今日の授業は三コマ分。
そのうち、初顔合わせのクラスが二コマだ。


はじめてのクラスはまだ少し緊張したが、昨日同様、順調に授業は進み生徒達の目線も好意的で一安心。

とはいえ、初顔合わせのクラスはまだ残っている。

明日もヘマしないよう下準備をちゃんとしておこうと、月海は放課後の英語教員室で先任教師が書きおいてくれた授業進行度をチェックしながら、せっせと教材に目を通した。

教師

どうです? なにか困ったことはないですか?

教員室に戻ってきた指導教師が、そんな月海に目を留めて話しかけてくる。

月海

今のところは……。生徒達も好意的に接してくれますし

まだ二日目だが、態度の悪い生徒には会っていない。

教師

頭の良い子供ばかりですからね。……まあ、陰でなにをやってるかはわかりませんが

なにか思うところがあるのか、指導教師が苦笑する。

教師

そういえば、昨日、二年の御堂智秋と長いこと話し込んでいたようですが、知り合いだったんですか?

月海

あ、はい。彼が中学生ぐらいの頃に、何度か会ったことがあって……

教師

そうですか。それは心強いですな。彼は生徒間ではけっこうな実力者ですからね。
知り合いだと周囲に知れ渡れば、生徒達の態度が今と変わることもないでしょう

月海

実力者って、彼、なにか役付きなんですか?

教師

いや、御堂は時間を無駄にするのが嫌だとか言って、そういうことには一切手を出さないんですよ

月海

へえ

自分は決して表には立たないが、助言やサポート的なことはやる。
それも頼まれてのことではなく、手を貸す相手を自分から選ぶ。

その選ばれた生徒がこれまた有能だったりするものだから、自然と智秋の株が上がるという仕組みらしい。

周囲に気を使ってばかりいるわけじゃないと言ったのは本当のことだったようだ。

教師

でも、ここだけの話、私は苦手ですがね

生徒相手になんですが……と言い淀みつつ、指導教師が言った。

月海

そんなこと……。理想的な優等生じゃないですか

教師

出来すぎなんですよ。
入学してきたときから見ていますがね、子供らしいところがまったくない。
いつも余裕の態度で、うっすらと空々しく微笑んでいて……。
――まるで選挙ポスターを見ているような気分になることもありますよ

凡人の僻みかな、と指導教師が笑う。

月海

そのとおりだ、ば~か

同年代の生徒達に囲まれているから、智秋の大人っぽさが際立って見えるだけ。

周囲の状況を冷静に見ることができるからこそ、余裕の態度を取れるのだ。


それこそ、彼の優秀さの表れだろう。


智秋が誤解されているのが、月海はなんだか酷く悔しかった。






その後、またせっせと明日の準備をしていると、数人の女生徒達が訪ねてきた。


今日担当したクラスの生徒達で、質問があると言うから、てっきり授業に関する質問だと思って気楽に応じたのだが、失敗だった。

女生徒

生徒会のメルマガ読んだけど、彼女いるって本当?

女生徒

つき合ってどれぐらい?

女生徒

笠原先生って、家族と同居? それともひとり暮らし? もしかして彼女と同居とか?

と、予想に反して、月海個人に関する質問ばかりしてくる。


無邪気な好奇心と淡い好意を隠さずに質問してくる女生徒達は可愛かったが、質問に答えるつもりはまったくなかったから、ちょっと面倒だ。

月海

授業の質問だったら受けつけるけど、プライベートに関しては黙秘する

月海は、そう宣言した。
 

ただのおしゃべりで居座られたのでは、奥の席で仕事をしている教師の邪魔になる。

仕事があるからと女生徒達を追い返そうとしたのだが、女生徒達はまだ用事があると言って帰ろうとしない。

月海

用事って?

と聞くと、

女生徒

顧問やる気ない?

と聞かれた。

月海

顧問? 俺は臨時だよ。すぐいなくなるのに、部活動の顧問なんか無理だよ

女生徒

ここにいる間だけでいいから

どんな部活なのかと聞いたら、女生徒達は声をそろえて手芸部と答えた。

月海

手芸部? 冗談だろ? 俺が役に立てるとは思えないな

女生徒

いてくれるだけでいいんだって

月海

文化祭近くになると展示用の服とか作るけど、普段はモード系の雑誌とか見ながらおしゃべりしてるだけだし。きっと楽しいよね?

女生徒

うん。気晴らしになるよ。
――ね、先生。
あたし達の話し相手になってよ

月海

駄目。残念ながら俺の業務にそれは含まれてません

女生徒

いいじゃん。ねぇ

たぶん自分で一番可愛いと自覚している笑顔を浮かべた女生徒達が、

女生徒

おねが~い

と甘えた声でハモる。

月海

……守備範囲じゃないんだけどなぁ

それでも、媚びる姿が逆に子供っぽく見えて可愛かったりするものだから、邪険にする気にならなくて、ちょっと困ってしまった。


と、そのとき、

コンコンと扉をノックする音がする。


見ると、女生徒達が開けっ放しにしていた入り口に、智秋が立っていた。

智秋

君達、笠原先生を困らせたら駄目だよ

女生徒

御堂さんっ

今の今まで月海に媚びていた女生徒達が、ハートマークが飛び散りそうな浮かれた声を出しながら、一斉にぐるりと身体ごと智秋に向き直る。

月海

う~わっ、変わり身早いなぁ

どうやら彼女達は、ちょっと綺麗な臨時教師より、憧れの先輩のほうがいいらしい。


あっさり乗り換えられて、月海は少しばかり気分が悪かった。

だが同時に、仕方ないかと納得している自分もいた。

月海

やっぱり、同年代のほうがいいよな

万にひとつ、うまいことやって憧れの先輩とつき合えるようなことになったら、絶対にみんなから羨ましがられるだろうし……。

女生徒

先生を困らせてなんかないですよ~。ね?

女生徒

うん。お願いしてただけです

智秋

そのお願いが駄目なんだよ。
笠原先生は都築先生の代理なんだから、この学校にいる間は、都築先生が顧問をしてくれてた、ESS部の面倒を見てくれることが決まってるんだ

女生徒

え~、そうなんだぁ

残念、聞いてない、と女生徒達が口々に文句を言う。

月海

顧問だなんて……。そんなの、俺も初耳

智秋はごねる女生徒達相手に穏やかに微笑んで、そつなく対応している。


だが、前のめり気味にきゃいきゃい騒いでいる女生徒達とは対照的に、智秋はそれとなく引き気味な雰囲気だ。


一線を画している、とでもいえばいいのだろうか?


大人びた微笑は、君達と馴れ合うつもりはないよとそれとなく宣言しているようだ。

そのせいか、女生徒達も月海相手のときのようにしつこく食い下がったりはせず、そういうことなら諦めますと、あっさり納得している。

月海

もしかして、俺より女の扱いがうまかったりして……

そんな智秋を眺めながら、妙な対抗意識を燃やして月海は軽くふてくされていた。




智秋はESS部の部長だったらしい。


そして語学留学中の都築先生は、あまり部活動には熱心なほうではなく、顧問とは名ばかりで文化祭のときに顔を出す程度だったのだとか……。


女生徒達を追い払ってくれた後で、智秋がそう説明してくれた。

智秋

だから顧問代理といっても、なにもしなくていいんですよ

月海

顧問代理自体しなくていいんじゃないの?

ふてくされていた月海が邪険にすると、

智秋

そう言わずに……。とりあえず、一度顔だけ出してみませんか?

と智秋が苦笑しつつ誘ってくる。

月海は渋々ながらも応じてやることにした。

だが、ふだん部活動に使用しているという視聴覚室に行ったが部員は誰もいない。

智秋

珍しいな。いつもは誰かひとりはいるのに……

智秋も予想外だったようで、視聴覚準備室のほうまで見に行っていたが、やはり誰もいないようだった。

月海

普段はどんな活動してるんだ?

智秋

ここには拘束時間が長かったり、上下関係が厳しい部を敬遠する生徒達が集まってくるんで、半分近くは幽霊部員です。残りは、ここの機材で洋画見たり、ファンタジーやミステリーの原書を訳したり、好き勝手して適当に遊んでます

ちなみに自分も部長の立場上、定期的に顔を出して様子を見てはいるが幽霊部員みたいなものだと、智秋は言った。

月海

部長自ら幽霊部員か……。――ここ、顧問なんかいらないんじゃないの?

月海が素朴な疑問を口にすると、そうですねと、智秋はあっさり認めた。

智秋

だから都合がいいと思ったんですよ。
期間中、ここの顧問代理をするってことにしておけば、今日みたいに顧問になってくれって迫られることもなくなるでしょう?

月海

あ、なるほど。そういうこと……。智秋くんは、ホント気が利くな

ありがとう、と素直に礼を言うと、智秋は

智秋

いえ

と首を振った。

智秋

自分のためにやったんですよ。
よその部に月海さんを盗られて独占されるのは絶対に嫌なので……

智秋はそう言うと、月海の瞳を覗き込むようにして穏やかに微笑んだ。

月海

うわっ、まただ

やっぱりかつて何人かの女性から、こんな風に独占欲を仄めかされたことがあった。


たぶん彼女達は、あなたを独占できるような関係になりたい、などとアピールされた月海がどんな反応を示すのか、その態度で今後の関係を占っていたのだろう。


つき合ってもいいと思える相手だったら、その後の会話の駆け引きも楽しくなるし、お断りしたいと思う相手だったら遠回しに断ることができるから、月海としてもはっきり告白されるよりずっと気が楽だった。




だが、相手が智秋の場合、いつものパターンを当てはめるわけにはいかない。

月海

智秋くんって、けっこう人懐っこい……わけじゃないよなぁ

指導教師の話や、さっきの女生徒達への態度を見ていると、そういうわけじゃないってことはわかる。


だからこそ、余計に戸惑ってしまって、どうにもこうにも対応に困る。

月海

さっきの女の子達にこんな態度を取ったら、きっと大喜びされるのに……

月海だったら、きっとそうする。


だって、誰であれ好意を向けられるのは気持ちがいいことだから……。


勿体ないことをするもんだと正直思う。

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