★★★

帝人にかなり手痛い一撃を食らわせた八尋は、すっきりとした気持ちで夕食を寮の食堂で食べていた。

お坊ちゃま校だけあって少々…いや、かなり高めの値段設定なのだが、厳選された食材を使っているので納得できる。

野菜も肉も甘みがあり、本来の味がしっかり感じられるものばかりだ。

料理人も一流どころを引っ張ってきているため、高校の食堂にしてはレベルが高すぎるほどだった。

しかも飽きないように和・洋・中の中から選べるようになっており、それぞれが量によって三段階のセットとなっている。


普通のレストランのような形態にすると好きなものしか食べないし、栄養が偏るからこそのセットメニューらしい。

八尋

でも、食堂は居心地が悪い……

この高校では誰もが自分の身なりに気を使い、少しでも良くしようとしている生徒ばかりなので、前髪で顔を隠して野暮ったい眼鏡をかけた八尋は悪目立ちしてしまう。

だから八尋は、食堂と自炊を半々でこなしている。

この高校の寮には、一階にかなり立派なスーパーもあるのだ。

もちろんこちらも食材は普通より高いものばかりだが、それでも食堂で食べるより安くすませられるのは間違いない。

一人で食べていると、八尋のほうを見ながらヒソヒソとバカにしているのが聞こえてくる。

わざと聞こえるくらいの声で話しているのだから、うんざりしても仕方ないというものだった。

やれやれと思いながら和食セットの一番ボリュームの少ないものを選んで口に運んでいると、キャーッという歓声が上がった。

しかしあいにくここには男子高校生しかいないので、微妙に低い「キャーッ」だ。

八尋は眉を寄せ、箸の動きを早める。


入口に背中を向けていたものの、誰が来たのか予想はつく。

なぜなら歓声がひときわ大きかったからである。

災難の原因に見つかる前に、とっとと食べ終えて部屋に戻りたかった。

よぉ、八尋

八尋

………

聞き覚えのある声に、八尋の背筋を悪寒が走る。

ものすごく嫌な予感に顔をしかめながら振り返ってみれば、そこには思ったとおり鷹司帝人がいた。

おまけに、生徒会の面々を引き連れている。

生徒会に選ばれるだけあって各々とても煌びやかな、一人に一つずつファンクラブがあるという面子だ。

八尋

……最悪

帝人と出会ってからというもの、八尋の生活から平穏という言葉が遠のいた気がする。

なんでこんなのと引き合わせたんだと、思わず己の母親を恨んでしまう。

あと一年半おとなしくしていれば卒業なのに、こんなふうに帝人に絡まれたら平穏とはさよならだ。

八尋

何かご用ですか?

帝人

いーや、特には

八尋

じゃあ、とっとと生徒会専用席に移動してください。覚えていないならお教えしますが、あちらですよ

一段高くなったところに造られた、生徒会専用席。

半個室のような形のそこは、他の席からは見えないようになっていた。

食事をしているところをジロジロ見られたくないと、何代か前の生徒会長が造らせたものらしい。

早々にそこに引っ込んでくれれば、まだ被害は少なくてすむ。

もっとも、帝人に声をかけられた時点で、ファンクラブの面々の目が吊り上がっているのは間違いない。

帝人

ああ、用っていえば用か……。面白いのがいるって言ったら、こいつらが見たがってな。連れてきた

八尋

……迷惑です。ものすごーく迷惑。あなたたち、自分がここでどういう存在か分かってるんでしょう?

帝人

そりゃ、まぁ。俺がこうしてかまってるっていうだけで、おそらく悪目立ちしてるよなぁ

八尋

分かってるなら、とっとと離れてください。近寄るなっての。半径五十メートル…いえ、百メートル以内の接近は禁止ということで

帝人

いやいや、それ、すっげえ範囲広いから。―――お前って、本当に面白いやつだな。この俺様に向かってそんなこと言うやつ、他にいないぞ

八尋

ボクも、自分のことを『俺様』なんていう人は他に知りません。ありえませんよね、ホント

帝人

嫌味か?

八尋

いえ、ただの事実です

帝人

………

思わず無言になる帝人に、それまで黙ってやり取りを見ていた生徒会の面々が感心したようにマジマジと八尋を見つめる。

嫌味だな

嫌味ですね

会長に向かって嫌味……

……すごい。尊敬します、ボク

誰も彼もがキラキラしい、鬱陶しいほどの美形揃いだ。

穏やかで優美さが目立つ副会長の志藤悠(しどうゆう)に、可愛らしい顔に大きな茶色の目が生き生きとしている書記の宮内渚(みやうちなぎさ)。

いかにも爽やかで男前な会計の生野航一郎(いくのこういちろう)に、もう一人の会計である派手な金髪の高見聖(たかみひじり)は一年生ながら堂々の役員入りを果たした。

その中で柔和な顔立ちの副会長が、にっこりと微笑みながら八尋に話しかける。

志藤

帝人が気に入るなんてどんな子かと思っていたけど…なんだか意外なタイプだね。キミは、帝人のことが好きじゃないの? 帝人に声をかけられると、みんなポーッとのぼせちゃうんだけど

八尋

一カケラも好きじゃないし、のぼせたりもしません。それより副会長はとても綺麗な顔をなさっていますし、会長とお似合いだと思いますけど。二人でくっついてくれれば周りに被害がないし、お二人にはちゃんとした恋人ができる。そうそう互いのファンが文句を言えない相手というのもいないんだから、いいこと尽くめじゃないですか。まさしく、パーフェクトカップルですね

志藤

冗談! 誰がこんな節操なしと。ボクにだって好みっていうものがあるんだよ。……というより、人より好みにはうるさいという自覚があるから

八尋

わぁ、気が合いますね。ボクも、会長は全っ然、まったく、これっぽちも、好みじゃありません。そもそもボク、ノーマルなので

志藤

へぇ、うちの高校でノーマルかぁ。少数派だね

お前もか…と思いつつ、八尋は淡々と言う。

八尋

不思議ですよね、世間では一般的なのに。だからこそ『ノーマル』なんて言われるのが、ここでは少数派ってどういうことなんでしょうね。ボクは高校からの編入ですから、つくづく、しみじみ、とんでもなく『異常』だと思います

志藤

言うねぇ、キミ

八尋

そうですか? この高校に毒されていない普通の人間の感想ですよ

八尋は本気でそう思っているので気負うでもなくシレッとしていると、副会長が目を輝かせながら帝人に笑顔を向ける。

志藤

帝人が気にかけるのが分かるよ

帝人

な、面白いだろ? 今まで見たことのないタイプだよな

志藤

ここでは珍しいね。ノーマルな生徒は他にもいるけど、彼らはボクらに言い返したりしないし。ひたすら息を潜めて高校生活が終わるのを待っている感じ?

八尋

ああ、ボクもそうなんですよ。まさしく、息を潜めてこの最悪の高校生活が終わるのを待っているんです。だから、あなたたちが今ここでボクに話しかけていることが、どれだけ迷惑かお分かりですよね? 分かったら、どっかに行ってください。そして、二度とボクに話しかけないことを希望します。視界にすら入れなくて結構ですから

帝人

それ、前にも聞いたな

八尋

ボクの、切なる願いですから。何度だって言いますけど、ボクには一切かかわらないでください

帝人

嫌だね。俺は、お前が気に入ったんだよ

八尋

迷惑です。もう何回言ったかも覚えていませんが、ものすごーく迷惑

帝人

そういう反応が楽しいんだよなー。いや、マジ気に入った。キャンキャン噛みついてくるところが可愛いし、お前と話してると退屈しないわ

八尋

………

これはもう何を言ってもダメだと、八尋は深い溜め息を漏らす。


周囲の視線が痛いほど突き刺さっている。

広く騒がしいはずの食堂はシーンと静まり返って、八尋たちの会話に耳を澄ませている状態だった。

八尋

……食べ終わったので、部屋に戻ります

帝人が説得に応じないのなら、一緒に長くいる分だけ危険が大きくなる。

もっともこんな衆人監視の中で可愛いだの気に入っただの言われているのを聞かれただろうことを考えると、すべては手遅れという気がした。

帝人がいかにも楽しそうなのが憎たらしい。

ついでに、生徒会の面々が好奇心いっぱいに見つめているのもうざったい。

八尋

平穏な高校生活が……

八尋はガックリと肩を落としながら、悄然しょうぜんと食堂をあとにした。

LINK

4|婚約者は俺様生徒会長!?

facebook twitter
pagetop