ちなみに後に知るのだが、母の言う通り、俺のいきなりの転校を残念がる、もしくは不審に思う友人(知人)は一人もいなかったという。




人間関係の儚さをこれほどに痛感した瞬間もない。

そして現在。




俺は遠い実家から乗り継いできた電車から、さらにバスに乗り換え、これから学生生活を送る学び舎へと向かっている。


通学時間ということもあり、車内には同じ制服を着た学生の姿もちらほらと窺えた。

新学期初日だからか、どこか休みボケが抜けきっていない様子である。


前もって調べた情報によれば、県のほぼ中心部に位置するこの昏忌(くらいむ)市は近年急速な発展を遂げているらしい。


繁栄の中心となっているのは市の南東部。
数年前の大手鉄道会社による巨大駅ビルの建設が発端となり、駅前にオフィスビルやショッピングモールが建ち並んだ。

また大規模な都市開発に伴う人口増加に応じて、駅前繁華街の周辺や市の南部を横断する路線に沿って新築物件が次々と建てられ、現在の閑静な住宅街を形成している。


一方で、居住地域から距離を置いた中央部から北部にかけては、のどかな田園風景や農作地帯が広がる。
加えて市街地とは反対の北西部には、豊かな自然を誇る山々が市全体を見下ろすように聳(そび)え立っており、登山目当ての観光客も少なくない。

広大な土地面積を生かして発展と環境保全の両立を成し遂げた昏忌市。


「あとは海さえあれば」と市長がぼやいたとかぼやかないとか。




以上が、市のホームページに載っているこの街の概要である。


急な出発だったのでまだ新居は見てはいないが、学校で自己紹介をして案内を受けた後はすぐに下校らしいので、今日届く予定の荷物を紐解く時間は十分にある。

ぼんやりと景色を眺めながらバスに揺られること二〇分。




ようやく俺の転校先である私立昏忌高校前のバス停に到着した。

平桔平

ほ~……

バス停から遠目に見える、真新しく瀟洒(しょうしゃ)な四階建ての校舎に、感嘆の息が漏れた。


まだ開校して間もないというパンフレットの情報に偽りはないらしい。




けれど歩を進めその距離を縮めていくにつれ、高揚した気分が徐々に不安なものへと変わっていく。


理由は、窓の一つ一つを覆う目の細かな鉄の格子。


奇麗な外観に鉄格子というミスマッチのせいで、校門前に着く頃には俺の中の建物の印象はすっかり変わってしまっていた。






そう、まるでこれでは──

平桔平

……刑務所?

無意識に物々しい単語を口にしてしまったが、校内から漏れ聞こえる喧騒は健全な高校生のそれだ。


恐らく自殺防止とかそんなものだろう、と自分で結論づけた。




それにしたって物騒なことに変わりはないのだが。


校内に足を踏み入れると、昇降口に入ってすぐの場所に眼鏡にグレーのスーツ姿の女性が立っていた。

あら、もしかしてあなたが新しく転校してきた方?

彼女は見慣れぬ新天地におどおどしているこちらに気がついたようだ。


その声には知性を感じさせる澄んだ響きがあり、近寄ってみるとこれまた理知的な美人である。


いかにも教師といった雰囲気の彼女に対し、俺は頭を下げた。

平桔平

はい。平桔平と申します

平君ね。話は聞いてるわ。
早速だけどクラスへ案内するわね

てっきり最初は職員室で詳しく説明してもらえるのかと思いきや、早々に見知らぬ人間で溢れかえる教室へと放り込まれるらしい。




まだ心の準備もできてないのに。

すでに聞いてると思うけど、今日はまだ授業が始まるわけでもないから、君は挨拶と校内の案内を終えたらすぐ帰宅できるわ

軽快な足取りのまま、女教師が本日の日程を語る。


話を耳に入れつつ、通り過ぎる教室の数々をちらりと覗いていくが、生徒達の様子も前にいた高校と別段変わったところはない。


強引な転校手続きと堅牢な外観に気持ちを強張らせていたが、どうやら取り越し苦労だったようだ。

柊瑞穂

自己紹介が遅れたわね。私はあなたのクラスの担任を務める柊瑞穂(ひらいぎみずほ)よ。
よろしく

歩きながらの自己紹介に返事をする前に、「ここよ」と柊先生は足を止めた。




階段を昇り廊下を進んで三階の端。
プレートには2―Dと書かれている。


ここで、安堵しかけていた心に再び不安がよぎる。






……やけに静かだ。

まるでそこだけ無人ではないのかと錯覚するほどに、教室からは騒音や雑音が聞こえてこない。


そしてその理由は、先生が扉を開いた瞬間に理解できた。

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4|一日目 犯罪学級―はんざいがっきゅう―

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