この高校の学力は全国的に見てもトップレベルに位置しているし、学内でのせめぎ合いも激しい。

年に三回ある試験結果は一位から百位まで張り出され、誰もが一つでも順位を上げようと必死だった。

それだけに授業には集中し、誰も八尋のことなど気にしている余裕はない。
とてもありがたい状況だった。

もちろん自ら努力型と認識している八尋もそれは同じで、教師の言っていることを理解しようとノートにペンを走らせていた。

ふと視線をずらしたときに、携帯電話のランプが点滅しているのに気がつく。
机の中で、ピカピカと光っていた。

なんだろうと思いながらコッソリとメールを見て、八尋は顔をしかめる。

八尋

……生徒会室に来い?

メールでまで偉そうな、帝人からの短い文章。

どうやら母は、電話番号だけでなくメールアドレスも提供したらしい。

八尋

無視、無視

見なかったことにしてとっとと寮に戻り、部屋に閉じこもってしまえばいい。

帝人ならマスターキーを入手しているような気もするが、八尋は内側からかけられるカギを別に取り付けているので問題ない。

それに上位成績者の部屋は生徒会役員と同じ特別フロアにあるので、あまり耳目を集めないのがありがたい。

逃げると心に決めて携帯電話を机の中に戻そうとしたとき、タイミング良く再びメールを着信する。

八尋

………

嫌な予感を覚えつつもしぶしぶ見てみれば、やはり帝人からだった。

八尋

……来なかったら、放送で呼び出す? ありえないから

そんなことをされたら、火に油を注ぐことになる。

先ほどの件はすでに学校中に回っているとしても、これ以上火種を増やしたくなかった。

あの野郎と思いながらも、放送で呼び出されてはたまらないので、行くしかない。

この日の八尋は溜め息ばかり漏らし、残りの授業はろくに頭に入ってこないままだった。

かつてないほど気の重い放課後。

教科書やノートなどをまとめてバッグの中に詰め込んだ八尋は、寮のほうに向かいそうになる足を無理やり生徒会室へと向ける。

すれ違う生徒たちの視線が厳しい。

流れに逆らう形で生徒会室に近づくと、目を吊り上げて今にも罵声を浴びせそうな表情の可愛い系たちが遠巻きにしている。

役員たちが出入りするのを、邪魔にならないよう待っているのだ。

八尋はここでも重い溜め息を漏らしつつ、明らかに他の教室とは違う、やけに立派な飾りの施された扉をノックする。

はーい

中から声が聞こえ、カチャッと扉を開けたのは副会長の志藤である。

受け身の生徒たちの票を集めた生徒会長とは反対に、攻め手の票を集めて副会長となった麗しい人だ。

三年生だが、二年生の帝人の下につくのに不満はないらしい。

志藤

……あれ? キミ、八尋くんだよね。どうしたの? 帝人に用?

八尋

呼び出されたんです

志藤

帝人に?

八尋

はい

志藤

ま、とにかく入って。帝人~、八尋くんが来たよ

帝人

おうっ

入口でグダグダしているところを見られるより中に入ってしまったほうがいいと判断した八尋は、やけに豪奢な生徒会室に足を踏み入れる。

家具はどっしりとしたマホガニーのアンティークだし、絨毯は花の模様が美しいいかにもな高級品だ。

家具だけでなく、パソコンやコピー機はもちろん、テレビまでもが最新型だった。

いったいなぜ生徒会室にこんな無駄金をかける必要があるのかと呆れる八尋に、やけに立派な椅子にふんぞり返っている帝人がニヤニヤしながら声をかけてくる。

帝人

ちゃんと来たな

八尋

来ないと放送で呼び出すって脅迫したでしょうが。いったいボクに何の用があるんですか?

帝人

仕事、手伝え。文化祭が近づいてきて、これからどんどん忙しくなるんだよ。お前を生徒会補佐に任命する

八尋

嫌です

帝人

却下

八尋

絶対に、嫌です

帝人

却下だと言ってるだろうが

八尋

生徒会に出入りしたがっているファンクラブの人たちが山ほどいるんだから、その人たちに手伝ってもらってください

帝人

あいつら、うざいんだよ

八尋

うざいのくらい、我慢すればいいでしょうが。貴重な労働力なんですから。あなたたちにいいところを見せようと、素晴らしく熱心に働いてくれるでしょう

確かに熱い視線と媚びた態度は鬱陶しいだろうが、タダの労働力なのだからそれくらいは我慢しろと思う八尋だった。

しかしそれには帝人ではなく、副会長が顔をしかめて文句を言う。

志藤

あのですね、八尋くん。そういうことを言うの、やめてもらえるかな? あの子たちはここに入れないっていう約束になっているんだから

八尋

気にしなければいいんですよ

志藤

嫌です

八尋

わがままですね

志藤

いやいや、絶対そんなことないから。気になるの、当然だから。八尋くんは、あの子たちのうざさを知らないからそんなこと言うんだよ

八尋

ボクは今、うざさ全開で彼らに睨まれてますよ

志藤

あー…そうか、帝人のせいで

八尋

そう。エロ会長のせいで

志藤

エロエロだもんねぇ

八尋

エロエロですよ

頷き合いながらそんなことを言っていると、帝人が舌打ちをする。

帝人

おい、お前ら。人のことをエロエロ言うな

志藤

だって帝人、実際にエロエロじゃない

八尋

そうですよ。エロエロ言われたくないのなら、自分の生活態度を見直してください

志藤

うんうん、そのとおり。八尋くん、いいこと言うね。帝人にそういうこと言える人、あまりいないんだよ。なんだか、八尋くんとは気が合いそうだなぁ

八尋

ボクも、そんな気がします

おっとりとした口調の副会長は、こうして喋っていても緊張しない。

たおやかな見た目によらず言うことは言うところも、八尋には高ポイントだった。

志藤

まぁ、立ち話もなんだから、座って。補佐の話、長くなりそうだしね。キミたち、どっちも引こうとしないから

示されたゆったりとしたソファーに腰を下ろしつつ、八尋はきっぱり言う。

八尋

……受けるつもりはカケラもないので

帝人

いや、やれよ

八尋

嫌です

帝人

やれって言ってるんだ

八尋

嫌だって言ってるでしょうが

どちらも一歩も引かない睨み合いが続く。

八尋は帝人に歯向かうのをなんとも思っていないし、美形フェロモンも効かないから譲るつもりはまったくない。

帝人

まったく。じゃじゃ馬だな

八尋

それ、言葉の使い方、間違ってますから

帝人

似たようなもんじゃねぇ?

そんなことを言いながら帝人が八尋の隣に座り、馴れ馴れしく肩を抱き寄せようとする。

八尋はその手を容赦なくバチンと叩き落した。

八尋

触らないでください

帝人

そう嫌がるなって。俺たち、婚約者だろ

八尋

ボクは了承してません

両親だとて八尋の幸せを望むからこそ帝人と婚約なんて言い出したのだし、八尋が嫌だと突っぱねているうちは強引に話を進めたりしないはずだ。

いくら鷹司家の次男が面白がってごり押ししたとしても、八尋の意思を無視して婚約するようなことはないと信頼している。

その点については安心しているが、両親の妙な親心のせいで帝人にこんなふうに絡まれるようになったことは恨んでいた。

八尋

絶対、了承するようなことはありませんから

帝人

世の中に絶対はないんだぞ

ニヤニヤと笑うその顔が憎たらしい。

殴ってやりたいとグッと握り締められた拳は、ようやく我に返ったらしい役員たちの奇声によってパッと開いた。

高見

はぁー!?

志藤

ええーっ! ちょっと待って。どういうこと? 帝人と八尋くんが婚約者って…本当に本気で!?

宮内

うっそぉーん

副会長の志藤をはじめ、書記の宮内渚や会計の高見が口々に喚く。
 

なんでこんなところで言うんだと、八尋は顔をしかめる。

誰彼かまわず言いふらすほど浅慮ではないだろうが、ここにいない生徒会のメンバーにまで話が広まるのは間違いない。

きっぱり否定しておかないとと思い、八尋は言う。

八尋

嘘です。婚約なんてしてません

帝人

親同士が、そうしたがっているというだけの話だ。もっとも俺は、本当に婚約してもいいと思ってるけどな

ええええ―――っ!?

室内に響き渡る大音響。

いかにも迷惑そうに、八尋は耳を押さえた。

八尋

……うるさい

志藤

し、信じられないっ。帝人がそんなことを言うなんて~っ

高見

会長が!?

宮内

俺、夢見てるのかな~?

これまでにない帝人の言動に、生徒会の役員たちはパニックだ。

各々が激しく動揺し、自分の目と耳を疑っている。

八尋

あー…みなさん、お気を確かに。冷静になってください

高見

だ、だって、婚約だよっ?

志藤

帝人が、八尋くんと、婚約!?

宮内

会長が婚約~?

ギャーギャーと喚く役員たち。

ここには三人しかいないのに、思わず耳を塞ぎたくなるほどうるさかった。

八尋

ですから、婚約なんてしてませんってば。親同士が勝手に言っているだけで、本人は了承していません。だから、婚約なんてしてないんです

志藤

でも、でも、帝人はいいって……

八尋

ふざけているんですよ。ボクが本気で嫌がっているのを知って、面白がってそんなことを言うんです。まったく。性格悪いんだから

帝人

面と向かってそういうことを言うから、かまいたくなるんだろうが

フフフンと笑いながら伸びてくる手をバシンと叩き落とし、八尋はもう何度目か分からない溜め息を漏らしながらこめかみを指で押さえて言う。

八尋

とにかく、ボクはエロ会長と婚約するつもりもないし、補佐なんてする気もまったくありません。そもそも生徒会の役員にも、生徒会室にも近寄りたくないんですよ。ボクの存在は、綺麗さっぱり忘れてください

帝人

本当に強情なやつだ……。仕方ないな

八尋

ようやく諦めてくれましたか

パッと嬉しそうに言う八尋に、帝人はニヤリとタチの良くない笑みを向ける。

帝人

明日、教室で熱烈なキスをかましてやるよ。どうせお前、もう目ぇつけられてるし、うわさに最後の一押しってとこだな

八尋

………

鬼だ。
悪魔がいる。

限りなく黒に近いグレーゾーンにいる八尋を、黒の側に突き落としてやると言って帝人は脅しているのである。

八尋

いや、でも、もうどのみち制裁は確実だろうし……

もはやグレーも黒も変わらないところに八尋はいるような気がする。

泣き寝入りはしない宣言のおかげで今は手を出しあぐねているだけで、彼らは虎視眈々と制裁のチャンスを窺うかがっているはずだ。

だったら生徒会の補佐なんて面倒な役目を引き受けるだけ損だと、八尋は結論付ける。

八尋

やっぱり、遠慮します

帝人

毎日、ガンガンキスしてやるぜ。教室、食堂、ああ、校庭で体育の授業中なんて最高だと思わないか? ギャラリーが山ほどいるぞ

八尋

………

帝人

どうせなら、全校集会のときがいいか。っていっても、まだ当分先だしな…文化祭を口実に臨時で開くのもいいな

八尋

………

ものすごく楽しそうに話しているその顔は、きっとファンクラブの連中には永久保存ものの垂涎の的なのだろう。

けれどあいにく、八尋の目には悪魔の笑いにしか見えなかった。

帝人

ま、お前が俺と毎日キスしたいっていうんなら拒否し続けるのもいいけどな。期待に応えて、濃いのをかましてやるから

八尋

……分かりました。補佐、やります

それ以外、返事のしようがない。

帝人の思いどおりに動かされるのは非常に悔しいが、毎日キスされるのなんてごめんだった。

帝人

おっ、ようやくその気になったか

八尋

もちろん、ボクの本意じゃありません。ものすごく、不本意ですが。それでも、あなたにキスされるより遥かにマシです

帝人

ひでぇ。俺様とキスしたくてウロチョロしてる連中が山ほどいるっていうのに、そういうこと言うか

ゲラゲラ笑いながら言うのだから、八尋の顔がますますしかめられる。

八尋

だったら、そういう子たちにキスしまくればいいでしょうが。ボクにとっては、あなたとのキスは脅迫にしかなりません

帝人

ま、そのうち八尋のほうからキスして~ってねだるようにさせてやるよ

八尋

ありえませんから

鼻に皺を寄せ、心底嫌そうに言う八尋に、帝人は笑い声を上げる。

そして八尋の頭をグチャグチャにかき交ぜながら役員たちに言った。

帝人

そういうわけで、こいつ、今日から補佐だから。頭は悪くないし、見てのとおり嫌なことは嫌って言えるやつだから、コキ使っていいぞ

高見

……分かった

宮内

了解でっす

志藤

ええっと…それじゃあ、早速お願いしてもいいかな。打ち込み作業が山ほどあるんだけど、それぞれ自分の仕事に追われて、手がつけられなくて

八尋

はい

パソコンへの打ち込み作業は嫌いじゃない。

やれば確実に前に進むというのは、充実感があって好きなのだ。

八尋は副会長から要点を聞き、ドッサリもらった書類の山を抱えてパソコンの前に座る。

そしてザッと内容を確かめると、打ち込み作業を始めた。

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6|婚約者は俺様生徒会長!?

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