんと、十円玉だけが全て抜き取られていた。
──って手品師か、お前は!?
あははは。どうだい、詐欺師とスリによる絶妙なコンビネーションの威力は?
このうえなく鬱陶しいわ!
返せ、と俺は弦巻の手から小銭をふんだくる。
手の中を空っぽにしたスリの男は、詐欺師と同じように心底愉快そうに笑っていた。
……マジで悪魔みたいな連中だ。
するとその場に、冷え切った声が割り込んだ。