八尋

……なんですか?

帝人

いや、近くで見ても真っ黒な瞳だと思ってな。普通の日本人は茶色っぽいものなんだが、八尋のは真っ黒だ

八尋

母親譲りですから

帝人

ああ、髪質も同じだったな。顔もよく似ていたし…美人だ。姉弟って言っても通るほど若く見えたのは、そういう家系か?

八尋

知りません。でも、それを聞いたら喜ぶんじゃないですかね

帝人

女は若く見えると言われると喜ぶからな。しかし…八尋の母親のほうが日本人形っぽかったな。やっぱり、その目の下の泣きボクロがエロいんだよなー。フェロモン垂れ流しで。お前、これのせいで男に言い寄られる率が大幅にアップしてると思うぞ

八尋

……むっ。これか? やっぱり、これなのか? 異常に男受けする原因がこれなら、手術で取ってやる。確か、レーザーで簡単に取れるはず……。あ、でも目の下だし…失明とかそういうの、大丈夫かな……

八尋はブツブツと呟きながら真剣に検討する。

帝人

おいおい、もったいないことすんな。せっかくのエロポイントだろうが

八尋

いや、エロポイントなんていらないので。あると迷惑。いっそスッキリ取ったほうが自分のためという気がヒシヒシしますけど

帝人

お前な……。わざわざ付けボクロまでするやつがいるくらいなんだぞ。贅沢ぬかすな

八尋

ボクにとってはないほうが人生が楽になるんですよ

帝人

否定はしないが、もったいないだろうが

八尋

いや、カケラももったいなくないので

ホクロがなくなることで男からのナンパが減るなら、取る価値があるというものだ。

すっかりその気になった八尋に、帝人が声のトーンを落として言う。

帝人

あのな、レーザーが目に入ると失明することを知ってるか? 子供がオモチャで失明したっていう記事を読んだことがないのか? お前のそのホクロは目に近いところにあるから、その分危険度も高いぞ

八尋

それは…当然医者だって気をつけてくれるだろうし……

帝人

そりゃあ、気をつけるだろうよ。でも、百パーセント安全な手術なんてないってことは覚えておけ。たかが抜歯のための麻酔だって、拒絶反応で大変なことになる場合があるんだ。病気でもないホクロのために左目が見えなくなったらどうする?

八尋

こ…怖いこと言うなっ!

帝人

事実だ。俺は実際に起きたことしか言ってないからな

八尋

ううっ……

八尋のやる気が一気に殺がれたのはいうまでもない。

ホクロは取りたい…でも、失明は怖い。

医者のちょっとしたミスで取り返しのつかないことになったらどうしようと、八尋はグルグル考え込む。

帝人

八尋、お茶のお代わり

八尋

……自分でやれ

八尋の苦悩の原因のくせに呑気なことを言う帝人に、いちいち丁寧な言葉を使っているのがバカバカしく感じる。

どうせ同じ年なんだし、ここまでプライベートに踏み込まれたら、今さら距離を置くためにですます調を使っても無意味という気がした。

八尋

お湯は、ポット。急須は、これ。お茶くらい淹れられるだろ

帝人

はいはい。お前は?

八尋

いる

先ほどとは反対だと思いつつ、意外にも帝人はまめまめしく動いた。

ちゃんと茶葉も新しいものに換え、文句を言わずにお茶を淹れたのである。

帝人

ああ、そうだ。八尋に報告があったんだ

八尋

報告?

その言葉で思い浮かべたのは、生徒会のことだ。
補佐として、何か聞いておかなければいけないことがあるのかと思った。


しかし八尋の想像は見事に外れ、帝人は思いがけないことを口にする。

帝人

幹部連中に、もうお前らとは遊ばないから、他のやつらにもそう伝えるように言った

八尋

え……?

帝人

もう、セックスしないって言ったんだよ。メソメソ泣いて縋ってきたけどな

やはり噂は本当だったのかとか、道理で風当たりがさらにきつくなったわけだなどと考えつつ、八尋に戸惑いが生まれる。

八尋

そんな…どうして……

帝人

覚悟しろって言っただろう? お前だけじゃなく、俺のほうも覚悟を決めたってわけだ。本気で口説き落とすからな

八尋

………

これまでになく真剣な帝人の表情。

目を逸らすことなく断言されて、八尋は不安を覚える。

八尋

顔…か?

帝人

うん?

八尋

ボクの顔が気に入ったから、そんなことを……?

帝人

バカを言うな。顔なんていくらでも作り変えられることを知らないわけじゃないだろう? そりゃあ、確かに八尋の顔は好みだけどな。俺が気に入ったのは、お前自身だ。生意気で毒舌なところが気に入ったんだよ

八尋

……毒舌じゃないけど

事実を事実として言っているだけで、毒舌を吐いているつもりはまったくない。

帝人

いやいや、立派に毒舌だろ。そんなところも、気位の高い猫が威嚇してるみたいで可愛いんだけどな

八尋

………

可愛いと言われることは初めてではないが、それはあくまでも顔についてだ。

毒舌が可愛いなんて言われたことはなかった。

帝人

俺は本気なんだよ。それは、疑うな

八尋

………

今までのからかいを込めたセクハラではなく本気で口説くと宣言されて、八尋の中に言い知れない不安が広がる。

帝人の本気は怖い。

意志が強く、周りを巻き込むだけの魅力を持ち合わせていると知っているだけに、自分が流されてしまうのではないかと不安だった。

生徒会の補佐として毎日のように顔を合わせ仕事を手伝っていれば、帝人が鷹司の名前だけで人気があるわけではないと分かる。

帝人には、人を惹きつける力があった。

帝人

俺が言った覚悟の意味、分かったか?

八尋

わ、分かった……

帝人

それならいい。俺は本気なんだから、八尋も本気で受け止めろよ

八尋

………

希薄な人間関係を望む八尋にとって、帝人の存在は恐怖だ。
強引に八尋の中に踏み込み、いつの間にか居座っている。

イライラして頭にくるが、嫌ではないのが怖い。

だからこそ余計に帝人の本気が恐ろしく、同時にそれを喜ぶ自分もいる。

八尋は理解できない自分の相反する気持ちに大きな戸惑いを覚え、帝人から視線を外せないまま囚とらわれたように動けなくなった。

★★★

いよいよ文化祭が近づいてくると、校内が浮かれた雰囲気になる。

話題といえば自分たちのクラスの出し物のことで持ちきりだ。

八尋のクラスの出し物は、メイド喫茶である。

かなりの客が見込まれる大人気の出し物で、同じものが二つ以上ある場合は公平にクジ引きで決めるというルールで、十倍以上の競争率の中で勝ち取ったものらしい。

文化祭委員が誇らしげにそう報告し、教室内は拍手喝采だ。

八尋

アホらしい……

男子校でメイド喫茶なんて気色悪いと思っているのは八尋だけで、クラスのみんなは大喜びだった。

特に可愛い系の生徒たちのはしゃぎっぷりは大したもので、自薦他薦でメイド係が決まっていく。

交代のことを考えると、あともう一人くらいメイド係がほしいですね

はい。中神くんがいいと思います

八尋

はーっ?

まったくといっていいほど文化祭に関心のない八尋は、窓の外、枝から枝へと飛び移る小鳥の姿をボーッと眺めていた。


自分の名前が挙げられると、眠たげだった目がカッと開く。

といっても、長い前髪と眼鏡でそれは見えないのだが、八尋の驚きは大変なものがあった。

八尋

冗談! なんでボクが

中神くんは身長もそれほど高くないし、細身だからメイド服が着られるでしょ

そうだよね。適役だよ

あとはみんなゴツイから、コスチュームのサイズなさそうだもんね

はーい、ボクも賛成

俺もー

俺も賛成!

次々に賛成するその顔には、ニヤニヤと嫌な笑いが浮かんでいる。


彼らの狙いはあからさまだ。

可愛い系で揃えたメイドたちの中に八尋を交じらせ、恥をかかせようという魂胆だった。

くだらない嫌がらせだが、イジメとして学校側に訴えることはできない類のものである。

ロッカーや机のときとは違って、いくらでも言い抜けのできる状況だ。

それでは、多数の推薦があったということで、中神くんもメイド係に決定です。ドレスはまとめて発注するから、メイド係に決まった人たちはサイズだけ教えてください

はーい

多数決には敵わず、八尋のメイド係は決定となる。
黒板にも、しっかり名前を書かれてしまった。

八尋は忌々しげに舌打ちをし、きっと見にくるだろう両親のことを思って頭を抱える。

文化祭に来られるのは招待客のみだ。

生徒一人につき、三枚の招待券がもらえることになっていた。

それ以上欲しいときは、その理由を明記して生徒会に提出する。

セキュリティーの問題から、ちゃんと裏づけも取ることになっていた。

八尋の招待券はまとめて両親の元に送付ずみだが、こんなことならなんだかんだと理由をつけて捨ててしまえば良かったと後悔する。

どうにかして両親を来させないようにできないものかと、延々頭を痛めることになる八尋だった。

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