──生徒が異常に少ない。
席数が七しかないうえ、着席しているのはたったの五人。
別のクラスはこの五倍は人数がいるというのに、一体どういうことだ?
──生徒が異常に少ない。
席数が七しかないうえ、着席しているのはたったの五人。
別のクラスはこの五倍は人数がいるというのに、一体どういうことだ?
今日は新しくこのクラスに転校してきた男子生徒を紹介します。平桔平君よ
戸惑う間もなく紹介を受けたので、俺はせかせかと教室に入り、黒板前で「よろしくお願いします」と頭を下げた。
特に歓声や拍手が起こるわけでもなく、ただ痛々しい沈黙を浴びせられる。
じゃあ平君はそこの空いてる席に座ってもらえる?
はい……
先生に指示され、俺は静かに廊下側にあった空席に向かい、腰を下ろす。
さりげない動きでクラスを見渡すと、俺以外に男子が二人に女子が三人という面子。
男子は茶髪のノリの軽そうな奴と、ニヤニヤと生理的嫌悪感を催す笑みを浮かべるニット帽と目の周りの隈が特徴的な奴。
女子は黒髪をボブ気味に切り揃えた大和撫子風の子と、ガラの悪いハーフっぽい顔立ちの金髪、そして茶色がかった髪色に優しげで物腰の柔らかそうな子。
意外にも女子は美人揃いだ。
ただ気になるのは、ほぼ全員がちらちらとこちらを品定めするような目で見ている点なのだが、これも物珍しき転校生の宿命ではあるのだろう。
俺は誰とも目線を合わさぬよう、そっと顔を伏せた。
では、軽く連絡事項だけ伝えたら今日は終わりです。……八重梅さん、この後、平君を連れて校内を案内してもらってもいい?
はい
八重梅と呼ばれた黒髪の女子生徒は特に不満もなさそうにしっかりと返事をした。
きっと委員長でも務めているのだろう。
美人と二人きりで校内散策と聞いて少し胸も高鳴るが、やはり初対面の緊張のほうが強い。
気まずい空気が流れなければいいんだけど。
柊先生が春休みの宿題の提出を促し、これからの行事について一通り説明し終えると、その日は終了となった。
どうやら始業式などの全体の集まりはないようだ。
初めまして! ねぇねぇ、平……桔平君だっけ? 俺は弦巻藤吾ってんだ。よろしく!
解散の号令がかかると同時に、俺のもとへ茶髪の男が駆け寄ってきた。
容姿に違わず、かなりノリの軽いキャラらしい。
普段ならこういったタイプの人間との接触など皆無なのだが、未知の空間で居心地を悪くしているこの瞬間においては救いだった。
ああ、よろしく
俺はたどたどしくも挨拶を返す。
桔平ちゃんはさ、どっから来たの? この学校はどう? 俺達の第一印象は? 趣味とか特技ってある? 前の学校じゃどんなキャラだった? 好きな映画は? 音楽は? 漫画は? 小説は?
え、えーと、一つずつ頼む
矢継ぎ早に繰り出される質問に早々に押し潰されかける。
てか初対面でいきなりちゃんづけとか馴れ馴れしいな、こいつ。
こちらの困惑を察したのか、茶髪男子弦巻は自分の額をペチンと叩いた。
あちゃー、悪い悪い! どーも俺ってば知らない人に対する好奇心や探究心が半端ないってか凄すぎんだけど、そこんとこは勘弁ってことで。んじゃーまずはこのクラスの愉快な仲間達を紹介しよう
言って、クラス全員を見回すと、
まず、あそこから薄ら笑いでこっちを見てる根暗野郎は巴求真。桔平ちゃんを案内してくれるクールビューティーは、クラス委員長の八重梅規理。見てくれはいいけど、目つきと態度が史上最悪なパツ金ヤンキーガールが人性悪乃。そして君の隣りにおわすこのお方がこのクラスのオアシスにして究極の癒し系、鳥居笹千流ちゃんだ!
弦巻はショウの司会者のように一人一人を指差しながら名前を挙げていく。
呼ばれた連中の反応は無言であったり「あ?」と不機嫌丸出しであったりと様々で、最後に鳥居笹という女の子が「どうも」と慎ましく頭を下げた。
でさ、俺達も桔平ちゃんとは仲良くやってきたいわけで、この後、親睦も兼ねてクラス全員でカラオケでも行かね? とか考えてんだけど、どーよみんな?
弦巻が場の全員に向けて呼びかけるも、うんともすんとも反応はない。
……もしかしてこいつ、周りから嫌われてたりするのだろうか。
無反応の教室の空気に、弦巻は不服を訴える。
なんだよみんなノリ悪いなー。これから俺達と過ごしてく仲間だべ?
少々耳障りよ、弦巻君
凛と冷たい声が、弦巻の騒々しさを断ち切った。
あなたが親睦会とやらを開くのは勝手だけど、許可なく私達まで巻き込まないで頂戴
冷淡とすら取れる語気も、弦巻は気にしない様子だ。
うーん、規理ちょんは相変わらずお固いなー。折角全員が打ち解けられるまたとない機会だってのにさ
別に私達が仲良くする必要などどこにもないわ。このクラスにいる人間はただ何の問題も起こさず無事卒業することだけを義務とすればいいのだから。……では平君、校内を案内するからついてきて
八重梅はまたえらく温情に欠けた言葉を吐き捨てると、机の脇にぶら下がっていた藤色の竹刀袋を肩にかけ、そのまま廊下へと出ていった。
俺は呆れ半分に苦笑する弦巻に「じゃ」と一声かけてその背中を追う。
……あんたら、ひょっとして仲悪いの?
八重梅の数歩後ろを歩きながら、俺は剣呑(けんのん)な事情を想像し、声のトーンを落として聞いてみた。
しかし彼女は振り向きもしないまま、先と同じ調子で答える。
良くも悪くもないわ。ただお互いに干渉しないだけ。無駄に馴れ合えばその分不祥事を起こす危険性が増すだけだから
不祥事って……ただカラオケに行くだけだろ。そもそもどうしてあのクラス、あんな人少ないんだ? 特別選抜の超優秀児が集められてたりすんの?
そんな良いものではないわね。理由なら後で先生に尋ねて
彼女の態度は一貫して素っ気ない。
つまり元々がこういう性格のようだ。
ところで
ふと、彼女は足を止めた。
あなた、持ち物は大丈夫?
は?
質問の意味が分からなかった。
ポケットの中を確認してみなさい
俺は両手で制服のズボンをぽんぽんと叩くが……あれ?
……ない
財布が、いつの間にか消えていた。
その時の俺はよほどの間抜け面だったのだろう、初めて八重梅が口元に笑みを浮かべた。
愚か者をふっと鼻で嘲るような笑みを。
……今すぐ弦巻君に返してもらいに行きなさい