子供の名前に『悪』の字なんぞ入れる親の顔が見てみたいとか思ったけど、本人がこれならそのネーミングも納得だ。
いや、そんな名前だからこうなったのか?
子供の名前に『悪』の字なんぞ入れる親の顔が見てみたいとか思ったけど、本人がこれならそのネーミングも納得だ。
いや、そんな名前だからこうなったのか?
お前さぁ、平桔平、だっけ? 友達からエアロスミスって言われたりしなかった?
はい?
二の句を継げないでいた俺に、彼女は突飛な質問をした。
エアロスミス?
もしかしてスティーブン・タイラーと平をかけてんのか?
生憎そんな洋楽かぶれな呼ばれ方をされたことは一度もなかったが、
……映画好きの奴にブライアン・タイラーってのはあったけど
それなりにマニアックな名前である。
しかし人性には案外、好感触だったようで、
へえ、そっちか。うん、ま、いいや。じゃあそれ取って
一人納得した様子の彼女は俺の足下を指差す。
そこには巴や鳥居笹が課せられたのと同じプリントの束が置かれていた。
こいつも宿題忘れ?
不真面目な奴多いな。
俺の下駄箱も悲惨な形へと変貌していたので、文句の一つでもくれてやりたいが、猛獣と向かい合う恐怖のほうが勝っていたので、恐る恐る指示された品を抱えて渡してやる。
あんがと。お前さ、映画とか音楽よく鑑賞するタイプ?
え?
ナチュラルに重圧(プレッシャー)をかけるような口調なので、会話をするのも精一杯だ。
えーと、あの、まあ、それなりに。一人でいるのが多かったから、それくらいしか楽しみなかったし
シャットユアマウス。そこは聞いてねえよ、カス。『それなり』とか中途半端に答えてんじゃねえぞ、クソ、ゴミクズ
……ごめんなさい
すげえ……。
一息でカスクソゴミクズの罵詈雑言集を使いきったよ。
ほぼ同じ意味なのに。
それに映画も音楽もジャンルによって鑑賞量は異なるんだから、そういう答えになるのも仕方ねえだろうが。
だがそんな正論を返す度胸があるはずもなく、びくびくと怯える俺をよそに、人性は頭の後ろで手を組み天井を仰いだ。
あーあ、退屈そうなのが来たなー。とりあえず今日のとこは見逃してやっから、下手にうぜえ真似すんじゃねえぞ。分かったらさっさと失せろ
は、はい……
これぞ暴君という振る舞いにも一切の抵抗を見せず、俺はえらく慎重に自分の靴を取る。
我ながら情けないとも思うが、この迫力を前にしては歴戦の軍人でも片膝をついて頭を垂れるだろう。
八重梅の殺気は鋭く研ぎすまされていたが、人性のそれは百獣の王の如く、体全体から威圧するように放たれている。
……あ、そうだ。
俺は玄関口まで歩いたところで、巴のアドバイスを思い出す。
そして少しくらいは彼女の機嫌を直しておこうと思い、ごく軽い気持ちで言った。
その髪の色、似合ってんな
そして、それが浅はかだったと気づくのは数瞬後。
──あ?
一瞬で、場の空気が凍りついた。