平桔平

弦巻……てめえ、覚えてろよ

弦巻藤吾

なーんだよ、桔平ちゃん。会話に夢中になって油断したほうが悪いんだぜ?

目的地に到着し降車しようとした際、財布から二千円分チャージしたICカードだけを盗まれていたことに気づいた。

……マジでどうやってんだ、こいつ?

そんなささやかな諍(いさか)いもありつつ、俺達は菊菱遊の住むマンションに到着した。

エントランスが素通りで少々不用心とは思ったが、至って普通の小規模な建築だ。

平桔平

俺のとこがやたら高級だから皆同じかと思ってたけど、そうでもないんだな

八重梅規理

あなたは言わば一般人の中から強引に連行されてきた被害者でもあるから、特別扱いなんじゃない?

弦巻藤吾

住み心地の良さを餌に桔平ちゃんを定位置に留めとくって目論みもあるだろうけどね

平桔平

え、マジ?

階段を昇りつつ、弦巻の何気ない一言に俺は顔をしかめた。

あの豪勢さも政府の策略だってのか。

巴求真

当然の帰結ですよ。いざとなったら、赤子の手を捻るように平さんを消すことだってできるでしょうし

平桔平

やめろ、その発想シャレになんねえぞ

大丈夫、昨日一晩は何事もなく熟睡できたから何も問題はないはず。


一人ストーカーが侵入したけど。

……十分問題有りだな。

八重梅規理

さて、ここね

[菊菱]とネームプレートが掲げられたドアを見ると、八重梅はチャイムを押した。

十秒くらいの間があり、インターホンから声がした。

……誰?

八重梅規理

同じクラスの八重梅規理よ。菊菱さん。よかったら、少しの間だけでもお話しさせてもらえないかしら?

丁寧に挨拶をすると、数秒置いて次はドアがゆっくりと開かれた。

しかしがっちりとドアチェーンがかけられ、その数センチの隙間から噂の菊菱遊が顔を覗かせた。


身長は鳥居笹よりさらに低い。
最早小さいと言っても差し支えないが、それ故に小動物的な可愛らしさがあり、クリッとした目が印象的な顔立ちも十分美形の部類に入る。

しかし色素の薄い髪が覆う顔はどこか人間味が欠落しており、相対する者に人形のような無機質なイメージを与える事実も否めない。

菊菱遊

……知らない、人

ぼそりと、これまた機械的な音声がその小振りの口から発せられた。

どうやら俺のことを指しているようだ。

八重梅規理

彼は昨日転校してきた平桔平君よ。いきなり私のスカートの中を覗き込もうとした変質者だから十分に気をつけて

平桔平

どんな紹介だよ!?

あれは足を滑らせただけだってのに……。


おまけにそれを真に受けたようで、菊菱はドアを閉めにかかった。

けれど八重梅が素早く刀を隙間に差し入れ、どうにか交流の断絶を阻止する。

八重梅規理

冗談よ。本当は、彼は私達と違って人畜無害。何の取り柄もない、三日会わずにいれば顔も忘れるような凡夫よ

菊菱遊

……分かった

一応は俺を安全な人種と認めてくれたようで、菊菱はまたドアを元の位置まで開いた。


けど害意のなさを強調するためとはいえ、ちょっと言い方キツくね? 

まだ会って二日しか経たないのに、三日で顔忘れるって表現おかしいだろ。

弦巻藤吾

遊っち、お久しー。どうして引きこもっちゃったりしてんの?

菊菱遊

………!

だが菊菱の安心も束の間、弦巻が陽気に話しかけると、彼女はぴゅんと部屋の奥へ引っ込んでしまう。

巴求真

へへへ、まるで天敵に出くわしたネズミですねぇ

弦巻藤吾

ちょっと俺、ショックかも……

楽しむ巴とは対照的に、弦巻が本気で萎れていた。


八重梅はしっしと二人を物陰に追い払うと、もう一度ドアを開けて中へ呼びかけた。

八重梅規理

大丈夫よ、菊菱さん。弦巻君なら巴君と一緒に離れたとこにやったから

平桔平

野良犬かよ

菊菱は警戒を強めたまま、そろりそろりと入り口へと戻ってくる。

菊菱遊

……弦巻は、苦手

八重梅規理

奇遇ね、私もよ。というか得意な人はいないと思うわ。あんな風船よりもフワフワした男

本人のいない所で随分な言い草だ。

たとえ本人がいたとしても同じなんだろうけど。

八重梅規理

では本題に移るけど、どうして不登校になんてなったりしたの? 三学期の中頃まではきちんと登校していたじゃない?

彼女は成績や授業態度に目立った問題はなく、普段からパソコンをいじっている以外はもの静かな生徒だったらしい。

けれど一年度の終わり頃、突然家に籠るようになってしまったという。

菊菱遊

……あのクラスは、異常。命の危険を感じた

平桔平

確かに……

訥々(とつとつ)と語られる内容には奇(く)しくも同感だった。


ハッカーである彼女は現実世界では無力な存在である。

そのため、あの人外集団に囲まれる生活に限界を感じたのかもしれない。

八重梅規理

でもこのままだったら学校を卒業できなくなってしまうわ。週に三、四日ずつでもいいから登校してみない? 何かあったら、私が身を呈してでも守るから

八重梅は力強く語る。
固く決意を表明する姿は実に凛々しく、頼もしい。

彼女はその異常性を除けば、ごく真面目な委員長なのだ。

俺は彼女の評価をちょっとだけ改めた。


しかし菊菱は、初めて明確な嫌悪を露(あらわ)にして、

菊菱遊

八重梅が私のパソコンを十六等分した時が、最も恐怖を感じた

平桔平

…………

高まった評価がそのまま奈落へと急降下。

八重梅さん、あなたが真犯人だったんですね……。

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24|二日目 罪難多発―さいなんたはつ―

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