★★★

パーティーのときにあんなことを言った帝人だが、週が明けてみると今までとまったく変わらない態度だった。

ただ、仕事を抜け出してフラフラすることはなくなった。

ファンの子たちを抱くのをやめたと小耳に挟んだが、確認を取れるような立場でないので本当かどうかは分からない。

八尋はその話を聞いたとき、嬉しく感じたのを覚えている。


だが、それがなぜか…深くは考えない。

考えるのが怖い。

突き詰めてしまえば、信じたくない…認めたくない答えが出てきそうで、八尋を怖気づかせる。

八尋は平穏が何より好きだ。

女性には拒否反応が出るし、幼い頃から同性に言い寄られ、ときには力ずくで従わせられそうになった。

女にも男にも興味が持てず、恋愛は面倒そうだと思う。

この高校に入ってからは同性同士でくっついたり離れたりを見せつけられ、生徒会への妙なのぼせ上がり方を見るにつけ、ますますそれらを避ける傾向が強くなる。

恋や愛は、人生を複雑にする……。

だから八尋は、その中に飛び込むつもりはなかった。

それだけに帝人の態度が変わらなかったことに少しばかり拍子抜けしつつも、多大なる安堵感を得たのである。

生徒会室で顔を合わせても、帝人は今までどおりだった。
休憩時間には隣に座って軽口を叩きながらセクハラ行為に励む。

八尋が任されるのは主にパソコンへの打ち込み作業だが、その量は膨大だ。

各クラスへの配布物から文化祭のための通知事項、その他にいくらでも仕事がある。

それでなくても文化祭のせいでやることが山積みなのに、通常作業もあるのだから補佐を入れたくなっても仕方ないと、せっせと打ち込みに励んでいた。

ときには授業を休んで仕事を手伝い、六時過ぎまで拘束されて、ようやく八尋は部屋に戻れる。

こんな忙しさは文化祭が終わるまでだから我慢もできるが、毎日時間に追われている感じでひどく疲れる。

八尋は部屋に入ってしっかり内カギまでかけてから、鬱陶しい前髪を上げてピンで留め、変装用の眼鏡を外す。

制服を着替えて楽な格好になると、ようやく緊張を解いて息がつける感じだ。

八尋

はー…今日も疲れた

外では常に緊張を強いられているし、拉致されないようにと周囲を警戒しまくっている。

おかげで日々疲労が蓄積していた。


帝人がセフレを全員切ったという話は本当なのか、八尋を睨みつける目の憎悪の度合いが強まったのも疲れる要因だ。

八尋

ご飯…作ろうかな……

以前は食堂で食べるのと自炊とで半々だったが、今は三食とも自炊である。

昼も弁当を作って、教室で食べるようにしている。

食堂は人の出入りが激しいし、危険だ。

わざと転んで、熱いうどんやラーメンをかけられてはたまったものではない。

嫌がらせと判明できない手を使うのに、人で混み合う食堂は格好の場所である。


偶然を装って、いくらでも嫌がらせができる。

幸い上位成績者に入っている八尋の部屋には、立派なキッチンがある。
三食自炊しても、なんの不自由もなかった。

それに料理をするのは気分転換になって、リラックスできる。
食材を切ったり炒めたりしているうちに、周囲からのプレッシャーを忘れられるのだ。

自分でも食い意地が張っているかもしれないと思うだけあって、作るのにも並々ならぬ情熱を見せる。

どうせ食べるなら美味しいほうがいいとレシピをインターネットで調べ、料理の腕が上がってレパートリーが増えていくのは楽しかった。

本日の夕食は、コロッケと春巻。
それにキンピラゴボウだ。

明日の弁当に詰められるよう、どれも多めに作っている。

これらにたっぷりのサラダと味噌汁をつければ、バランス的にも悪くないはずだった。

八尋

明日はヒジキにしようかな~

何年もアメリカにいたせいか、日本のお惣菜的な料理のほうが好きだ。

ハンバーガーやステーキには、もううんざりしている。

あちらでは一品一品の量が多く、八尋は一人前を完食できたことがない。

すっかり準備を終え、さぁ食べようかというところで鳴らされたインターホンの音に、八尋は顔をしかめる。

この高校で、八尋の部屋を訪れる人間など滅多にいない。

八尋は友人を作ろうとしなかったし、数少ないノーマル仲間は、八尋がファンクラブに睨まれると一切近づかなくなった。

だからこの部屋の来訪者は、歓迎できる人間でないのは確かだ。

とりあえず相手を確かめようと扉に近づき、覗き穴で誰なのか確認して、居留守を使うことにする。

八尋

………

物音を立てないようにソッと扉から離れようとしたところ、声をかけられた。

おい、八尋。明かり、漏れてるぞ。いるのは分かってるんだから、ドア開けろ

八尋

チッ

八尋は舌打ちすると、しぶしぶ扉を開ける。

八尋

何か用ですか?

帝人

入れろ

八尋

嫌です。用があるなら、ここでどうぞ

帝人

入ーれーろーっ

八尋

イ・ヤ・です

帝人

こんなところで押し問答してると、誰かに見られるぞ。俺はいいが、お前はどうかな?

八尋

……ここ、特別フロアなので、見られる可能性は少ないと思いますが

帝人

でも、ゼロじゃないだろう。各学年の上位成績者はいるわけだし。ちなみにその中に、俺のファンクラブの幹部も入ってるんだよな

八尋

………

帝人

ついでにそいつ、かなり耳聡いから。グズグズしてると俺の声を聞きつけて、出てくるかもしれないぞ

八尋

………

いつものことながら見事な脅迫に、八尋は思いっきり渋面になる。

非常に忌々しく思いながら、仕方なく場所を開けて中へと促した。

帝人

少し手狭だな

八尋

………

八尋の部屋はリビングと寝室に分かれており、ちゃんとしたキッチンまでついている1LDKである。

部屋自体の間取りもゆったりとしていて、街中のマンションなんかよりよほど広いはずなのだが、帝人にはこれが狭く感じられるらしい。

いったい生徒会長の部屋はどれだけ広いんだと、少しばかり好奇心をそそられる八尋だった。

靴を脱いでさっさと中に入った帝人は、テーブルの上の夕食に目を留める。

帝人

おっ、旨そう

そう言って帝人は皿からコロッケを摘み、齧りついた。

帝人

アチッ。揚げたてか、これ。旨いな

八尋

それ、ボクの夕食なんですけど

帝人

俺も食うぞ

八尋

あなたの分はありません

帝人

どう見ても二人分はあるように見えるが?

いちいち皿を分けると洗い物が増えるので、明日の分も一緒に載せてしまっている。

好きなだけ食べて、残った分を朝食や弁当に回すのだ。

八尋

それは、明日の弁当分です。誰かさんのおかげで、食堂に行けなくなったので

帝人

また作ればいいだろうが。それか、購買で買うとか

そんなことを言いながら帝人は八尋の場所にどっかり座り、すでによそってあった味噌汁を啜すする。

帝人

お、大根の味噌汁か。素朴で旨い

八尋

………

ご飯と味噌汁に関しては疑いようもなく一人分しかないのに、帝人は躊躇することなく食べ始めていた。

八尋

はぁ…この、俺様め

遠慮とか気配りといった言葉を知らない男に何を言っても無駄だろうと、八尋は諦めて新たに自分の分のご飯と味噌汁をよそう。

こういった食器類も含め、台所用品はすべて学校側が備品として用意したものだ。
食器も友人と食事できるようにか、四人分ずつ揃っている。

テーブルに戻って食事を始めた八尋は、コロッケにソースをかけながら帝人に聞く。

八尋

ところで、なんの用で来たんですか?

帝人

そうだなぁ…親睦を深めるためといったところだ。考えてみると、二人きりで一緒に食事っていうのは最適だな

八尋

……ふざけてます?

帝人

いいや。極めて真面目だ

八尋

………

口元に笑みは浮かんでいるが、からかっている感じではない。

熱心にキンピラを口に運んでいるあたり、しぶしぶ食べているという感じもなかった。

八尋

こんな庶民的な料理は口に合わないんじゃないですか?

帝人

いや、旨いぞ。見た目は地味だが、メシが旨く感じる。ってことで、お代わり

八尋

……自分でよそってきてください

帝人

つれない嫁だな

八尋

嫁じゃないので

そこまで甘やかすつもりは、八尋にはない。

明日の分の料理を提供するだけでもありがたいと思ってほしかった。

この調子ではおかずだけでなくご飯も足りなくなりそうだから、明日はサンドイッチでも作ろうと考える。

冷蔵庫の中にベーコンと卵があった…と算段し、これならなんとかなりそうだと安堵する。

帝人

味噌汁はどこだ?

八尋

帝人

全部食うぞ

八尋

お好きにどうぞ

全部もらってもいいかというお伺いじゃなくただの報告だったな…と思いつつ、帝人だからと納得する。

むしろ、ことわりを入れただけマシかもしれない。

帝人

これ、全部自分で作ったのか?

八尋

そうですよ?

帝人

コロッケとか春巻も? こんなの、自分で作れるものなのか?

八尋

慣れればそんなに大変じゃないですけど。中身、似たようなものを使ってますし。春巻の皮とかここのスーパーで売ってるので

帝人

へぇ。知らなかった

八尋

そうでしょうねぇ

お湯を沸かすことすらしないのではないかと、八尋は疑っている。

生徒会室で、偉そうにコーヒーを淹れさせているからだ。

帝人

これはなんていう料理だ?

先ほどからずいぶん気に入っているらしいキンピラを指差す帝人に、そんなことも知らないのかと苦笑が浮かぶ。

八尋

キンピラゴボウですよ。食堂の和食セットにも入ってるでしょう

帝人

色と形が違う

八尋

ああ、ボクはあまり時間をかけられないから、ゴボウもニンジンも細めに切ってるんです。味が染み込みやすいでしょう? ご飯のおかずにすることを考えて、味付けもわりと濃いめですしね

帝人

俺はこっちのほうが好きだな。旨い

八尋

そうですか

食堂の料理は品数が多いせいか、全体的に薄めの味付けである。
とても美味しいのだが、八尋は少し物足りなく感じていた。

やはり食べ盛りの体には濃いめのほうが美味しく感じられるのだろうかと思いつつ、八尋もキンピラに箸はしを伸ばした。

この高校に入ってから、誰かと一緒に食事をするのは初めてだ。
相手が帝人でも、会話しながらの食事は楽しい。


そのせいかいつもよりたくさん食べ、食器洗浄機に洗い物をセットしてから急須の中の日本茶を新しいものに変えた。

八尋

お茶のお代わりは?

帝人

いる

やはり遠慮はしないらしい。
八尋の指定席にどっかりと座ったまま、手伝おうという気配すらない。

八尋はいい加減慣れたと思いつつ、自分のと帝人の湯呑みにお茶を注ぐ。

八尋

ふうっ……

食後の一杯は落ち着く…と思いながらお茶を啜っていると、帝人がお茶も飲まずにジッと自分を見つめているのに気がつく。

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