アイスクリームくらいなら…と考えていると、馴れ馴れしくポンと肩を叩かれ、声をかけられた。

よぉ、モテてるな、男に

八尋

………

聞き慣れた声、そして口調だ。

八尋はうんざりとした気持ちを隠さずにそちらのほうを振り向く。

八尋

エロ会長…なんだってこんなところに来てまで、その顔を見なきゃいけないんですか?

帝人

俺もパーティーに参加してるから

八尋

……最悪

帝人

俺は、おかげで退屈凌しのぎができる。つまんねぇパーティーだよな

八尋

ボクは、面白いパーティーなんて出たことないですけど

帝人

なるほど。それもそうか

クックッと笑うその顔が、やけに上機嫌だ。

公共の場でもあることだし、セクハラはされまいと八尋も緊張を緩める。

八尋

料理、食べました? さすがに美味しいですよね

帝人

そうか? 普通だろ。パーティー料理なんて、どこもこんなもんだ

本気で飽き飽きしているのが分かる表情だ。

帝人はすでに一部親の仕事を手伝っているから、パーティーに駆り出される機会も多いのかもしれない。

八尋

会長も、意外と大変なんですね

帝人

なんだ、いきなり

八尋

ボクは親の仕事は継がないので、滅多にこういうパーティーに出ることはないんですよ。すごく自由にさせてもらってます

帝人

継がないのか?

八尋

IT業界は動きが速いから。それに、特殊な才能が必要な気がするし……。あまり向いていないかな…というのがボクと父の一致した見解で。うちの父もまだ若いから、気長に会社を継がせられる相手を捜すって言ってました

帝人

頭の柔軟な父親だな

八尋

だから、ITなんじゃないですか? 機転の利かせようで、一番可能性があるのがIT業界だって言ってましたよ

帝人

なるほど。確かに八尋は苦手そうかもな

八尋

コツコツ真面目に努力するのは得意ですけど、機転と言われると……。自由な発想でっていう課題が一番苦手です。テーマを決めてもらわないと、頭が真っ白になるんですよねぇ。父もそれが分かっているので、無理に継がせようとは思わなかったらしいです

帝人

言われれば納得だな。自分の適性をよく分かってる

八尋

自分のことですからね

帝人

うちの高校には、自分のことですら分かってない連中が山ほどいるからな。親の会社をなんの疑問もなく継ぐと思っているやつらがほとんどだ。十年、二十年後に、残っている会社がいくつあるか楽しみだな

八尋

意地が悪いですね

帝人からのセクハラもなく、八尋は珍しく和やかに会話をする。

帝人と話していると、余計なちょっかいをかけられなくてすむのがありがたい。
視線は感じるが、それは控えめなものだ。

鷹司帝人の存在は、ただの高校生としてではなく強大な権力を持つ鷹司家の直系として認知されているらしい。

それは帝人に向けられる熱い視線からも感じられた。

タキシードを着た帝人は、高校生には見えない。
もともと男らしいハンサムな顔をしているのに、正装し髪をセットしているから男ぶりが上がっていた。

八尋がマジマジと帝人を見つめていると、帝人はニヤリと笑う。

帝人

なんだ? 見とれちゃったか?

八尋

ボクじゃなく、女の人たちが。高校生っぽい子からマダムまで、熱っぽい視線を向けられているのに気がつかないわけじゃないでしょう?

帝人

まぁな。いつものことだ

八尋

あの中から、好みの子をピックアップすればいいじゃないですか。会長、ゲイっていうわけじゃないんでしょう?

帝人

バイだよ。でも、実際にあの中のやつらに手をつけたらどうなると思う? 未婚ならすぐに婚約を突きつけてくるだろうし、既婚なら後々どんなトラブルになるか分からない。素性が知られている女と寝るのは、厄介なんだよ

八尋

うーん……

帝人

俺が十八以上だったら、すぐ結婚を迫ってくるだろうな。鷹司の次男が相手ともなれば、旦那なんて簡単に捨てるさ。お前、そんな目に遭いたいか?

八尋

あ、遭いたくない……

帝人

その点、男は気楽だからな。あいつらもメリットを考えてはいるんだろうが、さすがに結婚を迫ったりはしないから。日本が同性婚を認めてなくて助かったぜ

八尋

………。やっぱり、サイテー

鷹司の名前を背負うのは大変なんだと本気で同情しかけたのに、やはり帝人は帝人かと八尋は顔をしかめる。

そんなとき、目の前にスッと腕が見えたと思うと後ろから、優しく抱きしめられた。

やーひーろっ

懐かしい声。

やんわりと体に回った腕の優しさは、八尋にとって馴染み深いものだった。

八尋

基樹!

声だけで従兄弟の基樹だと気がついた八尋は、満面の笑みを向ける。

基樹

久しぶりだな、八尋。相変わらず、可愛いやつめ

八尋

基樹は、相変わらずエラソー

基樹

なんだと、こいつ

笑いながらグチャグチャと頭をかき回す基樹に、八尋は悲鳴を上げて後ろに回る。

そして背後からギュッと抱きしめ、微笑んで言う。

八尋

基樹ー…久しぶり

基樹

お前が日本に戻るから悪い。日本の高校を卒業してほしいっていうおじさんたちの気持ちも分かるけどな

八尋

うん……

基樹

学校は変りないか? 苛められてないか?

相変わらず過保護なお兄さん的な発言に、八尋はクスクス笑う。

八尋

大丈夫だよ

基樹

なら、よかった。俺はまだしばらく抜け出せそうにないし、飽きたら先に部屋に行って休んでいるといい

そう言って基樹は、八尋の手にカードキーと部屋番号が書いてあるメモを渡す。

基樹

適当に飲み食いしてていいぞ。寛いで待ってろ

八尋

うん

基樹

いい子にしてるんだぞ

八尋の頬にチュッとキスをした基樹は、剣呑な視線を向ける帝人に向かってこれみよがしな笑みを見せた。

帝人の顔は険しく、拳が握り締められている。

いつも自信たっぷりの帝人が、このときばかりは悔しそうに眉間に皺を寄せ、憎々しげに基樹を睨みつけていた。

八尋

………

帝人

………

基樹が去ったあと、八尋と帝人の間に微妙な空気が漂っていた。

帝人

何、可愛い顔してんだよ

ブスッとしてそんなことを言う帝人に、八尋は眉を寄せる。

八尋

は? 何を言ってるんですか?

帝人

お前、俺の前じゃあんな顔しねぇくせに。誰だ、あいつ

八尋

あなたには関係ありません

帝人

関係ないわけあるか。いいから、言え。あいつはいったい何者なんだ?

八尋

………

思いがけず強い口調で咎とがめるように聞かれ、八尋は戸惑いつつ答える。

八尋

従兄弟…ですけど。小さい頃から可愛がってもらってるんです

帝人

お前、いつも警戒心の強い猫みたいにツンツンしてるくせに、あいつにはやけにニコニコしてたな

八尋

言ったでしょう。小さい頃から可愛がってもらってるんですよ。基樹はボクを変な目で見ないから、安心して甘えられるんです

帝人

甘えたいんなら、俺がいるだろうが

八尋

……会長は、変な目で見るから嫌です

帝人

当たり前だ。誰が安全パイになんてなるか。俺は、お前の兄弟になるつもりはないからな。兄代わりなんてごめんだね

八尋

………

いつもからかうような帝人の口調が、今は妙に余裕がなくなっている。

八尋

……会長?

帝人

帝人だ。会長じゃない

八尋

……帝人?

様子の違う帝人に戸惑いを覚えた八尋が手を伸ばして帝人の頬に触れると、帝人はビクリと反応をする。

ジッと八尋を見つめたかと思うと、腕を引っ張って抱き寄せ、ほんの一瞬唇を重ねた。

八尋

―――!?

八尋が目を見開いて驚愕の表情を浮かべる間に帝人は離れ、「覚悟しろよ」という言葉を残してこの場から立ち去った。

八尋

………

あとに残された八尋は、呆然とその後ろ姿を見送る。


八尋には、何がなんだか分からなかった。

帝人が見せた苛立ちも、何を覚悟しろというのかも分からない。

ただ、帝人との生ぬるい関係が変わるような予感がした―――。

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9|婚約者は俺様生徒会長!?

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